第百七十四話 フォルティシモの苛立ち
「FPだ! とにかくFPを集める! どんな手を使ってもだ! アルの案を採用する! 拷問して殺して蘇生を繰り返してFPを一気に貯める!」
フォルティシモの【拠点】の屋敷で、大声を上げているのは他ならないフォルティシモ自身だった。
最初の神戯参加者にしてテディベアを樹木に変えた存在が奴隷屋だと聞かされて、フォルティシモの心は相当に揺さぶられた。続いてキュウから、女神マリアステラと出会ったことと、その会話の内容を細部漏らさず報告された日には、完全に冷静さを失ってしまった。
サンタ・エズレル神殿で暴れ出しそうになったフォルティシモに対して、すぐにエンシェントが飛んで来て、指名依頼は【転移】を使って強引に終わらせ、引き摺られるように【拠点】の屋敷へ戻ってきた。
その後も従者全員に緊急招集を掛けたくらいだ。
「お、お心をお鎮めください、フォルティシモ様!」
「言葉で言っても無駄なんでぇ、キュウ、ちょっとこっちに来て貰えますかぁ? はいはいぃ、フォルさん、キュウの尻尾ですよぉ」
「セフェ、今はそんな場合じゃ………ふぅ」
セフェールがキュウの尻尾をフォルティシモの鼻先に突き付けてきたので、注意しようと思ったのに誘惑に負けてしまった。とりあえずキュウの全身ごと抱き締めながらソファにダイブして、尻尾の感触を楽しむ。
「問題は三点だな。そこそこの数のプレイヤーが異世界で過ごしていること、その内でかなり好戦的なプレイヤーが奴隷屋で戦う可能性があること、そして女神マリアステラが本物の神で俺と敵対するってことだ」
最後の話をすると、腕の中のキュウが全身を強張らせた。それを感じたフォルティシモは、すぐに言葉を紡いでいた。
「キュウ、マリアステラも言っていたらしいが、キュウの責任じゃない。それどころか、あのジジイ………じゃなくて、俺が神戯に参加する過程にあった問題を、キュウが解決してくれたんだ。キュウこそが、最強のフォルティシモの道を開いてくれたと言って良い。ありがとう」
キュウは何も言わなかったけれど、フォルティシモの胸に顔を沈めて力を抜いた。それだけで彼女の心からの安堵が伝わってくるようだった。
「ちょっとキュウを部屋まで持ち帰るから、あとは頼む。ああ、しばらくは誰も部屋に近寄るなよ?」
「キュウは主の好きにしたら良いが、対応策の話し合いが先だ」
キュウをお姫様抱っこして部屋へ持ち帰ろうとしたが、エンシェントに止められてしまった。
フォルティシモの【拠点】には、すべての従者が集まっている。
知識と能力を圧倒的に兼ね備え八面六臂の活躍をするエンシェント、聖マリア教でも治癒できない怪我や病気を癒やすのを望まれるセフェール、鍵盤商会で忙しいはずのダアト、鍛冶師たちから切望されるマグナ、貴族たちからお茶会や夜会に頻繁に誘われるようになったアルティマ、エルフから鍵盤商会まで引っ張りだこなキャロル、アクロシアで多忙を極めるラナリア。
もちろんいつも【拠点】に居るつうと、戦闘以外の役割がないため暇を持て余しているリースロッテも一緒だ。
「でも、やる事は変わらないんじゃないかしら? どちらもすぐに何かを仕掛けてくるとは思えないし」
つうが全員分の飲み物を入れて配っていく。フォルティシモとエンシェントはコーヒー、セフェールはミルクティーなどそれぞれの好みに合わせていた。それとなくキュウに配られた飲み物を確認すると、何かの果物のジュースだった。キュウは果物好きとメモを忘れない。
「既に仕掛けられてるだろ。マリアステラはキュウを拉致した。マリアステラは許さん」
「拉致って、部屋に呼んで少し話をしただけでしょうが」
「ある側面から見ればそうだ」
「クレシェンドはフォルに的を絞ってるのに?」
正直言って、クレシェンドには個人的な恨みや怒りは結びつかない。強敵だとも思うし、長い間神戯を勝ち抜いているのだとしたら、苦戦は免れないかも知れないと思う。
しかしクレシェンドには、キュウと出会わせてくれたという義理があるし、彼はあくまで神戯のルールに則って戦っている。仲間を裏切ったとか、誰かを騙したとかは聞いているが、フォルティシモやフォルティシモの従者や友人が被害にあった訳ではない。
フォルティシモは絶対にクレシェンドに勝つ。それは確定事項だが、どんな手を使ってでもクレシェンドを抹殺しようとは思わない。
だがもしも、クレシェンドがキュウを利用して戦おうとするのであれば、その時は。
「キュウ」
「は、はひ、なんでしょうか?」
抱き締めながら尻尾を触っているのだが、普通に触るよりもいやらしい体勢のような気がする。それでもフォルティシモは真剣な顔をして、重要なことを告げる。
「キュウのすべてを見せてくれ」
「………………………ご、ご主人様の望みが私の望みです」
ぱんっと小気味よい音がしたかと思うと、セフェールにハリセンで頭を叩かれていた。
「言い方をぉ、考えましょうねぇ」
「クレシェンド、あの奴隷屋がキュウに何かを仕掛けている可能性がある。それを調べておきたい。もちろんキュウが俺の従者なのは間違いない。実はあいつに操られてたなんてことはないから安心していい」
キュウはマリアステラが語り掛けて来た時、自分が誰かに支配されてしまったのではと心配していたので、その点には触れておく。
そもそも他人の従者であれば、フォルティシモがギルドマスターに対して【隷従】を使った時のように、ログに他人の従者である旨が表示されるため、キュウが実はクレシェンドの奴隷だった、なんてオチは最初からない。
フォルティシモが奴隷屋の言動を必死に思い出し、キュウに何らかの手を下しているとすれば、可能性が高いのは一つしかないだろう。
それは記憶だ。奴隷屋クレシェンドは初めて会った時、たしかに記憶処理に対して言及した。
当たり前だが、ファーアースオンラインのシステムで、記憶処理なんて可能なはずがない。そんなことができるゲームなど存在しないだろう。ファーアースオンラインには存在しないはずの技術だ。あの時のフォルティシモは、そんなことにさえ気が回らなかった。
また、【隷従】を掛けても記憶処理はできない。【隷従】はあくまで絶対服従と絶対許諾であり、本人ができないことはできない。忘れろと命じれば忘れる努力を最大限するが、忘れられるかどうかは不明だ。
AIであれば学習データの更新やいわゆるゴミデータの削除をするのは当然で、奴隷をAIのように使っていた奴隷屋クレシェンドの姿を思い起こされる。
キュウに対して記憶処理を行っている可能性。
キュウから何を奪ったのだろうか。キュウは自分が何もできないから奴隷として売られたのだと言っていたが、実は違うのかも知れない。だとしたらキュウの家族は、今でも彼女を探しているのだろうか。あまり考えたくないが、どこかの国の王女とか言い出さないだろうか。考え出せば切りがない。
「キュウに対して、俺の権能を使う。何があっても、キュウは俺のものだ」
「はい。お願いいたします。ご主人様」
キュウが目を瞑り姿勢を正した。従者たちもフォルティシモとキュウの成り行きを見守っている。
フォルティシモは己の中の熱を集め、魔王神の権能【領域制御】を発動。
それがキュウに弾かれた。
「何っ!?」




