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第百六十八話 vs海淵の蒼麒麟

 フォルティシモは海淵の蒼麒麟のあらゆる攻撃を完封した。腕の中のキュウにダメージどころか、一抹の不安さえも与えてなるものかと、いつも以上に完璧な行動を心掛けた。その結果、海淵の蒼麒麟の攻撃はフォルティシモへダメージを負わせるどころか、たったの一撃さえもフォルティシモとキュウに触れていない。


 最初は海淵の蒼麒麟からの攻撃が来る度に、腕の中のキュウが身体を強張らせてフォルティシモを強く抱き締めていたが、やがてそれもなくなった。ちょっと寂しいが、フォルティシモを見るキュウの瞳には尊敬や恋慕が浮かんでいるようで、とても気分が良い。


「聞こえているか? 俺はお前と戦うつもりはない。話し合いをして、フレンド登録をしよう。あと祝福とやらができるなら、やって貰おうか。命だけは助けてやるぞ」


 最初と最後で言っていることが違って、ついでにやっていることも違う気がするが、キュウの瞳に煽てられて有頂天気味のフォルティシモは気にもしない。


「NEIIIIIGH!」


 キュウに何を言ったのか確認するが、キュウは申し訳なさそうに首を振るだけだった。


 もしかして最果ての黄金竜と違って知能が低いのかという疑問が湧く。それを確認する手段がないのは困りものだ。まさかAIの知能を試すために、IQテストを受けて貰う訳にもいかない。


「参ったな。こっちの話が通じてる様子も無い」

「申し訳ありません、ご主人様」

「キュウのせいじゃない。頭の悪いアレがいけないんだ」


 相手が一定以下のHPになった時、海中のインスタンス空間を生成するレイドボスモンスターでなければ、キュウにこんな顔をさせた罰として、徹底的にいたぶって討伐してやるところだ。


 空中に浮かびながら、先ほど地面に叩き落とした海淵の蒼麒麟を見下ろす。海淵の蒼麒麟は自らが爆砕した山の断面で、土に埋もれていた。


 海淵の蒼麒麟は怯えと怒りの視線でフォルティシモを見上げているような気がする。いくら見上げたところで、フォルティシモが見下ろしていることに変わりはない。


「あれ?」

「どうした?」


 ずっと海淵の蒼麒麟の声を聞き取ろうとしていたキュウが、地面へ向かって視線を彷徨わせていた。


「あの、別の、声が」

「別の声?」

「はい。心音も、いっぱい。これは、十人いえ、もっといます」


 『樹氷連峰』に出現するモンスターのレベルを考えたら、異世界の冒険者が迷い込んだとは考え辛い。そもそも海淵の蒼麒麟は突然フォルティシモの前へ姿を現して、そして広範囲攻撃を放った。海淵の蒼麒麟と戦っていたプレイヤーがいるのかも知れない。


 キュウに心音が聞こえてくる場所を尋ねようとして、すぐにその必要がなくなった。


『頼む! そいつを倒してくれ!』


 オープンチャットで語り掛けられる。見知らぬプレイヤーから次々と海淵の蒼麒麟を倒してくれるように頼まれた。顔と名前を覚えるのが苦手なフォルティシモなので、ちょっと話した程度の相手の声まで覚えているはずがない。しかし少なくとも親しい相手はいないようだった。


「誰だお前ら………? あっ」


 オープンチャットに気を取られている間に、海淵の蒼麒麟が先ほどまでとは違ったモーションを取ったのを見過ごしてしまった。


 頭と両前足を高く上げていななくモーションを見て、フォルティシモの表情が引き攣る。


 一瞬にして、視界が海に包まれた。海淵の蒼麒麟の展開する海中のインスタンス空間だ。


 どうやら異世界ファーアースの海淵の蒼麒麟は、HPが減った場合なんて条件に関係なく、インスタンス空間を作り出し、プレイヤーを海中に取り込むことができるらしい。


 そして見慣れないログも流れる。


> 領域『最深海淵』に侵入しました




 インスタンス空間。他のプレイヤーが侵入不可能な専用空間。ボスと戦うためだったり、稼ぎ用のモンスターだったり、とにかく他のプレイヤーに邪魔されないための空間だった。


 MMO―――Massively Multiplayer Online、大規模多人数が同時参加するというジャンルを根底から否定しかねない要素だが、MMOゲーム黎明期の頃から実装されると歓迎され易いコンテンツの一つ。ジャンルとしてはMOとの棲み分けが難しくなるが、MMOプレイヤーからそう言った批判が出ることは希だった。


 常に競争に晒されるMMOに比べ、レベル上げや準備の段階で他人に邪魔されないのが好意的に映るのだろうか。狩り場を占領したりボスを独占する、フォルティシモのようなプレイヤーが嫌になるのかも知れない。


 フォルティシモは上も下も右も左も前も後も、すべてが海の空間に放り出された。


 ちょっと動いて水を掻いてみたけれど、上手く行かず、そのまま海の底へ落ちていく。


 キュウに【潜水】スキルを覚えさせておいて心底良かったと安堵する。【潜水】は戦闘メインのファーアースオンラインには珍しく、海中での呼吸を可能とする戦闘には直接関係しない汎用スキルだ。


 異世界ファーアースの海底は、リアルワールドよりもファーアースオンラインのそれに近いらしく、光の届かない暗闇の世界ではなかった。だから地上とほとんど変わらない距離まで見通すことができる。インスタンス空間のせいか生物の姿はないけれど、地上では見られない色彩を持った色とりどりの海藻がたなびいているし、海底山脈がそこら中で荘厳に聳え立っていた。


 フォルティシモと共に取り込まれたプレイヤーたちも周囲にいる。彼らは問題なく泳げるようで、何名かは立ち泳ぎと思われる姿勢で落下を留まっていた。プレイヤーたちからは、お互いの無事を確認するオープンチャットが飛び交う。


 それはそれとして、このままただ沈んでいくと、フォルティシモが泳げないことがバレてしまう。腕の中のキュウは、突如として海中に放り出されたことに焦っているようだが、すぐに落ち着いてフォルティシモが泳げずに沈んでいくことに気が付くだろう。


 周囲のプレイヤーたちは抹殺してしまえば良いが、キュウを抹殺する訳にはいかない。そんなことをするくらいなら、カナヅチがバレたほうがマシだ。


 今フォルティシモが求めているのは、キュウに泳げないことがバレないようにして、この危機を乗り越えることだ。


 その時、フォルティシモは解決法に思い至る。


 それは魔王神の権能【領域制御】の真の使い方だった。


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