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第百八十一話 大陸会議 後編

 アクロシア王はフォルティシモの動作に不自然なものを感じていた。フォルティシモは誰にも視線を合わせることなく、少しだけ上を見ている。何度か確認してみたが、フォルティシモの視線の先には何もない。


「お初にお目に掛かります。私はカリオンドル皇国の外交特使を拝命しております、ニコラスと申します」


 カリオンドル皇国の大使の言葉を皮切りに、次々に名乗りを上げる。アクロシア王は娘から彼の特徴をある程度聞いているため、彼らの名乗りが無駄であることを理解している。フォルティシモは強い興味を引けなかった人間の名前は覚えない。娘の話は正しいようで、フォルティシモの表情を見る限り、彼は各国の首脳や特使たちの言葉をまったくと言って良いほど耳に入れていなかった。


「―――ラナリア父、最初に言っておくが、俺はアクロシアにある程度協力はするつもりだ。だが、よくも分からない連中に力を貸すつもりはない」


 まるで議場の者たち全員を敵に回すかのような発言に、何を言い出すのだと驚いている間に、ニコラスがフォルティシモへ話し掛ける。


「その真意を聞かせて頂きたい。アクロシア王国と同盟を結んでおられることが理由なのであれば、我が国も同盟の用意をしております」


 カリオンドル皇国がこの会議のために第二皇女を連れて来ていることは、アクロシア王も聞いている。あくまでお忍びでの同行となっていて、会議やパーティには参加しないと言われていた。しかし、フォルティシモが現れれば話は変わって来るだろう。


「―――この会議はうちとお前らの交渉の場じゃない。この場で話すことはない」


 カリオンドル皇国の大使はその様子でこれ以上何を言っても無駄であり逆効果であると理解したようだが、理解できなかった者が会議の後に交渉させて欲しいと声を上げている。それ自体が交渉であることを理解できない無能、と思うのは簡単でも、彼らの立場を考えれば会議など放り出して、フォルティシモの前に跪いて交渉したいはずだ。


「やめよ見苦しい! アクロシア王よ。それでは、会議を始めよう」


 続けようではなく始めようと言うカリオンドル皇国の大使ニコラスはやはり大国から派遣されるだけのことはある。


 会議は粛々と進んでいく。先ほどまでとは異なり、誰も声を荒げたり語気を強めたりしない。それどころか会議を早く終わらせるために早口になっている者がいて聞き取りづらい。


 横目でフォルティシモの様子を窺うと、会議を聞いているのかいないのか、ほとんど発言をすることはない。たまに言葉を向けられると。


「この資料にあるアクロシアの特殊部隊とは一体? 想定平均レベルがかなり高いように見受けられますが」

「それはフォルテピアノに派遣している部隊だ」

「ほう。フォルテピアノでは何か訓練のための良い施策を採っているのでしょうか」

「―――お前たちには不可能な方法だ」

「いえ、貴国の施策について詮索をしたいという意味ではありません。ただ、我が国や他の国々からの者を受け入れて頂くことは可能でしょうか?」

「―――今連れているのは俺の個人的な知り合いとラナリアの部下だけだ。まあ、俺にすべてを差し出す覚悟なら検討してやるがな」

「検討して頂けるのですか」

「―――ああ、してやる」


 返答はあるのに時間が掛かり、フォルティシモは発言者へ目を向けない。まるで遙か天上に座するため、人の声が届くまでに時間が掛かってしまい、こちらの姿は天上からは捉えられないような錯覚に陥る。


 この場に居るのは、各国の命運を握る会議を任せられるほどに優秀な者たちであり、アクロシア王でも一筋縄ではいかない。


 しかし、誰もがフォルティシモを前に萎縮し、本来の実力を発揮できないでいる。高くに浮かぶ天空の国に住み、たった一人で国を滅ぼす力を持つ王、相手があまりにも規格外で常識が分からないのだ。神と呼ばれる存在に対して、何を交渉すれば良いというのか。


 それはアクロシア王でさえも同じで、あっさりと懐へ入り込んだ娘は、どうしてそうなったのか不思議でならない。


「それでは、合意文書へのサインを」


 フォルティシモはサインをせずに、その様子を見ているだけ。要約してしまえば、フォルティシモが言ったのは「この場では直接交渉はしない」「同盟国は助ける」「交渉はしてもいい」だけである。


 これが侵略の脅しでも掛けようものであれば、まったく違った反応になったことだろう。しかし彼がしたのは何もせずに、ただ少しばかり遅刻して、その場に座っていた。それだけで、各国はフォルティシモを意識せずにはいられない。彼らはホテルや自国へ帰ってから、交渉のテーブルを整えようとするだろう。


 しかし、それはもう交渉ではない。神に貢ぐことで加護を得ようとする行為だ。


 アクロシア王は退出していく各国の代表者を見送りながら、フォルティシモの様子を観察する。フォルティシモは会議中は動かすことのなかった視線を戻し、コーヒーを口にしていた。リラックスしており、何かをやりとげた様子だ。


 満面の笑みをした娘の幻影が見えた気がした。




 ◇




 フォルティシモは情報ウィンドウのメモ帳に、びっしりと書き込まれた文字を見る。本当はこの場で全プレイヤーに対して宣戦布告して、最強のフォルティシモが相手になってやるからかかって来いと言うつもりだった。


 従者たちに呆れられ、ダアトに至っては罵倒され、ラナリアは顔を青くしていたので、誰も味方がいないと悟ったフォルティシモは、彼女たちの要望にできる限り従う方針に変えた。


 事前に問答を想定したカンニングペーパーを作成して、音声チャットをラナリアと繋ぎっぱなしに。もしカンペにない質問が来たら「なるほど〇〇〇か」なんて言って時間を稼ぐ予定だった。幸いか、ラナリアの完璧な予測のお陰か、カンペにない質問はこなかった。


 会議の内容には興味が浮かばなかったので、カリオンドル皇国の行動に注意を払いながらプレイヤーが襲ってこないか警戒していたら、いつの間にか会議は終わった。


 情報ウィンドウを閉じて近くの給仕にコーヒーを頼んだところ、給仕は真っ青な顔をして走って行き、すぐにコーヒーが運ばれてくる。何故か大勢の給仕がその様子を窺っていて、フォルティシモがコーヒーを一口飲むまで見守られていた。


 ちなみにフォルティシモはコーヒーの豆の味も曖昧にしか分からない。出されたコーヒーは、コーヒーの味がしたので美味しかった。


「参加して貰えるとは思わなかった」


 顔を上げるとラナリアの父親であるアクロシア王が表情に苦笑いを混ぜながら立っていた。よく知らない国や貴族ならば無視するところだが、ラナリアの実の父親を無視するのは気が引けた。


 それにラナリアを性の対象として手元に置いているフォルティシモとしては、その父親の心情を思うと何とも申し訳ない気持ちになる。


「こっちにも事情があってな」


 アクロシア王は以前見た時よりも顔色が良くなっていた。まともに食事を摂らずに酒を飲んで寝るという生活だったものが改善されたらしい。


「この後、会食があるのだが一緒にどうかな?」

「遠慮しておく。俺はマナーが必要な堅苦しい場所は嫌いだ。食事ならラナリアたちも交えてもっと軽い感じにしてくれ」


 嫌いというよりも、着席形式だろうと立食形式だろうとマナーなんて身に着けていないだけである。さらにラナリアを同席させることを忘れない。女の父親と一対一で食事なんて有り得ないし、他の誰かが同席しても対応はラナリアに投げることができる。


「わかった。では機会を設けることにしよう」

「いや、無理しなくていい。今は忙しいだろ? そう、機会があればという話だ」


 機会があれば、リアルワールドにおける伝家の宝刀を抜くと、アクロシア王は何が面白かったのか笑い出す。笑いが収まった時には、会議での厳しい王の顔ではなく穏やかな父親の顔になっていた。


「娘が迷惑を掛けていないかな?」

「迷惑はないが、ついさっきまでの仕返しはしたい。父親ならあいつが苦手なものを知らないか?」

「苦手なものか。ある、いやあった」

「克服したのか。一応教えてくれ。もしかしたら今も苦手かも知れん」

「いや、もう無いのだ」

「………そういえば、兄がいたんだったな」


 ラナリアにとっての兄、アクロシア王にとっては息子。フォルティシモは話題を間違えたと思う。


「そうではない。娘が苦手としていたのは常識、ひいては世界そのものだ。しかし、娘にとってのそれは陛下が壊してしまったからもう無い」


 アクロシア王はどこか寂しそうだった。


「そうだな。あと娘は純情なところがある。陛下に二人きりで迫られれば、外面は分からないが内心はかなり焦るだろう」

「もっと直接的に苦手なものはないのか。ピーマンが嫌いとか、ゴキブリが苦手とか」

「そう言ったものに心当たりはないな。そこまで気になるならマリアナにも聞いてみてくれ」

「誰だ?」

「我が妻で、あれの母親だ」


 フィーナの母親が美人だったので、ラナリアの母親も見てみたい気はした。しかし今は、他のことに気を取られてしまう。


> 会談を申し込むから受けてくれたまえ


 大陸会議に参加していたプレイヤーから、テキストによるメッセージが届いていた。宣戦布告をするまでもなく、目的の一つが果たせたと満足する。


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