第百九十六話 二人の安否
キュウが人質に取られた。そう思って最高速度で音声チャットを使ったところ、キュウからの返答はフォルティシモの用事を問い掛けるものだった。人質にされている焦りもなければ、連絡された理由も分かっていない。
フォルティシモが眉を潜めている間も、キュウから助けを求める言葉は発せられない。
「キュウ、今どこにいる?」
『はい。キッチンにいます』
『フォル? どうしたの? 今は会談の最中でしょう?』
キュウは情報ウィンドウや従者の能力とは違って通信端末を使っているため、横からつうの声も入って来る。つうはほとんど【拠点】から離れることはないので、キュウが居る場所はフォルティシモの【拠点】のキッチンで間違いない。
「キュウ」
『はい』
「キッチン?」
『はい。つうさんから料理を習っています』
「そうか。頑張ってくれ」
『ご主人様は、どのようなご用事でしょうか?』
「キュウの声が聞きたかったんだ」
『は、はい。私もご主人様のお声が聞けて嬉しいです』
キュウの手料理を楽しみにしていると伝えて、音声チャットを切った。フォルティシモは大きく安堵の溜息を吐く。とりあえず最大の懸念であるキュウは無事だった。
「まさか、アルか!?」
アルティマの戦闘能力は絶大だけれど、デーモンの女武者には大怪我を負わせられたし、最果ての黄金竜を単独で討伐できる強さではない。更に権能を使われたら、さすがのアルティマも捕らえられてしまうかも知れない。
アルティマは現在、鍵盤商会でキャロルとリースロッテを含めた三人で、アーサーが脱走しないように捕まえているはずだ。
『主殿? 安心するのじゃ、アーサーはキャロとリースと一緒に見張っているのじゃ』
アルティマは望郷の鍵を叩き付けて壊した実績があるため、もしアーサーが望郷の鍵を使おうとしたら遠慮なく壊すように伝えてある。
まあ実際のところ、今のアーサーは二日酔いで逃走できるような状態ではないので、三人に見張らせているのは念には念を入れているに過ぎない。
「そっちに変わりはないのか?」
『アーサーの吐瀉物の臭いが酷く、リースは文句ばかり、妾も正直辛くなって来たのじゃ』
「気絶させればゲロも吐けないだろ。死ななければ何をやっても良い」
アルティマとの音声チャットを切った。
目の前の忍者は「大切にしている狐人族は預かった」と言った。しかしキュウは【拠点】でつうと一緒に料理をしている。アルティマは頼んだ仕事を遂行中だ。
キュウとアルティマ以外の狐人族に心当たりなどない。ダアトやキャロルが奴隷として買った亜人の中には狐人族が含まれているものの、フォルティシモは会ったこともなければ、名前も顔も知らない他人である。
しばらく考えて。
フォルティシモは目の前で油断している忍者を容赦なく攻撃した。
「隷従・使役」
フォルティシモはまともに交渉する気もなかったため、一瞬で気絶させた忍者に対して【隷従】を使う。容赦なく奴隷にするフォルティシモに対して、室内のカリオンドル皇国の者たちが顔を引き攣らせていたが気にしない
「なんで狐人族を人質にできたと思った? 命令だ。包み隠さず答えろ」
「黄金色の毛並みの狐人族を拉致しました。天空の王フォルティシモが連れている狐人族と判断し、取引に使えると思い確保したのです」
「こいつら、本気でキュウを人質に取ったと思ってるのか?」
フォルティシモが【隷従】を掛けて忍者から聞き出した内容は、断片的なものになる。
諜報部隊だからこそか、情報統制が徹底しておりカリオンドル皇国の使節団に入り込んでいた忍者の頭には、必要以上の情報がなかったのだ。知らなかったではなく存在していない、と判断したのは奴隷屋たちが使う記憶処理の可能性を考慮したためである。
「ふぉ、フォルティシモ陛下、この者は我らカリオンドル皇国の一員ではありますが、彼が忍者であるとはまったく預かり知らぬ事柄でございます。決して、陛下の御前に賊を差し向けるなど」
「お前たちの責任だとは思っていない」
フォルティシモは忍者の処遇を考える。この忍者、本当にキュウを人質に取っていたら、この場でフォルティシモの最強の力を以てして八つ裂きにしたけれど、キュウは無事に【拠点】で料理を頑張っている。
だから許す、はずがない。人質という最低最悪の犯罪に手を染めた連中は皆殺しだ。フォルティシモが考えている理由は、キュウの無事を確認できたため、この忍者を殺す前に利用しようと言う理性が働いただけだ。
「取引内容は、第二皇女と狐人族の交換か」
忍者から引き出した内容を口にして確認する。
「キュウでもアルでもない時点で相手の出すものも不明だが、こっちが出す第二皇女も不明だな。まあ………何を出そうが絶対に応じないし、奴らは全滅させるが」
「我々の目的は第二皇女の殺害です。しかし絶好の機会であったはずの日に第二皇女を仕留められず、主君が第二皇女を避難させたのだと考えました」
忍者軍団はフォルティシモが第二皇女を保護していると考え、『浮遊大陸』への侵入を試みようとしたらしい。しかしアクロシア王国と『浮遊大陸』は定期的なポータルが開かれているが、ダアトのぼったくり通行料や関税、密輸対策とラナリアの徹底的な人員管理によって身元不明な者は『浮遊大陸』へ渡れない。
そもそも定期的なポータルを開いているのがダアト本人で、異世界ファーアースではパスポートよりも確かな【解析】スキルがあるため、『浮遊大陸』への侵入は簡単にはいかないだろう。
それでも何としても第二皇女を殺害したい忍者軍団が考えたのが人質で、当初狙われていたのはラナリアだったらしい。
たしかにフォルティシモは、ラナリアと顔も名前も知らない第二皇女ならばラナリアを優先する。フォルティシモが人質という犯罪を心の底から嫌悪している点に目を瞑れば、交換に応じたことだろう。大前提として、フォルティシモが第二皇女を保護していたのならだが。
「馬鹿な連中ですね。フォルティシモ陛下が第二皇女殿下を保護して下さっていたのなら、とっくに知らされているでしょうし、ラナリア様も直属の親衛隊を動かすはずがありません」
カリオンドル皇国の者の発言はフォルティシモに媚びたものだったけれど、事実としてはその通りである。
「第二皇女を攫ったのは忍者軍団ではなく、デーモンの一派だろうな。俺の腹心が、忍者とデーモンが争っているのを目撃している」
第二皇女はラナリアの幼馴染みらしいので、まだ生きているなら救出してやりたいとは思う。忍者軍団の目的は一貫して第二皇女の殺害なので見つかれば終わりだが、フォルティシモにこんな取引を持ちかけるということは、幸いなことにまだ生きている可能性が高い。
フォルティシモは忍者軍団を全滅させるため、立ち上がった。




