第百七十話 天懸地隔
ダンジョン『樹氷連峰』の入り口付近、樹氷と雪が映える場所で、フォルティシモは見知らぬプレイヤーたちと向かい合っていた。フォルティシモの感想は、海淵の蒼麒麟と戦闘中に話し掛けられたのと変わらず、誰だこいつら、だ。
種族や格好以前にオープンチャットを使っていたのでプレイヤーらしいことは確実だが、口々に殺さないでくれとか、正反対に助けてくれてありがとうとか脈絡なく語るのだ。
統一性のない種族と格好は正しくファーアースオンラインのプレイヤーだった。彼らは皆がフォルティシモを恐れているようで、震えながら雪の上に跪いている。
とりあえず【解析】を使ってみたところ、このプレイヤーたちのレベルはキュウやラナリアどころか、シャルロットにさえ届かない程度。よくこのレベルで『樹氷連峰』へ来ようと思ったものだ。こいつらのレベルでは、海淵の蒼麒麟どころか、『樹氷連峰』の通常モンスター相手にだって危ないだろう。
フォルティシモは名も知らない無謀なプレイヤーたちの行動に呆れて溜息を吐いた。
「海淵の蒼麒麟と戦ってたのか?」
「え? はい………」
「馬鹿かお前らは。お前らのレベルで勝てるはずがない」
フォルティシモが罵倒すると、彼らはすっかり萎縮してしまい、震え出す者まで出てしまう。
仕方ないのでフォルティシモ的アドバイスを与えることにする。余り信じられていないが、フォルティシモはエンジョイ勢や新規勢には意外と気を遣うのだ。異世界に初めて来た時も、新規勢だと勘違いしてフィーナたちを助けようとしたし、悪質なプレイヤーと分かりつつも男たちにアドバイスなんてしている。アルティマにも弱いプレイヤーを無闇に虐殺しないよう言ってあったため、彼女は兵士や冒険者に死者を出していない。
「海淵の蒼麒麟のレアドロを狙いたい気持ちは分かるが、無謀なことは止めるんだな。異世界じゃ本当に死ぬことになる。それから神戯に勝つのは諦めろ。最強の俺が必ず勝つ」
フォルティシモは雪の上にずらりと並んでいるプレイヤーたちを見回した。
これだけの人数のプレイヤーだ。尋ねてみたいことは色々ある。しかしここまでの経験上、フォルティシモがまともに情報交換できたのは、最初から友人だったピアノと、話が上手いテディベアだけ。彼らの事情を詳しく聞くのは、エンシェントかラナリアに任せるのが懸命に思えた。
フォルティシモが代表者っぽく受け答えしていたヒューマンのプレイヤーに連絡コードの交換を申し出ると、そのプレイヤーは驚いて慌てながら情報ウィンドウを開いた。
「狩りはいつ終える予定だ? 仲間の予定も合わせるから、情報交換に何人か寄越せ」
「そ、そ、それだけですか?」
「それだけ? ああ、俺は別に誰彼構わず倒す気はない」
フォルティシモはフォルティシモを最強にする。しかしこの異世界を創ったクソ野郎の思惑にただ乗るつもりもない。
元の世界へ帰りたいなら勝手に帰る方法を探せば良い。こちらの邪魔をしないなら、こっちも邪魔はしない。この異世界ファーアースで暮らしたいなら、少しくらい支援しても良い。そんなことを伝えると、途端に調子に乗り始めた。
「じゃあ専属冒険者に!」
「鍵盤商会と取引を!」
「うちの工房で!」
「ゴーレムのコードをくれませんか!」
「PKされたくなかったら黙れ」
フォルティシモの脅しで一斉に黙り込んだ。
なんだコイツら、と思う。思うけれど、これがファーアースオンラインのノリだった。見知らぬプレイヤー、名前も知らない他人同士、最強のフォルティシモを一方的に知るその他大勢の観客たち。少しだけ懐かしさを感じた。
◇
チームメンバーたちは最強の力の前に跪くしかなかった。白い雪の上に膝を突いて、一斉に頭を下げている。何せ自分たちは天空のプレイヤーを殺そうとした。ここで殺されても文句は言えない。
自分が犠牲になってでも、仲間たちを助ける。そう思ったのは一人や二人ではない。チームメンバーたちは跪きながらも、その目に強い意志を宿していた。
しかし口を開いた天空のプレイヤーは、予想外の話をし始める。
簡単に言うと天空のプレイヤーはチームメンバーたちが、彼を倒そうと画策していたことにまったくと言って良いほど気付いていなかった。
いや気付いていたのかも知れない。けれども、気付いていても見逃してしまえるほど、自分たちは相手にもされていなかった。
天懸地隔の如く、遙か天空のプレイヤーにとっては、地を這う者たちの足掻きなど問題にもならない。
それがトッププレイヤーたちの頂点、最強のプレイヤー。
天空のプレイヤーは、チームメンバーの一人と連絡先を交換しただけで、馬に乗って行ってしまった。残されたチームメンバーたちは、しばらくその場で呆然として、誰とも無く笑い出した。
考えれば、何を必死になっていたのだろうか。
自分たちみたいなプレイヤーが、神戯を勝ち抜いて真の神になろうなんて者を倒す? 冗談にしても笑えない。彼に言われた通り、できるはずがない。自分たちはどこにでもいるプレイヤーだ。
あんな凄いプレイヤーたちを遠巻きに見て、歓声や悲鳴を上げながら楽しむ。物語であれば名前も知られることのない、その他大勢。でもそれで良い。だってきっと、その役割のが楽しいから。民のためにとか、命を賭けるとか、世界を救うとか、そんな笑えないものは嫌だ。そういうものは主人公に任せたい。
そしてせめて物語を最後まで見て、最後に主人公を称えてやろう。それが観客としての役割だ。
その日、彼らの神戯の最初で最後の戦いは終わりを告げた。戦いもせずに敗北したとも言える。相手にされなかったのだから仕方がない。けれど、だからこそ名も無きプレイヤーたちは、その最強の勝利を願う。
> ***に勝利しました
> ***に勝利しました
…
> ***に勝利しました
> 【魔王神】のレベルがアップしました
プレイヤーたちは、行きとはまったく違った雰囲気でワイワイと騒ぎながら雪道を歩いて行く。その足取りは軽い。みんな口々にアクロシア王都へ引っ越すんだと話していた。アクロシア王国が安全だと分かったから、これからは堂々と街を歩いて遊ぼうと約束する。
そんな雪景色の先に人影が現れた。
「あれって、クレシェンドさん?」




