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第十六話 予兆

 奴隷商の店から出て宿屋へ行くまでの帰り道、近くの河原で焚き火をしているキュウを見つけた。焚き火の上に鍋を載せており、よく見れば周囲に食材と思しき物が転がっている。真剣な顔で鍋の中を見つめていて、匂いを嗅いだり、味見をしていた。その顔を見るだけで、彼女がどれだけ集中しているかが窺える。自由行動と言ったのに、彼女はすぐに【料理】スキルを上げると言っていた。


 しばらくキュウのことを見つめて、一つの料理が出来た頃合いで声を掛ける。


「俺にも少しくれ」

「きゃっ!?」


 突然声を掛けられたことに驚いたキュウは、耳と尻尾をピンッと立てて振り返る。そんなに驚かれるのならば、尻尾を握れば良かった。

 キュウはすぐに立ち上がってお辞儀をする。


「お、おかえりなさいませ」

「驚いたか?」

「はい、驚きました」

「素直でよろしい。それで、俺にも味見させてくれ」

「これは、まだ美味しくありません」


 だから良いのだ。いつかキュウの料理が上達して、同じような料理を作った際、最初はこんなだったなと笑い合えることが狙いなのだから。


「レベルだって、最初は一だったんだぞ。最初は誰でも下手なもんだ」


 そう言いながら鍋を覗き込む。だが、珍しく、というか初めてキュウが身体を使って抵抗してきた。フォルティシモが覗き込もうとした鍋を、キュウが両手に持って遠ざけたのだ。


「む」

「申し訳ありません! で、ですが」

「キュウ、今から尻尾をモフモフされるのと、その鍋を俺に味見させるの、どっちがいいか選ぶんだ」

「えっと」

「早くしろ、間に合わなくなる」


 冷めるし。キュウが狼狽えている内に、おたまを使って鍋の中を一掬いする。


「あ!」


 シチューでも作っていたのか、不揃いな野菜がおたまの上で湯気を立ち上らせている。フォルティシモはそのまま少量を口に含む。キュウは心配そうにこちらを見ている。


「………しょっぱい」

「うっ」


 どこか褒めようと思っていたが、塩味が強すぎて他の感想が浮かんで来ない。キュウの様子から、キュウの好みでもないらしい。キュウは急いでコップに水を注ぎ、フォルティシモに手渡してくれる。


「どうぞ」

「ああ」


 水を飲みながら、なんてフォローするか考える。キュウは抵抗したのだから、練習中の料理を無理矢理味見したフォルティシモが悪い。


「すまなかった。無理矢理食べた俺が悪かった」

「いえ、料理もできない私が悪いのです」

「安心していい。俺もできない」


 近衛翔は一人暮らしをしていても金はあったし料理で時間を使うくらいならゲームをやっていたかったので、包丁すらまともに握ったことがない。高級なAI搭載調理器具があったのでそれは使って―――使うと表現して良いかは置いておいて―――いたくらいだ。


「でも、ご主人様は主人ですので」

「キュウも料理人じゃないだろ?」

「それは、そうですが」


 何か気の利いたことを言えれば、キュウの好感度ポイントを稼げそうだったので、フォルティシモは頭を回転させる。


「料理人を目指したいなら考慮するけどな。そう言えばキュウは何か夢とかあるか?」

「はい、ご主人様のお役に立つことが夢です」

「そうか………」


 上手くいかないものだ。短い間とは言えほとんど四六時中一緒に居るのだから、もう少し距離が縮まっても良い気がする。内心落ち込んでいると、それに気付いたキュウが頭を下げる。


「申し訳ありません」

「何を謝る?」

「ご主人様は優しい方なので、本当に私のために尋ねられたのだと思います。でも、私には夢がありません。私が願うのは、ご主人様のお役に立てるようになりたいということだけです」


 今なら彼女が奴隷になってしまった理由を教えてくれるかも知れない。しかし、聞いたとしても何かが変わるわけではない。


「夢、か」


 仕様を理解する、従者や【拠点】を取り戻す、最強になる、ハーレムを作る、名声を得る、可愛い子供を授かる、異世界に来てしまった原因を究明する。これらは夢と目標が入り交じっている。


「俺には色々あるからな。追加されたばかりのもあるし」

「はい」

「キュウも何か見つかったら遠慮なく言えよ。俺よりも強くなりたいとかじゃなければ怒らないから」

「はい。あの、それを言うと怒られるのですか?」

「ああ、それはいくらキュウが可愛くてもお仕置きだな」


 具体的にはえっちなことをするぞ、とは言わないが。



 キュウは料理をしながら味見をしていたので、昼食は軽くにして、二人で馬車を見にやって来た。昨日の今日なので馬は補充されていなかったが、荷車はあったので試しに座らせて貰うことにした。御者台にキュウと隣合って座ると、肩が触れるくらい近い。


「座り心地はどうだ?」

「少し尻尾が」

「もっと広いやつのがいいか」

「申し訳ありません」


 物を選ぶ時、当然ながら一人で選ぶのと二人で選ぶのとは違う。それも二人で使う物を選ぶなんて経験はないので、なんだか感動してしまう。しかし、感動してばかりは居られない。これは二人で使う物を二人で選ぶのであって、フォルティシモの気持ちを優先しても、キュウの主張を優先してもいけない。二人で納得できる最高の物を見つけるか、お互いが少しずつ妥協できる物を探さなければならない。


「やはりご主人様がお気に召した物を」

「俺は、俺もキュウも気に入る物が欲しい」


 可愛い女の子の前で格好付けたいという気持ちが大部分を占めているが、二人が気に入る物が欲しいというのも嘘ではない。


「もう少し考えた方がいいな」

「ご主人様」

「なんか希望があるか?」

「いえ、希望ではないのですが。ご主人様は馬を使って移動されるつもりなのですか? ご主人様にはインベントリという力がありますので、馬を使っても、移動に時間が掛かるだけで、あまり………ひっ!」


 たぶん、凄い顔でキュウを見ていたのだろう。


「あ、いや、怒ったわけじゃない。なんで思い至らなかったのか、自分が不思議でな」


 レベルによって馬よりも遙かに早く長く走ることができるこの異世界において、馬車を使うのは一人では持ちきれない物資を運ぶ目的が主になるだろう。


「キュウ、いつもいつもキュウは優秀だ。お陰で無駄な買い物をせずに済んだ。なんかキュウは自分を役立たずだと言う節があるが、俺のが役立たずかも知れん」

「そ、それだけはありません! 私がもっと早く言っていれば!」

「馬車に揺られながら、キュウとキャハハウフフする光景を思い浮かべていたら冷静じゃなかった。帰るぞ」

「………はい」

「………一応言っておくが、ちゃんとしたテイムモンスターに馬車を引かせれば、徒歩よりも早いんだ。今の俺には使えないが」


 言い訳のようになってしまうが、騎乗システムに何もメリットが無かったら誰も使わない。だから動物の馬に馬車を引かせることにほとんど意味がないだけで、馬車を引かせる用のテイムモンスターが居れば移動力アップが期待できるのは事実である。


 それができないのは、フォルティシモの従者がおらずクラスチェンジしようにも【拠点】も無いからだ。先ほどキュウを怯えさせてしまったのは、その二つが失われているかも知れないことを改めて思い出して顔を顰めてしまったためである。キュウには無関係のことで怯えさせてしまい、心の底から猛省した。



 ◇



 王国騎士第三部隊隊長ケリー=ネッドは、サン・アクロ山脈の砦での戦闘が一応の終息を見せると、急いで首都へ戻って来た。そして昨日の戦果を、否体験した出来事を王を含む貴族たちに報告するためだ。


 正面には神妙な顔つきの王、隣に王妃と姫が座っており、ケリーの左右には貴族たちが席している。王国への忠誠心がそれほどないケリーにとって、この作業は好きになれないもので、周囲の貴族からの野次や嫌味に苛立ちを覚えたことは一度や二度ではない。それでも今日だけは、それらを気にすることなく捲し立てた。


 エルディンが魔物を使った侵攻、それもベンヌのような強力な魔物を使用できることに驚愕し、砦を破壊するような既存の戦術をひっくり返す魔術を行使すると聞かされ、王は事態の深刻さに俯き、さしもの貴族たちからも言葉が上がってこない。


「ご苦労だった。お前が生きて帰ったことは幸運であったと言うべきだな」

「はっ、勿体ないお言葉です」


 アクロシア王は御年六十歳を迎え、アクロシアの平均寿命からすればだいぶ高齢だ。それでも王位を譲らずにこうしているのは、世継ぎであった上の王子たちを流行病や先の災害で亡くしているためで、晩年に迎えた王妃との間に出来た姫と王子だけが最後の血筋となる。


 愚王ではないが貴族の意向に配慮しすぎるきらいが有り、それが貴族たちを増長させている。自らも貴族であるケリーは貴族の汚さをよく知っているため、良い気分にはなれない。


「王よ。エルディンは魔物を操る力を試したと考えられます。奴らに時間を与えるのは愚策! 即刻、奴らを攻め滅ぼしましょう!」


 ケリーからすれば普段は戦場を知らない、いけ好かない貴族の言葉だったが今は心強い。ケリーも同じ考えだったからだ。


 魔物はどこから現れているか不明だが、数は無限と考えられている。エルディンが魔物を操る術を手に入れたとすれば、無限に増強できる軍隊を手に入れたに等しい。今こうしている間にも、エルディンは魔物によって軍備を増強しているのだ。


「ケリー=ネッド卿」

「はっ」


 場違いと思える少女の声。

 アクロシア王国の王女、ラナリア・フォン・デア・プファルツ・アクロシア。

 母親譲りのプラチナブロンドの髪に白い肌、均整の取れた顔立ちと気品ある佇まい、白を基調としたフロックがよく似合っており、光の加減によって身につけたティアラやネックレスが光る。まだ少女と言って良い年齢だが、この大陸最大の国家アクロシアを背負うだけの器量を感じさせるのは、さすがに王族と言うべきだと思っている。


「ベンヌはどうやって撃退したのですか?」

「砦を破壊した魔術と同じ魔術が発動し、これがベンヌに直撃、直後に消滅いたしました」


 これについては、早馬にて報告をしているが、王女はそれに目を通していない可能性もあったため改めて口にする。


「だとすれば、奴らは光球の魔術をコントロールできていないことになる! 今がチャンスだろう!」

「完成すれば危険です! 王都の壁が壊され、そこから魔物を突入させられれば、民に被害が出ます!」

「すぐに王国騎士団に招集を!」

「私からも騎士団に武器を提供しましょう!」


 ケリーの言葉を受けて貴族の一人が大声で主張し、同調する者たちが次々と語気の強い発言を繰り返す。普段は足の引っ張り合いばかりの貴族たちだが、魔物という現実的な脅威を自在に操れると知り、焦ったように戦争を促している。何せ魔物には彼らの得意な舌戦が通用しないのだから、それも仕方の無いことだろう。


「本当に、同じ魔術だったのですか?」

「遠巻きに見る限り、同種の魔術であることは疑いようがないかと」

「ということは、違いがあったのですね? 違いは何ですか?」

「大きさと速度、おそらくは威力も二発目が格段に上でありました」


 周囲で貴族たちが騒いでいるが、何故か、王女ラナリアの言葉だけに集中している自分がいる。


「ラナリア、お前の気持ちも分かるが、仮に光球の魔術の使い手が別に居たとしても、エルディンが魔物によって軍備を増強していることは疑う余地がない」

「分かっております、お父様」



 王女は王に窘められ、それ以降の発言は控えた。

「各国に使者を送れ。同時に軍議のため、各騎士団の隊長を招集せよ」

「おお!」

「それでは!」

「時は一刻を争うと見た。奴らは魔物を使い、この大陸の安定を乱そうとしている! 我が国は安定と秩序のため、全力をもって、これを粉砕する!」


 王の宣言によって貴族たちが威勢の良い声を上げていた。



「ケリー=ネッド卿」


 一旦退出して王城の廊下を歩いていると、先ほどと同じように、王女がケリーを呼び止めた。王女の背後には護衛の騎士を連れているので、どこかへ出掛けるつもりかも知れない。


「殿下、何かご用命でございますか?」

「光球の魔術について、詳しく聞きたいのです」

「それにつきましては、私共も調査しておりまして、報告以上のことはまだ分かっておりません。判明しましたら殿下にもお伝えするよう手配いたしますが」


 サン・アクロ山脈の砦の壁を崩し、ベンヌを一撃で屠った魔術は個人的にも気になるし、騎士団としても放っておけるものではない。ただ、魔物を操る力をエルディンが手に入れた事実に比べれば、強力な新魔術は優先度を下げざるを得ない。


「すぐに済みます。私が聞きたいのは二回目の光球です。光球はベンヌを倒した後、その余波で砦へ侵攻していた魔物の大軍を消滅させたと聞いていますが、これは正しいですか?」

「おっしゃられている通りですが」

「本当に余波だったのですか? 仮にエルディンの魔術だったとして、ベンヌへ向かってしまったことに理由があるといたしましょう。その後、余波によって、砦の魔物だけが綺麗に全滅したということなのですか?」

「それは、位置関係で」


 あの時、ケリーたちは奇跡だと思った。神の加護に守られていたため、エルディンの魔術が暴発しベンヌを撃退、余波によって魔物たちも倒されたのだと。追い詰められた状況で差し伸べられた救いに、神の手を感じてしまうことは仕方の無いことだ。


 しかし、王女に指摘されれば不自然すぎる。そして気付いてしまえば、その恐ろしさを感じる。二回目の光球の魔術は、ベンヌを倒しつつ、王国の兵士に一切の被害を出さず数千の魔物たちを狙い撃ちで一掃してしまうような大魔術なのだ。恐るべき規模と精度をもった大魔術。魔物を操る術など、この大魔術の前では児戯であり、それを結果が証明している。そんなものが騎士団に対して使われでもしたら。


「す、すぐに王へ進言を」

「無駄でしょう」

「何故?」

「ケリー=ネッド卿、もしも王国に何か異変が起きた場合、何よりもまず私の元へ参じて貰えますか?」

「異変? それはいったい?」

「分かりません。ですが、予兆はあります」


 ケリーは一回り以上年下の少女の瞳と口調に気圧されていた。その胸の内に、後から後からわき上がってくる不安に吐き気を感じながら、王女の言葉に深く頷いた。


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