第百七十七話 フォルティシモとクレシェンド 誘い
「お前は、俺に殺されに来たのか?」
フォルティシモがクレシェンドからの手紙として渡された内容は、話がしたいのでいつでも指定のレストランへ来てくれというものだった。
フォルティシモは総攻撃可能な準備を整え、レストランへ踏み込むことを決める。
指定のあったのはアクロシア王都にある高級レストランで、店員に案内された個室では、クレシェンドが何度も見た営業スマイルを貼り付けたまま席に座っていた。クレシェンドの正体を知った今、その笑顔が今まで以上に薄っぺらいものに見える。
貴族が密談などに使うための個室らしく、目が痛くなりそうな豪勢な一室にクレシェンドがたった一人。
「いえ、私もそこまで愚かではございません。この私は本体ではありません。あなたもお使いになられているゴーレムですよ」
「ゴーレムに遠隔操作と通信のコードを埋め込んだのか? 中々やるじゃないか。俺には勝てないがな」
【解析】を発動して、今の言葉が嘘ではなく紛れもなくゴーレムだと確認し、向かいの席に腰掛ける。
連れて来たアルティマとリースロッテの二人は、座らずにフォルティシモの背後に控えた。二人を選んだのは、もしもの時の前衛だからだ。そしてエンシェントやセフェールを連れてこなかったのは、これが陽動で【拠点】を襲われる可能性を危惧したためである。システム上、他プレイヤーの【拠点】には入れないはずだが、油断だけはしないようにしている。
「それで何の用だ? 拠点攻防戦の誘いなら乗ってやるぞ。分かり易く白黒付けるか?」
「お客様がお造りになったゴーレムに興味がある、というのは如何でしょうか?」
「本気ならそのゴーレムを叩き壊して帰る」
クレシェンドのゴーレムは本当によくできているらしく、表情までしっかりと動いている。【解析】を使わなかったら、人間だと言われても気が付けないだろう。
「お客様との談義は大変有意義なものになると思ったのですが、それでは仕方がありません。もう一つの用件を」
クレシェンドは右手をフォルティシモへ差し出す。テーブルが広いので手が届くことはないけれど、そのジェスチャーの意味は察せられた。
「しばらくの間、お客様と同盟を結びたい」
「俺の最強の力を恐れたか? 気持ちは分かるが断る。目下、俺の二番目の敵はお前だ。お前を倒す優先順位は高い」
一番目は当然、聖マリア教で信仰される女神マリアステラである。
フォルティシモが差し出された同盟の手を拒否すると、クレシェンドは気に掛けた様子もなく口を開く。
「我々は、この神々の遊戯で弄ばれています。その最たるものが、この地で大氾濫と呼ばれている現象なのです。大氾濫についてはご存知でしょうか?」
「多少は」
今から約十年前、アクロシア大陸は未曾有の災害に見舞われた。
それは“大氾濫”と呼ばれるモンスターの異常発生現象である。大氾濫は約四日間の間、大陸中でモンスターが異常発生し続け、倒してもすぐに次のモンスターが発生するため決して数を減らすことがない。しかし四日過ぎると波が引くようにモンスターはどこかへ消えてしまう。
この大陸では恒常的にモンスターの被害があり、モンスターへの対策や研究は各国にとっては最大の関心事であって、どの国もそれらを怠ったことなどない。このモンスターの異常発生現象大氾濫も、ある程度の周期で何度も発生しているものであり、アクロシアのように歴史の古い国であればその対応も慣れたもののはずだった。
それにも拘わらず、十年前の大氾濫は災害と呼ばれるほどの被害をもたらしたのだ。
過去例を見ないほどに強力な個体が複数出現し、各地で展開していた軍、王国騎士や冒険者たちが瓦解。前線の防衛網を擦り抜けたモンスターは、一般市民が生活する場所まで入り込んできた。倒しても倒しても減らないモンスター、混乱する民衆、この四日間での死者は数十万から数百万に上ると言われている。中でも大氾濫後に王位を継承する予定だったアクロシアの王子たちの死亡は、国力に大きな衝撃を与えた。
そして新しい大氾濫の兆候が見られる。前回を上回る規模で。
異世界で初めて泊まった宿の主人、まだそれほど仲が深くなかった頃のラナリア、侵略戦争をしていないのに属国を持つアクロシア王国、やけに力に貪欲なシャルロット、ピアノのパーティーメンバー、現役を退いているギルドマスター、キャンプファイヤーの日のノーラ、聖マリア教の大司教の娘フィーナ。
フォルティシモが関わった異世界ファーアースの人々は、大なり小なり大氾濫を意識していたのかも知れなかった。
ここまでが表の側面。大氾濫には裏の側面が存在する。
記録上の大氾濫では、有名な冒険者や商人などが死亡するケースが何故か必ずと言って良いほど存在する。それまでは無敵と呼ばれた冒険者、各地で大金を稼ぐ商人が、何故か大氾濫を越えられない。
大氾濫で死亡した者たちはファーアースオンラインのプレイヤーで、彼らの死には何かの意思が介在しているのではないか。
それはフォルティシモが感じていた神戯の問題点に対する一つの回答なのかも知れないと考えていた。
疑問点というのは、どうやってプレイヤー同士を戦わせるのか、だ。
フォルティシモは神戯を勝ち抜いてフォルティシモを最強の神にするつもりだが、他の神戯参加者が同じように考えるとは、とても思えない。誰もが命を賭けて戦って、神になりたいなんて考えないだろう。
身近な例では、ピアノは神戯のルールに則って戦い抜くつもりはないと言っている。そういうプレイヤーばかりであれば、神戯というゲームそのものが成立しない。
プレイヤー同士が争わなければならない理由が、そこにある可能性がある。
フォルティシモが従者たちが集めて来た情報やラナリアの知識を思い出していると、クレシェンドが新たな情報を付け加える。
「何かに似ていると思いませんか?」
「ファーアースオンラインにそんなイベントは無かった」
「いいえ、ゲームではございません。ノアの方舟の物語ですよ。四十日と四日、水とモンスターという相違点はありますがね」
クレシェンドはリアルワールドで最も出版された書物に掲載されている物語を挙げた。内容は地上に増えすぎた人類を、神が大洪水で洗い流すが、神の教えを守って正しく生きていた人間は助けられるというもの。
「大氾濫とは、神の試練と呼ばれるものの一つです。この神々の遊戯において、我々神戯参加者を脱落させるためのギミック、もしくは選別と言うべきでしょうか」
神の試練については、フォルティシモもテディベアから少しばかり聞いている。神々は気に入った相手を勝たせるために、積極的に神戯に介入して来て、試練の名前を以て気に入らない神戯参加者を脱落させようとするのだと言う。
気に入る気に入らないはテディベアの主観なので話半分に聞いておくにしても、神戯の主催者側が積極的に介入してくるのは間違いない。
竜神だと主張する最果ての黄金竜も言ってみれば神だし、女神マリアステラは自らが主催者だと口にしたらしい。
「つまり何だ。俺と同盟を組んで、方舟でも造ろうって誘いか?」




