第百八十九話 vsアーサー 前編
なんとアーサーは従者やチームメンバーを連れず、自分一人でフォルティシモと戦うと言い出した。そこまで言われてしまえば、フォルティシモも一対一で戦うしかないだろう。
ピアノがフォルティシモへ単独で挑もうとするアーサーの身を案じていたが、アーサーは歯の浮くような台詞を吐いていた。いや少し語弊がある。女性に対して失礼な内容で、アーサーの名誉のために発言内容は忘れてやる。
天空の王フォルティシモと大氾濫の英雄アーサーが大々的に決闘するのは、どちらが勝ったとしても外聞が悪いということで、人の訪れない場所が選ばれた。
エルディンに破壊されたものの、直後に戦争が終結してその役割を終えた『サン・アクロ山脈』の砦だ。思えばフォルティシモが初めてプレイヤーの影を感じ取った場所である。その頃にはとっくにクレシェンドと出会っていたのだが。
『サン・アクロ山脈』の砦は、壁はすっかり崩れているものの、訓練場などは残っている。無人になったせいかモンスターが入り込んでしまっているが、ここに出現する程度のモンスターであれば、決闘の前に簡単に一掃してしまえる。一応、決闘前なのでフォルティシモ自身でやらずアルティマに頼んで掃除させた。
フォルティシモの従者たちで不満がありそうなのはエンシェントくらいで、アルティマやリースロッテは決闘自体に文句はなさそうだった。こうした決闘はファーアースオンラインでもよくやっていたし、フォルティシモが敗北するとは欠片も考えていないからだ。
フォルティシモの知り合いだけのギャラリーに見守られながら、アーサーと少しの距離を取って対峙する。フォルティシモは対人装備に変更したにも関わらず、アーサーは会談の場で来ていた赤い貴公子服のままだった。
フォルティシモを舐めているのか、それほどまでに権能に自信があるのか。
「さて準備はできたか?」
「もちろんだ。君こそ敗北の覚悟は万全かな?」
アーサーの構えている剣は、アバター名から想像していた通り聖剣エクスカリバーというアイテムだった。ピアノの使っている光剣クラウ・ソラスと比べたら攻撃力は落ちるが、汎用性が高く強化や構成次第では一線級の力を持つM級の武器アイテム。
異世界ファーアースに来て、フォルティシモとピアノ以外でM級のアイテムを持っているプレイヤーと初めて出会った。やっとまともに戦えそうなプレイヤーが立ちはだかって、ある種の感動を覚えてしまう。
フォルティシモは己の右手に魔王剣を構えている。聖剣エクスカリバーだろうが光剣クラウ・ソラスだろうが、この膨大な課金と時間を費やして作成された廃神器に敵うはずがない。
合図も無しにフォルティシモとアーサーは同時に地面を蹴った。
魔王剣と聖剣エクスカリバーがぶつかり合う。STRはそれほどではないようで押してくる力は弱く、フォルティシモの片手で対応できる。アーサーも分が悪いと悟ったのか、力比べをやめて速度に任せた攻撃に切り替えた。ファーアースオンラインの剣に慣れているようで、STRとAGIを十全に生かした連続攻撃。どれもシステム上の急所狙い。だがフォルティシモにとっては慣れた軌道だ。
幾度かの打ち合いの後、エクスカリバーの刀身が砕け散った。
「なっ!? 僕の聖剣が!?」
武具破壊・特大:限界突破10 耐久損耗率10000%増加
魔王剣に乗っている効果の一つは、打ち合った武器の耐久度を百倍消費させる。マウロに言った廃人器魔王剣と打ち合える武器は存在しないとは、魔王剣とぶつかり合ったアイテムはあっという間に耐久度をゼロにして消えてしまうという意味だ。
これはほとんどのモンスターには無意味な効果であり、余程PvPに重きを置いていない限りは、ここまで課金している者は居ない。
フォルティシモは驚き戸惑うアーサーに対して、容赦なく次の攻撃を加えようとする。
アーサーはフォルティシモの斬撃に対して、インベントリから取り出した盾を身代わりにした。アーサーの身体が隠れてしまう大きさの丸盾。フォルティシモの魔王剣が盾を切り裂く。アーサーが出した盾は紫の光を発して消えてしまった。
フォルティシモから距離を取ったアーサーに対して、笑いかけて見せる。
「いいぞ。M級の武器を壊され、L級の盾を犠牲にしたとは言え、最強の俺との決闘で十秒保ったことを誇れ」
アイテムのレア度はM級が最高で、その次がL級となるため、アーサーは最高位と次点を次々と破壊されたことになる。
フォルティシモがニヤリと笑うと野次が飛んできた。
「フォルティシモが悪役に見えてきたぞ。私はお前を応援して良いのか?」
「フォルティシモ様の征く魔王道に相応しいお姿です」
フォルティシモは別に冗談や張ったりをかました訳ではない。ファーアースオンラインの頃から、フォルティシモは様々なプレイヤーと戦ってきた。それはもうボスよりもプレイヤーたちのが強敵だったくらいだ。
だからフォルティシモの最強を保つためには、プレイヤーへの対処が最重要課題だった。フォルティシモの最強装備は、ほとんどが対プレイヤーを想定している。多くのプレイヤーと戦う場合、とにかく一人一人を早く処理する必要がある。だから相手プレイヤーの防御力やスキルに構っていられない。また時間を掛ければ後衛に強力なスキルを使う時間を与えてしまう。
そうして行き着いたフォルティシモは、ほとんどのプレイヤーを一撃で倒せる域に達していた。およそトッププレイヤーと呼ばれる層でさえ、フォルティシモと戦えばほぼ一撃で沈む。ゆえにフォルティシモの前に十秒も立っていられるプレイヤーは、数えられるほどしか存在しない。
しかしそれは、あくまでもファーアースオンラインの常識だ。フォルティシモは笑みを見せ、魔王剣を持っていない腕を突き出してクイクイと煽った。
「俺はファーアースオンラインでは最強だ。俺に勝つつもりなら、権能を使って来い」
一撃で聖剣を砕かれ挑発までされたアーサーは、余裕の笑みで答えてみせた。髪をかき上げる動作のオマケ付きだ。
「ふっ、ラナや故国の美しい人が騙されたのも分かる。君もチート能力持ちだったか」
念のためフォルティシモが心の中で否定しておくと、魔王剣はチートではない。一切のズル、違反行為はしていない、正規の武器アイテムだ。
もしフォルティシモがチートを疑われるとしたら、近衛天翔王光が身代わりとして神戯へ参加させたことだけで、それ以外に後ろ暗い点は一切ない。そしてその点もマリアステラの、いやキュウのお陰で解消されている。
「じゃあ、僕もチート能力を使わせて貰おう!」




