第百六十六話 プレイヤーたちの希望
> 【海淵の蒼麒麟】との戦闘が開始されました
このログが流れた時、ほとんどのチームメンバーたちは呆然として一歩も動くことができなかった。
天空のプレイヤーを倒す方法を最初の神戯参加者に相談したら、『樹氷連峰』にあるギミックを使えばおよそどんなプレイヤーでも打倒できるだろうと教えてくれた。
チームメンバーたちはそれを信じて『樹氷連峰』までやって来て、それ以外のメンバーも天空のプレイヤーを誘き出す役割を担ってくれている。
アクロシアに残ったチームメンバーが上手くやってくれたお陰で、天空のプレイヤーは北へ向かっている。あとは『樹氷連峰』を攻略するチームメンバーが、どんなプレイヤーでも打倒できるギミックを使いこなすだけで良はずだった。
しかし、そのギミックは使う必要はなかったのだ。それはレイドボスモンスター海淵の蒼麒麟を解き放つことだったからである。
最初の神戯参加者は嘘は言っていない。
レイドボスモンスターと戦ってソロで勝てるプレイヤーなんて存在しないだろう。レイドボスはパーティで戦っても勝てないように調整されている、とてつもない力を持ったモンスターなのだ。いくらトッププレイヤーたちでも、ソロ討伐なんて考えもしない化け物。
再度確認する。最初の神戯参加者は“嘘”は言っていない。
たしかにこれは、どんなプレイヤーでも打倒できるギミックだ。しかしチームメンバーたちは察してしまった。天空のプレイヤーを倒すための方法、その中にはチームメンバーたちの命や安全は含まれていない。
何人かは、その事実に思い至ってその場から逃げようとした。
少なくない者は、未だに何が起きたのか理解できずにその場に留まっていた。
ほんの少数の者は、仲間の危機を察して動いた。
スキルやアイテムを無節操に使う。防御だったり身代わりだったり隠蔽だったりゴチャゴチャに使ったお陰か、レイドボスモンスターが放った最初の攻撃はチームメンバーの誰にも届くことはなかった。
レイドボスモンスターが蒼く光る。
次の瞬間、視界が蒼に包まれた。レイドボスモンスターの攻撃を受けたのだ。
しかしチームメンバーは誰一人として欠けることなく、『樹氷連峰』の一画に集まっていた。祠のあった山が綺麗に消え去り、その隣の山に全員が無事な姿で立っている。
緊急脱出用のアイテムを使ったお陰だ。転移系の使い捨てアイテムで、次はない。
「誰か、誰かぁぁぁーーー!」
「助けてくれぇーーー!」
「うわあああぁぁぁーーー!」
何人かは半狂乱になって叫びだした。彼らは死ぬところだった。その恐怖に震える。何人かは動くどころか立っていられなくなり、胃の中のものを雪の上へぶちまけていた。
チームチャットには、『樹氷連峰』を攻略しているメンバーたちへの心配の言葉や、逃げてくれという叫びが並ぶが、答えている暇もなければ、答える意味もないように思えた。
その中に一つ、冷静な声が混じる。
『みんな聞いて。天空のプレイヤーが『樹氷連峰』へ向かった』
チームメンバーの中で唯一のエルフ。今回の作戦に難色を示して参加をしなかった女性プレイヤーがそう告げると、チームメンバーたちの絶望は深くなった。
前門の虎後門の狼ならぬ、前門のレイドボスモンスター後門の天空のプレイヤーだ。
『助けを、求めよう』
エルフの女性プレイヤーは、チームチャットへ爆弾を投げ込んだ。
「な、何言ってるんだ!? 天空のプレイヤーは、俺たちを殺すつもりなんだぞ!?」
「そうよ! 大体、あいつさえいなければ、私たちはこんなことすることも無かったのに!」
口々にチームメンバーから反対意見が上がる。このままでは『樹氷連峰』を脱出する前に、レイドボスモンスターに殺されるだろう。それでも天空のプレイヤーに自分たちのことを教えたら、今度は天空のプレイヤーに殺される。それが彼らの論法だった。
『天空のプレイヤーは、エルディンのエルフたちを助けてくれてる。この悲劇に塗れた世界を変えて、良い世界にしようって、本当の神様みたいに! 私たちは、神だって言うあいつらの言いなり? あいつらの言うことに怯えて、一生隠れて暮らす? そうじゃない!』
物語で異世界へやって来た主人公たちは、大なり小なり何かしらの影響を異世界へ与える。ある者は魔王を倒して世界を救い、ある者は国を変えて人々を団結させる。またある者は技術革新をもたらし、またある者は新しい常識を浸透させる。
そんな物語の主人公のような偉業は、自分たち名無しの無名プレイヤーにはできない。でも、例えそんな偉業を成し遂げる人が居たとしても、それ以外の者が何もしない訳ではない。
『神戯とか、神様とか、そんなもの、どうでも良いのが私たちでしょ? だから! そのために天空のプレイヤーに助けてって言おう!』
チームチャットにはしばらくの間、無言が流れた。
チームメンバーたちは天空の大陸を見て、恐怖を抱いた。それを操る天空のプレイヤーの話を聞いて、そのプレイヤーが出会ったプレイヤーを抹殺しているという事実を知り、何とかしなければと考えた。だがそれは何が何でも天空のプレイヤーを抹殺したい訳ではない。
みんな戦いたい訳ではなかった。でも自分を、仲間を、異世界でできた大切な人たちを殺されたくなかったから、何かしようとしたのだ。
「彼女の言う通りだ。助けを求めよう」
ヒューマンの、あの日メールを受け取ったプレイヤーがそう口にする。
何と虫の良い話だろうか。彼らは天空のプレイヤーを倒すために、最初の神戯参加者に助けを求め、天空のプレイヤーを倒すための策を授けて貰った。けれどもその策は自分たちも危険になるようなもので、だから今度は天空のプレイヤーへ助けを求めようと言うのだ。他でもない倒そうとしていた相手に。
厚顔無恥を体現している。それは彼らにどんな言い分があろうとも、道理に反しているのは間違いない。それでも彼らは希望に縋ろうとした。
だが、それが本当に希望なのかは分からない。




