第百八十七話 大氾濫の英雄
大陸会議にフォルティシモが参加してからと言うもの、色んな国や組織が表に裏にフォルティシモとの会談を望むようになった。申し込み自体は元々あったのだけれど、あの日まですべて拒否していたものが受諾されるようになったのだから、その数は日に日に増えていく。
会談の場のフォルティシモは、エンシェントとラナリアを同席させてほとんどしゃべらなかった。正直に言うと面倒だし、投げ出したくなる作業だ。しかし彼女たちに任せて姿も見せないのは強い想いになるとは考えづらい。
FPの仕様を考えると、しっかりとフォルティシモを印象づけなければならない。彼らの交渉相手は、あくまでもフォルティシモであると思って貰う必要がある。
フォルティシモとの会談は優先順位を分けていて、アクロシア王国と友好的であれば『浮遊大陸』へ招待したり、そこで会談を行ったり視察を受け入れたりもしている。逆に敵対的だったり、利害の不一致があると、大陸会議の開催国として場所を提供してくれるアクロシア王国内での会談に留める。
そして今日の会談は、ファーアースオンラインのプレイヤーにして神戯参加者である可能性が高い相手と会う手筈になっている。それもテディベアよりは現状の神戯に詳しくて、ある程度は神戯を勝ち抜き、フォルティシモとピアノに近いアップデートからやって来た可能性のある相手と。
十年前の大氾濫で、数々のモンスターを屠って英雄となった男、通称大氾濫の英雄。大陸の人間から信仰心エネルギーを集め、さぞやFPを貯め込んでいることだろう。だから念には念を入れて、フォルティシモのFPが充分に貯まるまで待ってから会談に臨んだのだ。
アクロシア王城の一室に、フォルティシモ、キュウ、ピアノ、エンシェント、アルティマ、リースロッテ、ラナリアが揃って相手を待つ。シャルロットを含めたラナリアの護衛騎士たちも室内にいるが、会談が始まれば護衛は別室で待機となる予定だ。護衛よりも会談に臨む面子のが遙かに強いので、まったく意味のない慣習だが。
「いいか、相手が先制してくるようだったら、まずは俺がカウンターで先頭のタンクを落とす。アルとリースは俺の攻撃に合わせて残りを排除しろ」
「任せるのじゃ!」
「準備、万端」
フォルティシモたちがいる部屋は、アクロシア王城にある会談用の一室であり、儀礼に則った由緒ある場所だ。綺麗な家具類に絨毯が完備されていて、決して騎士団の訓練場ではない。その中でフォルティシモ、アルティマ、リースロッテは、椅子にも座らず仁王立ちして闘気を漲らせていた。
ピアノを連れて来たのは、キュウが同席しているからだ。キュウ式ポリグラフとラナリアの観察眼が合わされば、会談の場では最強と言って過言ではない。キュウの参加は必要だが、それは神戯参加者の前にキュウを晒し出す行為。妥協案として、ピアノに付いて来て貰った。ピアノがキュウを守ってくれるのであれば比較的安心できる。
「あの、フォルティシモ様、本日はあくまで顔合わせですので」
「俺はもう知り合い以外は誰も信じない」
「ほんとに人間不信になってるじゃねぇか。そんなに懇意にしてた奴隷屋が敵だったのがショックだったのか? 奴隷屋やってる時点で、ろくな奴じゃないのは分かってただろ」
ピアノの指摘が正論すぎて痛い。たとえどんな理由があろうとも、人間を奴隷として扱うなんて人として最低の行いだ。フォルティシモもやっているけれど。
このようにフォルティシモはかなりの準備を整えていた。
応接室のドアを開けて入って来たのは、貴公子という言葉がピッタリの男だった。どこぞの王子様が着ていそうな真っ赤な上着に、ごわごわとした白い飾り付け、しっかり固めた赤毛の髪を伴った美形のプレイヤーである。ピアノの例を除けば、プレイヤーは皆がアバターなので、美形であるのは当然と言えた。偏屈で無ければ己のアバターを不細工に形作るはずがない。
「おや? どうやら部屋を間違えてしまったらしい。こんな大輪の花々が咲き誇る場に案内して頂けるのは光栄だが、今日の僕の用向きは花を楽しむことではない」
今にも口許に薔薇を加えそうな仕草で溜息を吐く美形のプレイヤー。その所作一つ一つが演技臭い。
「お間違いありません。こちらが天空の国フォルテピアノの王にして私の婚約者、フォルティシモ陛下です」
ラナリアのフォルティシモに対する修飾語は、最近は全面的に許可している。もしフォルティシモとラナリアの間に子供が産まれたら、その子供に対してラナリアとは結婚していないから家族でないと主張する自信はない。
美形のプレイヤーは、フォルティシモを見る。
「ほう。たしかに僕の次の次くらいには美を分かっている顔だ」
フォルティシモも彼のプレイヤーを見る。見て、どうしても首を傾げた。
「ラナリア」
「なんでしょうか?」
「本当にこいつが大氾濫の英雄アーサーなのか?」
フォルティシモだって、これまで嫌々ながらも何度も会談をして来たし、失敗する度にエンシェントに怒られて来たので、初対面の挨拶の応酬くらいは心得がある。しかし相手がそれを守らずに、いきなり失礼な物言いをしてくるのであれば、それに合わせる気は毛頭なかった。
フォルティシモがラナリアの名前を呼んだからなのか、美形プレイヤー、アーサーはラナリアを見て喜色満面になる。
「おお! 美しく成長したね、ラナ。どうだい? 僕と一夜の恋を楽しむのは。もちろん君が一夜で終わらせたくないというなら、僕の花にしてあげても良いよ!」
キュウには、もしアーサーが嘘を吐いたら合図を送ってくれるように頼んである。そのキュウも合図を送って来ないということは、これは演技ではなく本気らしい。
正直に言って、ただの馬鹿にしか見えない。
ラナリアはアーサーの言葉を無視して、フォルティシモを凝視する。その表情は笑みで固まっていた。さすがのフォルティシモにもラナリアの額に怒筋が浮かんでいるのが分かる。
「フォルティシモ様、誠に遺憾であり、残念ながら、彼が大氾濫の英雄アーサーです」
こいつが神戯に参加して、神になろうとしている。
神戯というものは、もっと凄いものではなかったか。近衛天翔王光のような偉人が神になるために、命と頭脳と力を以て競い合うものではなかったか。
百年を超える時間を掛けてクレシェンドが目指し、竜神たる最果ての黄金竜が暴れ、恐るべき女神マリアステラが掌握するという、フォルティシモが目指す最強の先。
「いくつか、聞きたいんだが」
「ふぅ、ラナは相変わらず恥ずかしがり屋さんだね。大丈夫。僕はそんな君の魅力も分かっているよ」
「アル、リース、やれ」
フォルティシモは出会って数分も経たず、アーサーとまともに会話するのを諦めた。




