第百八十話 大陸会議 前編
同盟各国の代表や有力者が、次の大氾濫と呼ばれる災害に対する会議のため続々とアクロシア王都へ集結していた。同盟に所属しているとは言え、各国の思惑は決して一枚岩ではない。どの国だって自分たちの国の安全のために同盟に参加しているのであって、自分たちの国が最優先である。
この会議は歴代のアクロシア王が、大氾濫のために国々が手を結ぼうと働きかけて実現したものであり、会議自体は毎年開かれているし、連合軍の編成もほとんど完了していた。それが崩れてしまったのは、中立のはずのエルディンがアクロシアに攻め入ったこと、アクロシアで公爵が内乱を起こしたことに起因する。これらによって騎士や兵士、物資を失ったアクロシアは、当初予定していた戦力を出せなくなってしまったのだ。
そこまでであればアクロシアの責任を追及しつつも、大氾濫の後に有利な条約でも結べば済むことだった。しかしアクロシアは突如現れた天空の国フォルテピアノから戦力を借りて、それを自国の防衛に当てるというのだ。同盟各国、特にアクロシアと並ぶ大国のカリオンドル皇国は黙っていられるものではない。自然と各国の語調は強いものとなり、徐々にアクロシアを非難するような言葉に変わっていた。
「十年前の作戦に不備があったのではないか?」
「出現する魔物の研究を怠っていた責任だ!」
「アクロシアは自国のこと以外は考えないのか」
「今はそのようなことを話している場合ではなかろう」
「いやいや、アクロシアは余裕があって良いですな。なんでも空の国の属国になられたとか。残り二人に減った跡継ぎの王族まで差し出したそうではないですか。いやぁ、尻尾の振り方まで大陸一とは恐れ入ります。ああ、純人族には尻尾がないのに振るのが上手いとは、少しばかり冗談が過ぎましたかな」
アクロシアより遙か東に位置する大国カリオンドルの大使。デミヒューマンと呼ばれ差別されていた者たちが作り上げた国で、この大使も蜂のような触覚と尻尾を持っており、見るからに純人族ではない。
「………大氾濫は国や種族に関係なく対処しなければならない災害だ」
「それをあなた方が言いますか? 武力を盾に植民地を作り、差別と奴隷を是としてきたアクロシアが」
「単国では危機に脱せぬ国を支援しているのであり、属国は植民地ではない」
奴隷は一つの身分階級であって、それで生きられる者もいるのだという言葉は、どうしても出て来なかった。アクロシア王はその恐怖を知ってしまったから。
「カリオンドルはこの会議をかき乱したいのか? 我が国への抗議であれば別の機会を設けよう」
「いいえ。ですが、この場にいる我々は、どうしても知りたい。アクロシア以外の総意として」
カリオンドルの大使は手を振り上げて、長い人差し指で天井を指した。
「あの天空の国は一体何なのか答えて頂きたい。それもなしに会議などできるはずもない」
アクロシア王はカリオンドルの大使の指先へ向かって顔を上げた。
豪勢な会議室。その頭上には明かりを灯す魔法道具があった。一つ一つの明かりはそれほどではなくランプの火の光量も下回るものだが、何せ設置されている数が多いので外にも負けない明るさだ。アクロシア王はぼんやりとそれらを見つめる。
「彼の国はフォルテピアノという」
しばらくして、アクロシア王は口を開いた。
「圧倒的な軍事力と神話の世界を体現する王が統治する場所。大空を羽ばたく神鳥に乗って移動し、離れた場所を瞬間移動する魔術を駆使し、空の大陸を自在に動かす。エルディンを滅ぼし、トーラスブルス近郊に現れた黄金の竜の撃退も彼の国の王である」
「ぎ、吟遊詩人にでもなられましたかな?」
アクロシア王は事実だけを述べた。小国の者が引き攣った声を出す。カリオンドルの大使はその程度の情報は得ているようで落ち着いたものだ。
「我がアクロシアとは同盟関係にあり、娘が懇意にしている。また騎士団や鍛冶師の育成の相談もしている最中だ」
「同盟であると言うのであれば、何故この場に居ないのですかな? 国や種族に関係なく対処しなければならない、などと嘯きながらこれでは、随分と都合の良い解釈ではありませんか?」
「この会議は、“この大陸”で我が国と同盟を結んでいる各国が、大氾濫のために自主的に集まっているはずだ」
「建前を抜いて頂きたい。参加しなければ戦列に加われず自国の防衛もままならない国からすれば、存亡を盾にした脅しでしょう」
「加われない、というのは正確ではない。編成と配置は事前に決めるものであり、新しく戦力を加えるのであれば、それらに影響しないよう配慮するのが当然であろう」
「ではフォルテピアノの戦力は、連合軍の編成に組み込まないと?」
「そうだな。フォルテピアノより派遣された戦力は、連合軍とは無関係として扱うつもりだ」
アクロシア王の即答に会議場が騒がしくなる。
アクロシア王は落ち着き払っていた。焦っているのはカリオンドルの大使のはずだ。何せフォルテピアノという国は、空飛ぶ大陸の上にあるので、直接交渉したくてもできないのだ。カリオンドルがアクロシアに並ぶ大国であっても、連絡手段がなければどうしようもない。
実はアクロシアも状況は同じである。あくまで向こうの誰かがやって来て話をするか、娘であるラナリアがふらりと―――瞬間移動の魔術で―――帰ってくるだけだ。
それでもアクロシアの王族であり、親の贔屓目で比類無き知恵者であるラナリアが滞在しているというのは大きい。既にベッヘム公爵軍を圧倒したフォルティシモ自身や、魔王と言うクラスとそのレベルでアクロシアを騒がせたアルティマ、蘇生の奇蹟を体現できる聖女セフェール、ドワーフたちを奮起させた鍛冶神マグナを始めとした精鋭が力を貸してくれるよう、ラナリアが話を付けてくれている。
また、仮に彼らを連合軍に組み込んでも、レベル差がありすぎて最大限の成果を発揮できないと思われる。それならば最初から組み込まずに、連合軍の防衛力が足りない箇所に力を貸して貰うことが建設的だと考えていた。
会議を進めようとしたところ、アクロシア王は会議場に二メートル程度の青い渦が現れたことに気付く。気付いたのはアクロシア王だけではないようで、会議場の者たちが青い渦を指さしていた。
青い渦が揺らめいたかと思うと、そこには件の天空の王フォルティシモが立っていた。
見たこともないような強力な魔法道具でありながら美しい宝石が散りばめられたローブを身に着けており、どちらが上等なのか判断がつかないネックレスや指輪も見て取れた。以前にアクロシアへ訪れた時よりも着飾っているのが分かる。娘から聞いていたフォルティシモの人物像では外聞よりも実利を重視する性格という話なので、この格好は参謀の誰かの入れ知恵だろう。あまり考えたくないが、娘の発案かも知れない。
「遅れたか?」
問い掛けるまでもなく大遅刻であるが、誰一人咎める者など居ない。桁外れの魔力量。アクロシアの国民すべてを集めても、なおも上回ると思える力が会議場全体を圧している。
それを前にして、遅刻を咎められる者など居るはずがない。時間など、所詮は人が決めた尺度であって神には関係がないとでも言うように。
「いや、遅れてなどいないよ。天空の王」
「そうか」
天空の王は用意された椅子に文句を言うでもなく座った。その動作に議場すべてが注目している。周囲の視線を考えない、冒険者のような少し粗暴で無造作な所作だった。この場でそんな動作をすることが、彼の主張のような気さえする。この場に居る誰に対しても、敬意を払うつもりは無いという意思表示に。




