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第百七十五話 神殺しの力

 フォルティシモが発動した権能を、キュウが弾き返していた。これまで『浮遊大陸』のすべてを把握し、テディベアの魂を読み解き、海淵の蒼麒麟をスキャンした全知と思われた権能が無力化されたのだ。


 フォルティシモが焦ってキュウの様子を見ると、キュウは緊張しているのか、両目を瞑ってフォルティシモへ向かって顔を向けていた。


 フォルティシモはつい今し方の出来事をきっぱりと頭の隅に追いやって、キュウの唇の感触を思い出す。こんな顔をさせておいてキスしないなんて、彼女に対する冒涜に違いない。


「あの、ご主人様?」

「キュウ」

「真面目にやれ」


 キュウの頬に手を当てて口づけをしようとした瞬間、エンシェントに止められてしまった。エンシェントの声に反応して、キュウも目を開き、目の前にあるフォルティシモの顔に驚いている。


「キュウに関して何かが分かったのか?」

「キュウが可愛い」

「はひっ!?」

「真面目にやれと言っただろ。主、キュウ自身も不安なんだ」


 フォルティシモだって、ただ欲望に従った訳ではない。世界さえも塗り替える魔王神の権能が通用しないなど、異常事態に他ならない。それを馬鹿正直にキュウへ伝えたら、キュウは絶対に思い悩むに違いない。だから先に愛を囁いておいて、キュウの気持ちを軽くしようという配慮だった。コミュ障魔王と呼ばれた男の精一杯の気遣いである。


「【領域制御】が、キュウに届かない。まるで通れない壁があるみたいな感覚だ」


 フォルティシモとキュウを含む従者たちは一斉に黙ってしまう。フォルティシモの言葉の意味を各々で噛み砕き、想像と予測を積み上げているのだろう。


「それ、は、ご主人様の」

「まだ推測の域は出ないが、キュウが手に入れた【神殺し】の力だろうな。立ち位置はともかく、名前からして権能を無力化するってのは納得できる」


 キュウがマリアステラの声を聞いて神戯参加者であるマウロを殺して手に入れたクラス【神殺し】。それに対しては調べてみたものの、神クラスと同様にレベルアップの方法も不明で、何か特別なスキルを習得している様子もなかった。


 しばらくは【神殺し】についての推測を話し合う。キュウが獲得したクラスというだけに留まらず、これには女神マリアステラも関わっている。マリアステラは言動から対戦相手に罠を仕掛けてくるような性格とは思えないものの、【神殺し】に関しては要調査だろう。


「もう少しキュウを調べさせてくれ」

「はい」


 フォルティシモはキュウを調べるという名目で、耳や尻尾を撫で回せる。公然とキュウの感触を楽しむ理由を得た。これから唐突にキュウの耳や尻尾に触れたくなっても、【神殺し】の調査だと言えばすべて許される。


「やはり警戒しなければならないのは、奴隷屋クレシェンドでしょう」


 フォルティシモがキュウと何やらやっている間に、従者たちは話を進めていて、今はラナリアが意見を表明していた。


「何故なのじゃ? どう考えてもマリアステラのが強そうなのじゃ」

「目的の違いです。どちらもフォルティシモ様に勝つのが目的のように見えますが、女神マリアステラはあくまでもキュウさんとの賭けの延長線上であり、勝つまでの過程が大切なのです。いえ、もっと言えば女神にとって勝敗は重要ではありません」


 先ほどはマリアステラに対して許さないと発言していたフォルティシモだが、ラナリアの言葉は正しいと思う。大前提として、マリアステラが本気なら近衛天翔王光の不正を糾弾するだけで、フォルティシモを神戯から脱落させられたのだ。


 マリアステラは最強のフォルティシモを揺るがしかねない強敵で、キュウを拉致した許しがたい相手だが、対策は正攻法以外にないと思われる。マリアステラはフォルティシモが戦うことを望んでいる。キュウとの賭けを成立させるために。


 だから順当にFPを貯めて、来たるべき決戦に備えることが何よりも対策になる。


「それに対して、奴隷屋クレシェンドはどんな手段を使って来るか分かりません。これは実際に仲間への裏切りや様々なプレイヤーに声を掛けていたらしいことからも、信用ならない相手であるとも取れますが、それ以上に………」

「アクロシア王国に奴隷制度を推進させたのがクレシェンド。少なくとも誰かから習得させて貰うのが条件の【隷従】を広め始めたのが、奴なんだろう。エルフのヴォーダンを唆した可能性もある。暗躍や人を使うのに長け、裏切りも辞さない敵が何をしてくるのかは、考えるまでもないな」


 ラナリアが言い辛そうにしている内容をエンシェントが引き継ぐ。


 アクロシア王国に奴隷屋は数あるけれど、奴隷商売を始めるには【隷従】スキルが必要だった。スキルの習得条件が他人からの教授であるそれを、最初に広めた者はクレシェンドに他ならないだろう。


「あの場で倒すべきだったか」


 フォルティシモはテディベアの救援要請を受けて、クレシェンドと対峙している。あの時はクレシェンドの正体が奴隷屋だと言う事実に動揺したし、続いてキュウが女神と会っているなんて聞かされたので、戦うべきだったかは分からない。クレシェンドと戦えばそれなりの時間が掛かっただろうから、キュウとマリアステラのことを考えたら集中できなかったに違いない。


「どちらが正解かは結果論になるだろう。その状況では交戦を避けるのも一つの選択肢だ。相手も従者を連れていなかったが、主も従者を連れて行かなかった。クレシェンドが主と戦いたくないならば、テディベアを見つけた瞬間に逃げれば良かった。戦闘で主が負けるとは思わないが、何か策があった可能性も否めない。何よりも、主は直前の戦闘でFPを大量に消費していた」


 石橋を叩いて渡る派のエンシェントは、フォルティシモがクレシェンドと戦わずに見逃したことを肯定してくれた。しかしフォルティシモとしては、キュウに出会ってからずっと奴隷屋を見逃していたようで居心地が悪い。


「それにどういうつもりなんでしょうね。フォルさんから聞いて、私もお供を引き連れて例の奴隷屋へ行ってみたんですけど、普通に営業してましたよ。店主には会えませんでしたが」


 ダアトのお供扱いされた数名が渋い顔をしていた。


「隠れもしないから、いつでも掛かって来いという挑発かの? 妾たち相手に良い度胸なのじゃ」

「いや、神戯のルールのせいだ」


 アルティマの疑問にはフォルティシモの中に答えがある。


「FPの仕様上、大勢から信仰される必要がある。つまり、神戯に勝とうと思ったら隠れられない」


 FP、信仰心エネルギーは隠れていたら貯められない。だからどうしても何らかの形で表に出る必要がある。しかし表に出れば、他のプレイヤーの目に留まって戦いになるのは明白。それらのバランスをどう取るか、随分と嫌らしいシステムだった。


 『浮遊大陸』をこれでもかと大陸中に見せつけ、己が神戯参加者のプレイヤーであると大々的に喧伝したフォルティシモには、それらのバランスは考える必要のない話である。


「とにかく、ここからは容赦しない。課金専用アイテムを解禁する」


 課金専用アイテム。無課金では決して手に入れることのできないアイテム。例えば一定時間の経験値十倍とか、ドロップ率十倍とか、常時HPMPSP回復とか、ステータスアップとか、状態異常無効化とか、自動狩りアバターとか、これまでフォルティシモが異世界ファーアースで使って来たものとは比較にならない便利アイテムである。


 フォルティシモの倉庫には、販売中止になった場合に備えて買えるだけの課金アイテムを保管している。ガチャの最高レアを集めるのに比べたら安いものだ。


 フォルティシモはこれまでキュウとラナリアにしか、課金専用アイテムの使用を許さなかった。しかし今、それらを他の従者、必要であれば子孫従者たちにも解放すると宣言した。ダアトやラナリアの目がギラついたのは勘違いではないだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] おー 基本無課金の自分からしたら絶対やりたくないゲームだ笑
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