第百九十一話 プレイヤー戦の勝敗
アーサーは絶対に友人になれないし、なりたくもないけれど悪い奴ではない。たぶん異世界ファーアースの人々にとっては、フォルティシモよりも遙かに“英雄”と呼ばれるに値する人間だ。
こいつは望まれれば、その神に至る才能で英雄を演じきる。事実アーサーは十年以上に渡って大氾濫の英雄を演じて、そして大陸の国々に住む人々に希望を与えていた。
フォルティシモはアーサーをチームに誘うか少しだけ迷った。アーサーを誘わなかったのは、あくまでも彼が見るからに考え無しで、チームに損害をもたらすと思えるからであって、決して、決して、ラナリアやピアノへのアプローチが気に食わない訳ではない。
フォルティシモがそんなアーサーとの戦いに感謝した理由は他でも無い。
「ありとあらゆる伝説で掛かって来い。そのすべてを蹂躙して、フォルティシモが最強だと証明してやろう」
アーサーに勝てば勝つほど、フォルティシモが最強であることを確信するからだ。
フォルティシモとアーサーの戦いは外が暗闇に包まれるまで続いた。
従者たちがガチャ産アイテムの篝火を設置したお陰で、フォルティシモとアーサーの戦いは夜の帳に邪魔されることはなかった。モンスターでさえフォルティシモとアーサーという二人の戦いを恐れたのか、二人の戦い以外は静かなものだ。
アーサーは様々な存在を演じることで、何度も何度もフォルティシモに立ち向かっていたが、フォルティシモには届かない。彼が演じたものがどれほどのもので、彼が絶対無敵とまで豪語する理由は分からない。
しかしアーサーの攻撃を完全に捌ききり、無傷で立つフォルティシモはとても満足していた。
「どうした? もうネタ切れか? 最強の前には、随分と矮小な伝説だ」
アーサーはよく頑張ってくれたので、戦いはここで終わりにして酒でも飲み交わしながら話をしたい気分になるくらいだった。近衛翔とは正反対の世界で生きてきたらしいアーサーにも、多少は興味が湧いた。たまには苦手な相手と話すのも良いだろう。
そう思うくらいには、フォルティシモは伝説を最強が上回ったことに興奮を隠せないでいた。相変わらず、話している相手の心情を慮る能力に欠如しているとは気付かずに。
「馬鹿、な、僕の、無敵の、権能がっ」
アーサーは最初にアクロシア王城に入ってきた姿に戻り、地面に膝を突いて肩で息をしていた。
「お前の権能、凄いぞ。ステータス以上の動きをしていたし、何より武器だ。俺の魔王剣はPvPのためにここまで鍛えたのに、それと打ち合えた。どんな仕様なのか確認したほうが良い。手伝ってやろうか?」
わなわなと震えるアーサーを横目で見ながら、フォルティシモは情報ウィンドウを確認する。
目当てのログが流れていなかった。
フォルティシモはアーサーを何度も完封し、正しく完全勝利と言える状況を作り上げた。それは権能によって様々な攻撃を繰り出してくるアーサーに勝って、フォルティシモが最強だと証明するのもあったけれど、同時に神戯の重要なルールを確認したかったからだった。
冒険者として引っ張りだこなピアノが仲間を置いて丸一日付き合ってくれているのも、彼女にとっても重要なルールだからだ。
> ***に勝利しました
> 【魔王神】のレベルがアップしました
あの時に流れたログ。プレイヤーを抹殺しなくても、神クラスのレベルを上げられるのかどうか。完全勝利を演出したにも関わらず、フォルティシモはアーサーに勝利したことになっていない。
「ここまでやっても、ダメか。アーサー、ものは相談なんだが」
膝を突いたアーサーはフォルティシモを見上げ、次の言葉を待っているようだった。
「もう少し痛めつけても良いか?」
「お前悪魔か!?」
ピアノが驚いていたが、ここまでやって引き下がる選択肢はない。フォルティシモの言葉を聞いたアーサーは、先ほどまで息を切らしていたにも関わらず勢い良く立ち上がる。少しふらついているので、まだ体力が回復し切っていないらしい。
「なるほど、君が、勝利の女神が言っていた、“到達者”だったんだな!?」
最果ての黄金竜と共闘の約束をした、神が介入して来た中でも最も警戒すべき相手“到達者”。その単語をここで聞くとは思わなかった。
「卑怯者め! 僕の絶対無敵の権能が負けるはずないと思っていたんだ! “到達者”だと先に言えば良かったものを!」
「色々言いたいことは多々あるが、お前の言っていることが理解できない」
アーサーが地面を蹴ってフォルティシモから距離を取る。さらにアーサーの手には、インベントリから取り出したのか【拠点】帰還用のアイテム、望郷の鍵が握られていた。
「待て、俺はもう少し話がしたい。実際に大氾濫を体験したお前とだ。“到達者”についてもそうだし。そうだ。まずは連絡コードを交換しないか?」
望郷の鍵が発動した場合、追い掛ける手段はない。ただし望郷の鍵は使用から効果が発動するまで、ある程度のタイムラグがある。その時間はフォルティシモが相手をPKするのに充分だけれど、説得するには短過ぎる時間だった。特にコミュ障魔王と呼ばれ人付き合いが壊滅しているフォルティシモと、人の話に耳を傾けようとしない英雄アーサーにとっては。
「やっぱりクレシェンドの言っていた通りか! お前みたいな卑怯者に、俺たちは絶対に負けない!」
アーサーの口から、聞き捨てならない単語が次々と飛び出して行く。
アーサーの全身が光り始めた。望郷の鍵が発動しようとしているのだ。
「お待ち下さい! “到達者”とは何なのですか!? 私たち、私にも危険があるのでしょうか!?」
その様子を見て取ったラナリアが、急いでアーサーに語りかけていた。アーサーは望郷の鍵の使用を止め、ラナリアへ向き直る。
「ラナ、“到達者”は神々が選んだ勝利者だ。でも大丈夫。必ず僕やクレシェンドが“到達者”を倒し、君たちを救ってみせる!」
フォルティシモはアーサーを無理矢理にでも逃がす訳にはいかないと判断した。もちろん殺すのも無しだ。ラナリアが作った隙を利用し、フォルティシモのスキルが発動する。
「氷乃・揺籠」
コールドスリープを参考にし、『ブルスラの森』を氷の世界に変えたそれ。プレイヤーを長時間拘束するためだけのスキル設定だ。
「くっ、このままやられる訳にはいかない!」
アーサーがダビデ像のポーズを取ったまま氷結すると、なんだか負けた気分になった。そんなところで伝説の再現をされても困る。
「とにかく意識を奪って、『浮遊大陸』へ………は何かあったら困るから鍵盤商会へ運ぶぞ」
鍵盤商会は騒ぎになるだろうが、その辺りはダアト、キャロル、ラナリアが何とか誤魔化してくれるはずだ。




