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第百六十二話 テレーズ大司教の正体

「ん。アクロウルフ、数二十が近付いてやがります」

「任せるのじゃ」


 アルティマが馬車の外へ飛び出すと、彼女の周囲に九つの炎が立ち上がり、それぞれが迫り来る狼型モンスターに炸裂する。アクロウルフを千回以上は殺せるオーバーキルダメージが入り、塵一つ残さず消えた。


「なによあの馬鹿げた威力の魔術は」

『凄いな。彼女、相当レベル高いだろう?』


 馬に乗ったエルミアが、フォルティシモの馬車に併走しながら話し掛けてきた。フォルティシモから見ると冒険者が騎士のように軍馬を操るのは違和感を感じるのだが、この世界の冒険者は当然のように馬を操る技術を習得しているらしい。


 魔導駆動車という車はあるものの、MPを持続的に消費してしまうため一般的な交通手段となりえない。ガソリンや電気などのエネルギー技術も発展していないこの世界においては、馬を始めとした騎乗動物が広まっているからだろう。


『夜間はどうなんだい? いくら従者でも、二十四時間は活動し続けられないだろう?』

「だからキャロを連れてきたんだ」


 キャロルは【調教師】クラスに就いていて、従魔に関しては他クラスの追随を許さない圧倒的な能力を発揮する。何せ通常は一匹しか連れ回せない従魔を、複数連れ回せるのは【調教師】だけだ。それをカンストさせているキャロルは、一人で護衛ローテーションを組める百人力である。


 フォルティシモは野宿が嫌だったのでそんなキャロルの従魔に護衛を任せて、夜は【転移】を使って『浮遊大陸』の【拠点】へ戻るつもりだ。異世界に来た当初、キュウと二人だけで何度か冒険による野宿を試したところ、自分には我慢できないと悟った。


 エルフたちも一緒に戻るか問い掛けてみたら、エルミアに呆れ顔をされて断られた。そんな楽を覚えたら、冒険者としてやっていけなくなってしまうという話だ。


 エルフという立場では滅多に請けられない護衛依頼を<リョースアールヴァル>に経験させられるのは貴重な機会らしい。見張りの交代や火の番、周囲を警戒して神経と睡眠時間を削られながらも行う護衛依頼を、パーティメンバーに経験させたいと言われてしまった。スキルに頼って楽々と終わらせようと思っていたフォルティシモと比べて、申し訳ないくらい真剣だ。




 食事を取るための休息時間に、テレーズがフォルティシモたちが集まっている場所までやって来た。彼女の周囲には、何故か目を輝かせている同じ使節団の若い女性数名と護衛の兵士たちが追随している。


「お食事をご一緒にと思ったのですが、なんとも美味しそうで綺麗なお食事ですね」


 フォルティシモたちはシートを敷いた上に、つうたちが作った重箱の弁当を広げて食べようとしている最中だった。


「丁度良い。話があるんだったな、今話そう」

「座って構いませんか?」


 フォルティシモが首肯で返事をすると、テレーズはラナリアとはまた違った上品な所作でシートの上、フォルティシモの真向かいに座る。テレーズには独特な色気がありフォルティシモの好みに近いのだけれど、キュウに感じるような劣情には至らない。


「せっかくだからてめーも食べると良いです」

「ありがとうございます。それではお一つ頂きます」


 キャロルが重箱の一つを持ち上げてテレーズを促すと、テレーズはプラスチック製の楊子に刺さった唐揚げを一つ取って口に含んだ。


「はふっ、美味しい………」

「そりゃありがてー感想です」

「こちらはあなた様がお作りになられたのですか?」

「いや料理の話に来たんじゃないだろ」

「失礼いたしました」


 テレーズは軽く頭を下げる。頭を上げた後の彼女は、出発前にあった敵意のようなものを再び纏っていた。真っ直ぐにフォルティシモを見つめている。


「駆け引きは好かない。本当は俺に何の用がある?」

「そうですか………では単刀直入にお尋ねします」


 フォルティシモは何があってもいつでも対応できるよう、かつキュウを守れるように体重を動かし、テレーズの次の言葉を待つ。


「陛下がアクロシアで気に入った女性を手籠めにしていると聞きました。それは本当ですか?」


 フォルティシモの想像の斜め下を行く質問に、頭は一瞬にして混乱した。これが油断を誘うための口撃であるならば、狙いは成功していると言うべきだろう。


「俺が、気に入った女を」


 キュウに思い至る。


「手籠めに」


 ラナリアに思い至る。


「して」


 大勢のエルフたちに思い至る。


「いると?」


 ダアトとキャロルに買わせた奴隷たちに思い至る。


「ああ、してる、な」


 否定できる要素が欠片も思い付かない。美人の前で肯定しなければならないなんて、途中から頭を抱えたくなった。


「やはりっ、そうなのですね」


 立ちながら成り行きを見守っていた若い女性たちが悲鳴を上げた。悲鳴を上げているくせに誰も逃げようとしない。むしろ喜んでいるようで、よく分からない連中だった。


 テレーズについては、己の権力を笠に着て女性たちを食い物にしている権力者に出会えば、勇気を出して文句の一つでも言いたくなる気持ちは分からないでもない。それでも酒池肉林を楽しんでいる訳ではないのだと言い訳が口に出た。


「相手の意思は尊重してる」


 正確に言えば、相手の意思を無視して無理矢理従わせた例外が一人だけいる。


 キュウ、だ。キュウだけは、彼女の意思を確認もせず奴隷屋で購入して【隷従】を掛けた。キュウだけは本人の意思を無視して、フォルティシモの夢に付き合わせ、今でも心配なので傍に連れて歩いている。


 けどキュウはフォルティシモのことをとても慕ってくれている。問題ないはずだ。端から見たら最低だろうけれど。それでも彼女の同意はあるのだ。―――何だか自信がなくなってきた。


「ご主人様のおっしゃる通りです。ご主人様は、奴隷として尊厳を奪われた人たちを解放しています。私も元奴隷ですが、私は救われました」

「え、あなたが、元、奴隷? そんな、だってあなたは、王后なのではないのですか?」

「え? ち、違いますっ」

「まさか、娘の見立てが正しくて、情報部が間違っているなんて………」


 フォルティシモはテレーズが子持ちである事実に若干の落胆を覚えてしまっていた。偶然仕事で一緒になった女性に男が居たからと言って、フォルティシモが落胆する理由にはならないのだが、テレーズ大司教に何となく好印象を感じていたためか、良い気分にはなれなかった。


「では、あなたがフォルティシモ陛下を愛しているというのも本当なのですか?」

「あ、あ、あい、それはっ、その、はい」


 しかしすぐにその感情は払拭される。フォルティシモにはキュウがいるのだ。今も恥ずかしそうにこちらをチラチラ見ていて可愛い。今すぐ尻尾を掴もうとして、話し中は困るだろうと自制した。


「その娘ってのは俺の知り合いか?」

「ああ、あの子は私の話などしないでしょう。私は<オモダカ>のフィーナの母です」

「………え? ふぃ、フィーナさんの、お母さん?」

「はい。いつも娘がお世話になっています。キュウ様のことは、あの子から色々と伺っています」


 フォルティシモの頭に、この世界に来て初めて出会ったある部分の大きい【プリースト】の女の子の顔が浮かんだ。彼女はフォルティシモの実験に最も真摯に取り組んでくれていて、フォルティシモの欲する感情を向けてくれている上、キュウの大切な友人である。言われてみると、テレーズ大司教は髪の色や目もと、大きい部分までフィーナと似ていた。


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