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第百八十八話 プレイヤーアーサー

 アルティマとリースロッテに殴られて顔に痣を作ったアーサーは、大人しく応接室の椅子に座っていた。


「な、なんてことをするんだ!? 僕の、僕の顔がっ!」

「まだ殴られ足りないかの?」

「ひいっ!? でも、君、可愛いね。今夜、はラナの番だから、明日の晩でもどうだい?」


 アルティマがアーサーの顔面に拳をめり込ませた。アルティマはラナリアも後輩として可愛がっているので、苛立ったのだろう。アーサーは顔面を両手で押さえて痛がっている。


「フォル、面倒だからこいつ殺そう」


 リースロッテの過激な物言いに、ラナリアまで反対意見を述べなかった。むしろ諸手を挙げて賛成しそうな笑顔だ。


「おいおい、真面目な話に来たんじゃないのか?」


 唯一止めたのがピアノで、ピアノはアーサーへ近寄ると、【治癒】を使って顔面の凹みを回復した。


「ありがとう。………もしかして、君は、僕と同じ国の出身じゃないかい!?」

「まあ、たぶん」

「なんてことだ! これは運命か! こんな綺麗な人と出会えるなんて! 君は僕の理想の黒髪の女性だよ! 金髪のラナと並んだら、よく映えるはずだ!」


 フォルティシモはリースロッテの案を採用して、この場で抹殺するかどうか迷い始める。もしもこいつがキュウに目を付けたら、考慮の余地なくその胸に魔王剣を突き立ててやるつもりだった。


「サンキュ。ラナリアさんと並んで引けを取らないってのは言い過ぎだと思うけど、褒められるのは嬉しい。それでお前もファーアースオンラインのプレイヤーなんだろ?」


 フォルティシモの唯一無二の親友ピアノは、アーサーの態度も軽く流す。女性の立場だと信じられないほど失礼な物言いな気がするのだが、ピアノは己が女性だという自覚に欠けるので気にならないのだろう。


「ああ、君たちも神に認められて来たんだろう? この僕に神が嫉妬してしまってね。人間でいては困るから、この美しさで神にならないかって誘われたのさ」


 ここまでに女神マリアステラ以外にも、いくつかの神が神戯に関わっているのは知っているが、こいつを認めた神は脳が腐っているのではないだろうか。


「美しさって、神戯ではそんなものに価値はないだろ?」


 フォルティシモがここまで調べた限り、神戯の勝利条件である神クラスのレベルを上げて行く方法は三つ。どれを取っても美しさなんて無意味だと思われた。


「ふっ、やはり君は僕のライバルには成り得ないな。それでは神戯の勝利者にはなれない」

「ほう?」


 真正面から己に勝てないと挑発をされて、黙っているフォルティシモではない。


 アーサーはアクロシア大陸にその名を轟かせる英雄で、この場で抹殺してしまえば国際問題にも発展する人物である。しかしアーサーが危険人物だったり、フォルティシモや従者たちを陥れるような相手であれば、何が何でも抹殺するつもりだった。


「見て分からないのかい?」

「それは【解析】を打ち込んでも良いってことか?」


 ここは公式な会談の場なので、いきなり相手に【解析】スキルを使うのは控えていた。もちろん危険はあるが、第一印象の大切さを考えると出会っていきなり【解析】を使うのは、如何なものか。異世界ファーアースに来てから何度か出会い頭に【解析】を使っているのは忘れた。


 アーサーが溜息を吐きながらソファから立ち上がり、髪をかき上げてフォルティシモを指差した。


「僕のが格好良いだろう?」

「フォルのが格好良い」


 すぐにリースロッテの金的蹴り上げを受けて、悶絶しながら床へ転がったが。




「僕が出会ったのは、布で頭を覆った美しい女性だった。僕が神になった時、また会おうと約束した。彼女が僕の勝利の女神だ。勝利の女神が付いている僕が勝つに決まっているのさ」


 アーサーは途中途中にラナリアやピアノへの愛を囁きながら、ペラペラと調子良くしゃべってくれた。


 アーサーが異世界ファーアースへやって来たのは十年と少し前で、フォルティシモと同じようにメールを受け取ったのだと言う。彼が出会ったのは、テディベアへ丁寧に神戯の説明をしたという狐の神様や、女神マリアステラとはまた違った神様。


「よくそのまま神戯に参加しようと思ったな。本当に死ぬかも知れないんだぞ」

「はっはっは、そんな訳ないだろう? 勝利の女神から授かった僕の能力は、誰にも負けないからね」


 言動だけで判断するのであれば、チートを貰って好き放題する考え無しの異世界トリッパーにも思える。


 しかしこいつの権能が本当に強力で、十年以上も堂々と大陸の英雄をやっていたのだとしたら、意外と馬鹿にできない強さを持っているかも知れない。


 そして奴隷屋クレシェンドでも倒せていない点も気がかりだ。倒しやすいからわざと放って置き、充分にFPが貯まったところで倒す策略にしても期間が長い。


「お前が一人で来たのも、その力に余程自信があるからか?」


 アーサーは最低でも従者を伴って会談に臨むものだと思っていた。フォルティシモもそれを警戒して、ここまでの戦力を集中させたのだ。しかし現れたアーサーはたった一人、そしてレア装備に身を包んでいる様子もない。


「ふっ」


 アーサーはフォルティシモを鼻で笑った。


 次の瞬間、アルティマの拳がアーサーの顔面に、リースロッテの足が弁慶の泣き所へ炸裂し、アーサーは床に蹲った。フォルティシモがアルティマとリースロッテにやれと命令したせいで、二人はファーアースオンラインの頃と同じように容赦がない。


 アーサーも美少女にやられて嬉しい、とは思わないが、反撃する様子もなくされるがままだ。


「そ、そうさ。僕のチート能力は絶対無敵。いくら君が『浮遊大陸』を操っていても、僕には勝てないんだ」

「そこまで強力なのか」

「もちろんだ! 勝利の女神は、これさえ使えば、異世界でいくらでも自由にして、現れる他のプレイヤーにも勝てると約束してくれた!」

「面白い話だ。もっとお前の話を聞きたいな」


 フォルティシモは本心からそう思って、立ち上がって笑って見せた。アーサーはたぶん馬鹿だが、馬鹿だからこそ言動に偽りがないと信用できる。


「実はな、俺は少し困ってる。女神と戦わなければならないのに、あるプレイヤーが俺の邪魔をしようとしてるんだ。お前さえ良ければ、ちょっと協力しないか?」

「女神と戦う!? 正気なのか!?」


 アーサーはフォルティシモが近付こうとしたら、逆に距離を取った。


「正気に決まってるだろ。俺は正気で神戯に勝利しようとしてる」

「そうじゃない! 君は、勝利の女神を殺そうと言うのか!?」

「いや、女神って言ったのは、女神マリアステラであって、お前の言うそれじゃ」

「くっ! よくも僕を裏切ってくれたな! ラナ、そして故国の美しい人! あなた方は必ず救い出します!」


 アーサーはインベントリから何かを取り出して、フォルティシモへ投げ付けた。ただ投げただけだった上、攻撃アイテムではなかったが、念のためそれを回避する。


 ポトリと床に落ちたそれは手袋だった。


 決闘の申し込みのつもりらしい。映画の見過ぎだ。


「なんでよけるんだっ!?」

「投擲攻撃を警戒した。だが、ちょうど試したいこともあった。協力したくないなら潰させて貰う。とは言え、お前は一人でここに乗り込んできたから準備もあるだろう。時間と場所を約束して後日が良いか? 拠点攻防戦でも良いが」


 アーサーは馬鹿で強敵かも知れないが、悪い奴ではない。十年前の大氾濫で大勢を救い、今でも英雄と言われるほど異世界の人々の命を助けている。そしてこのフォルティシモとその従者にたった一人で囲まれた状況で、正々堂々と決闘を申し込もうとしているくらいだ。


 ここでフォルティシモとピアノたちが寄ってたかって倒すのは、フォルティシモの望む最強の姿ではない。正面からの挑戦は正面から受けるのが、最強の矜恃である。


「自信があるようだが、勝つのは僕だ。そして僕が勝ったら、彼女たちを解放して貰う!」


 アーサーの発言に、フォルティシモとピアノは押し黙った。


 余りにも的外れだから、ではない。ピアノに関しては的外れだが、ラナリアへ【隷従】を掛けているのは間違いないので解放を要求するのは半分正解だ。


 しかしそれよりも重要なのは、神戯におけるプレイヤー同士の決闘で、勝敗が確定した後に言及した点。


 アーサーは神戯参加者同士の戦いで、相手を殺すと考えていない。


「良いだろう。最強の俺が勝つがな」


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