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第二百一話 偽キュウ

 夜の草原で取引を終えたフォルティシモは、人質作戦の発案者である忍者を抹殺した。


 カリオンドル皇国との会談に紛れ込んだ忍者から釣れた忍者には、既に【隷従】を掛けてあるが、残りを殺すのは忍者全滅まで我慢する。


 取引なんてせずに殺せたにも関わらずここまで引っ張ったのは、意外なことにアーサーが協力を申し出てきたからだった。


 ラナリアからの事前情報によれば、アーサーと第二皇女ルナーリスの間には昔からの交流があるらしい。交流と言っても、アーサーがカリオンドル皇国へ訪れる際には、必ず第二皇女ルナーリスと会っていたと言う程度のものだ。第二皇女ルナーリスは相当な美人らしいので、口説いていたに違いない。


「君、待ちたまえ! 彼らはルナの暗殺が目的だと言うのは、本当なのかい?」

「アーサー、良い度胸だな。俺の質問には取引を申し出ておいて、自分はただで答えて貰えると思ったか?」

「ならその人質を救出する作戦、僕も全面協力しよう。それなら良いだろう?」

「どこで良いと思った? お前の協力なんて必要ない。キュウもアルもここに居るから、失敗しても別に良いしな」

「まあまあぁ、せっかくの申し出なのでぇ、受けたら良いんじゃないですかぁ?」

「おお、満開の桜のように美しい方、ありがとう。この問題が解決したら、僕が楽しませてあげよう」

「遠慮しますよぉ」


 そんな話をして、アーサーに【偽装】スキルを掛けてから、ルナーリス=ドラゴネット=カリオンドルとして差し出そうという作戦が立案された。


 フォルティシモは人質を使った犯人の要求に従うこと自体に嫌悪感を抱いたけれど、差し出すのがアーサーで、手に入るのがキュウそっくりの狐人族の少女なら、やってみても良い気分になる。加えてアーサーが敵のアジトなり重要な場所へ運ばれれば、他の敵を吊り上げてくれるかもしれないと考えた。


 結局、忍者たちは取引の現場で第二皇女ルナーリスを殺害しようとしたため、後者の目的は達せられなかった。


 しかし人質作戦を考えた犯罪者を自ら倒せたのは、少し気分が晴れた。そしてこれから大陸各国へ潜伏している忍者たちも壊滅させていけば、フォルティシモの気持ちは更に清々しいものになるだろう。


 あとは偽キュウへの対処だ。キュウに似ているだけであれば、金銀財宝などの報酬なり、何かの交換条件で仲間になって貰いたい人物である。


 それでも完全にそっくりだと言うのであれば話は別だ。ファーアースオンラインのシステムを使ったのかも知れない。


 もちろんフォルティシモは、ディアナの言葉を鵜呑みにしていない。フォルティシモが無条件で信じるのは従者たちだけなので、この偽キュウが他人の空似である可能性も排除していなかった。都市伝説ながら、自分にそっくりな人間が世界には三人居るとも言われているし、常識的には他人の空似と思うのが普通だ。


 しかしキュウそっくりと言うのは、少々良くない。本当にそっくりなのだ。


「災難だったな。帰りたいなら送ろう。まだ落ち着かないなら、鍵盤商会の寮に泊まっていけ。あそこの最上階にはスイートルームがあるから使うと良い」


 狐人族の少女は目隠しと縄を解かれ自由になったにも関わらず、何も反応を返さなかった。馬車の中から出て来たエンシェントが、険しい表情を見せている。


「主、【解析】を使え。キュウの姿をしているからと言って、遠慮の必要はない」


 その結果を見たフォルティシモは何とも言えない気持ちになる。


「ゴーレムか」


 キュウそっくりの狐人族の少女は、ゴーレムだった。もっと正確に言えば、何者かが遠隔操作しているゴーレムである。


 考えてみれば紅角の鬼人族をアバター設定できるのがピアノしか居ないように、黄金の狐人族を設定できるのはフォルティシモしか居ない。この原則は異世界ファーアースでもファーアースオンラインのシステムを使う限り縛られる。だからキュウのアバター情報をコピーしても、アバター変更アイテムは使えないし、従者にも設定できない。


 ただし抜け道的な要素はある。それがゴーレムで、ゴーレムの外見は誰かのアバター情報をコピーして作成することが可能だった。もちろんゴーレムは戦闘力もないし、本来であれば遠隔操作どころか簡単な命令しか受け付けないアイテムだ。


 その常識を覆して遠隔操作ゴーレムを使っているプレイヤーがいる。


 何者か、なんて尋ねるまでもない。堂々と名乗り出ているのだから。


「クレシェンド、何のつもりだ? まさか、キュウを守ったとか言い出すつもりじゃないだろうな? 逆効果だ。苛立ったぞ」


 フォルティシモの言葉が聞こえているのかいないのか、キュウそっくりのゴーレムは何の反応も示さない。


 奴隷屋だったクレシェンドはキュウのアバター情報を持っていても不思議ではないし、それでゴーレムを作る技術があるのも知っている。何の目的があってキュウそっくりのゴーレムを作っていたのかは知らないが、今回はそのお陰でキュウも、元々狙われていたラナリアも無事だった。


 しかしキュウそっくりのゴーレムを作られていると思うと、愉快な気分にはなれない。更に言えば、この技術を暗殺や情報操作など、どこまで利用しているのか考えると信じる気持ちが吹き飛んで行く。


 フォルティシモは更に文句を重ねようとしたところで、キュウそっくりのゴーレムが突然立ち上がった。


「貴殿へ挨拶申し上げよう、フォルティシモ」

「………………クレシェンドじゃ、ないだと?」

(それがし)の名はプレスト。そうだな、貴殿たちが冒険者ギルドへ捜索を依頼している者と言えば分かり易いか」


 キュウそっくりのゴーレムを操ってるのが、フォルティシモが捜しているデーモンの女武者。


 フォルティシモは思わず目の前のゴーレムを砕こうと思った。しかし砕いたところで何の解決にも至らないと己を言い聞かせ、拳を強く握り締め我慢する。それに例えゴーレムでも、キュウを叩きたくない。


「初めて聞く名前だ。なんだ、お前は? 最強のフォルティシモに、立ち塞がるつもりか?」

「某は貴殿の問い掛けを無視し、この人形を破棄することもできた。それをせずに話をしている意味を考えるべきだ」

「そうだな。意味のない問い掛けだった。アルへ攻撃した時点で、お前は敵だ」


 フォルティシモは敵意の返答をしながらも、理性的な返答も行う。


「プレスト、お前は俺とクレシェンドが組むのが気に入らないのか? キュウのアバター情報をゴーレムとして使えるって策は、クレシェンドにとったら一つの切り札のはずだ。それをこうして見せつけた。俺なら隠し通す策になる。クレシェンドが余程の間抜けじゃないなら、このゴーレムの意味は、お前からの内部リークと言ったところか?」


 キュウそっくりのゴーレムを遠隔操作するプレストからの返答はない。


 フォルティシモは情報ウィンドウを起動し、【自動人形】システムに関する窓を開く。


「とりあえず、このゴーレムは貰っておく。俺に話があるなら直接来い。アルに対する贖罪をしたら、話くらいは聞いてやる」


 フォルティシモは魔王のように笑って付け加える。


「ああ、来なければ、見つけ出して抹殺する。その場合は、アルの感じた痛みを何百倍にして味合わせるから覚悟しろ」


 デーモンの女武者プレストは遠隔操作を切ったようで、キュウ似のゴーレムは糸が切れたマリオネットのように脱力した。


 フォルティシモは思わずキュウ似のゴーレムを抱き留める。百パーセントの確率でキュウではないのだけれど、抱き留めずにはいられなかった。


「主、そのキュウそっくりのゴーレムは、この場で破壊しろ」

「エン、お前らしくないな。びっくりするくらい狙われるキュウの今後を考えたら、このゴーレムを使えるようにするのは有益だ」

「人間はそこまで論理的に動いていない。主がそのゴーレムを持ち帰った時のキュウの気持ちを考えろ。いや、もしキュウが主そっくりの人形を大事そうに持ってきたらどう思う?」

「キュウに愛されてる?」

「キュウが主との時間も忘れて、その人形の手入れに集中していても同じことを言えるか?」

「エンの言いたいことを理解した。このゴーレムは破棄だ」


 フォルティシモは取引という名の粛正が上手くいったことをチームチャットへ連絡する。


 この後は、大陸中に散っている忍者軍団を一人ずつ炙り出し、カリオンドル皇国で忍者を育成しているという忍の里を割り出して、そこを壊滅させるだけだ。


『フォルティシモ様、大至急お耳に入れたいことが』


 ラナリアから忍者軍団とは違った報告が上がってくる。


『カリオンドル皇国が大陸東部同盟を設立し、大氾濫の前にフォルテピアノを攻め滅ぼすと宣言いたしました』


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