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第百五十三話 砕けた樹木 フォルティシモ編

 フォルティシモがエルディンの御神木の破壊を知る前、彼は己の最も信頼する従者たちと情報交換を行っていた。


 リアルワールドにおける狭義の“AI”は、如何に人間の脳のアルゴリズムを解析して再現するかどうかを極めた果てに到達したものである。例えば最初のディープラーニング技術が神経細胞を模していることは有名な話だし、その基礎となるニュートラルネットワークは人間の脳の模倣を目指していた。


 現代において、その技術は一つの完成に至っている。人間の脳神経細胞がどのように情報を伝達し処理しているかが解明され、それを再現するためのアルゴリズムが論文として発表されたのだ。とても乱暴に言ってしまえば、人間の脳の処理システムは模倣できる。


 その論文の著者が近衛天翔王光。フォルティシモの、近衛翔の祖父。


「つまり主は、あのアルゴリズムを組んだゴーレムを作り、そこに御神木のデータを移行しようと考えているのか?」

「近いことをやりたい」

「ですがぁ、あの人、樹木って言うか枯れ木ですよぉ? そもそもどこに神経細胞があるんですかねぇ」


 フォルティシモ、つう、エンシェント、セフェールの四人が集まっていた。他の従者に聞かせられない内容ではないが、参加しても内容に付いていけずに困るだろうから、三人だけに声を掛けている。


「そもそもリアルワールドと同じようにVRダイバーもなければ、脳のスキャナーもない。セフェの知識を使って作るとしても、実用的なものができるまで何百年掛かるか分かったものじゃない。だからまともな方法じゃ無理だ。だがまともじゃない方法なら別だ」


 あの枯れ木の身体が崩れても良いなら、氷漬けにするなり、石化させるなり、原形を保ったまま『浮遊大陸』へ運ぶ方法はある。そしてその後は、フォルティシモがまともではない方法を使う。


 こればかりはフォルティシモにしかできない。『浮遊大陸』の権利を得て、神の如き力、権能を行使できるようになったフォルティシモにしか。


「フォルの言う主旨は理解したわ。たしかに私たちの立場なら、試してみる価値はあると思う。でも、フォル。フォルは感情的な問題から目を背けていない?」


 つうの美しい瞳に見つめられるフォルティシモは、根比べをすることもなく即座に音を上げた。


「否定は、しない。脳のアルゴリズムは、あのジジイの論文で作成できる。そこに学習データを移植したら、完璧に同じ人間になるのかどうか。魂とか精神とか、現代物理学じゃあ単語も一蹴されるそれには、俺にも答えがない」


 リアルワールドではAIが進化したせいで、哲学的ゾンビやスワンプマンと言った思考実験が、各所で囁かれるようになった。どれもある存在をコピーした場合、まったく同一の存在と言って良いかという話で、最初は手軽にコピーできるAIは同じ存在なのか辺りから始まったものだ。


 フォルティシモの状況で言えば、つう、エンシェント、セフェールをコピーしても、同じ存在だと思って大切に思えるかどうか、と言ったところだろうか。


 フォルティシモはつうを見つめ返す。


「それは最後の一線だと思うか?」


 フォルティシモは三人へ問い掛ける。リアルワールドで最も信頼した三人へ。


「法律とか道徳とかの観点から見ればぁ、最後の一線でしょうねぇ。けれどもぉ、ここは異世界ですからぁ。フォルさんの自由にやるのが良いんじゃないですかぁ。私は賛成ですよぉ」

「それほど複雑な行動を取れるゴーレムを作れるのなら、我々に利がある。現在の我々は異世界という異常事態に巻き込まれており、社会通念は分けても良いだろう。私も賛成だ」

「私は、フォルが最後の一線を踏み越えて、変わってしまうのが心配じゃないって言えば嘘になる。でも今のフォルは、キュウたちのお陰で他人を思い出した。だから大丈夫だと信じてる。消極的賛成」




 従者たちの力強い協力を受けて特殊なゴーレムを作る準備を整え、御神木の魂と脳をゴーレムに移植するという計画を遂行しに行った。


 もちろん御神木自身が拒否したらやるつもりはない。


「………ん?」


 場所を間違えたか、それが最初の感想だった。しかしフォルティシモは、こんな焼け野原はエルディン以外に登録していない。


 近くに散らばった木々の破片が目に留まる。疑う余地がない。


「嘘、だろっ」


 自称神戯の敗者であり、神の力によって樹木に姿を変えられてしまったと言っていた御神木は、バラバラになって地面に散らばっていた。


「お、おい、御神木、俺だ。フォルティシモだ。聞こえるか?」


 答えはない。ここに御神木というプレイヤーと神戯参加者の成れの果てがいることは、ほんの一部の者しか知らない。加えて御神木を気にしていたのはエルミアで、だとしたらこれをしたのは彼女か。そう考えたフォルティシモは、思わずエルミアへ連絡を入れていた。


『え、エルミアよ。な、何か、用!?』


 コールからやたらと時間が掛かって、エルミアが通話に出た。


「おいエルミア、お前、御神木に何をした?」


 フォルティシモは苛立ちを感じてエルミアへ詰め寄ってしまう。フォルティシモからすれば大切な従者たちが死んだのに、暢気な声を出しているように聞こえたのだ。


『そ、その、ごめん、なさい』


 そのエルミアが唐突に謝ったものだから、フォルティシモの苛立ちは怒りに変わってしまった。


 フォルティシモの立場から聞けば、御神木について聞いた質問に対するエルミアの謝罪は、エルミアが御神木を殺してしまったとしか聞こえなかったからだ。


「ごめん、だと? それで済むと思ってるのか? たしかに俺は無理だと言った。だが、お前に無茶をさせて、御神木を殺させるためじゃない」

『………え? 待ちなさいよ。今、何て言ったの? 御神木さんが、し、死んだ!?』


 しかし、先ほどは聞いたことがないほどしおらしかったエルミアの口調があっという間に元へ戻った。


「………待てと言いたいのは俺のほうなんだが。お前がやったんじゃないのか?」

『私がやったって何!? いえ、それはどうでもいいわよ! 御神木さんが殺されたってどういうことよ!』


 エルミアの反応からは必死さだけが伝わって来る。


「御神木の奴がバラバラになってる。呼び掛けにも答えない」

『すぐ行く! 誰かにポータルを開けさせて!』

「お前が来てもうるさいだけだろ」

『御神木さんのことなんでしょ!? 私が、私に!』


 いやエルミアから伝わって来る感情は、必死さではなく悲痛さだ。気持ちは分かってしまう。大切な誰かとの別れの辛さが。


「………………分かった。そうだな。まあ、最後に会えないのは、嫌なことだ。………つう、聞いてるんだろ? お前がやってくれ」

『つうって、あなたの………』


 フォルティシモは異世界に来てから、つうを前面に出したことはなかった。


 しかし、つうはフォルティシモがログインしていない時でも【拠点】を防衛し、数々のプレイヤーを返り討ちにして、最高効率で【拠点】の施設を稼働させていた―――“最強”の従者だ。


『フォル、私たちと重ね合わせているなら、それは改めるべき思考パターンだからね。それから焦ったのは分かるけど、ここで言うんじゃなくて、個別に言えば済むことだから』


 そのつうは相変わらずの小言をくれる。だがその小言が、フォルティシモは嫌いではない。彼女の言葉は百パーセント、フォルティシモを、近衛翔を想ってくれているものだからだ。何せAIとしてのつうは近衛翔よりも年上。もう一人の母親のように思っている。


 ポータルが開いてエルミアが現れた。


 案の定、エルミアは御神木の無残な姿を見て絶句しているようだった。


「御神木に用があって来たら、この有様になっていた」

「なん、で?」

「俺にも分からない」

「どうしてよ!」

「同情はしたから、ここまでのポータルを開いてやった。だがお前の糾弾を受け止めてやるつもりはない」


 相手がキュウだったら、どんなに感情的になってもいくらでも受け止めて好きなだけ発散させてやるけれど、いくら美人とは言え誰でも無償で話を聞いてやるほどフォルティシモの心は広くない。


「う、ううっ………!」


 エルミアは反論する気力もないようで、涙をポロポロと流しながら御神木の破片を集めていた。その行動をフォルティシモも手伝う。


「本当に、この異世界の神もクソ野郎だな」

「………?」


 フォルティシモは集めた御神木の破片をインベントリへ収納した。


「本人の確認を取ってから試すつもりだったが、こうなったら知ったことじゃない。一旦『浮遊大陸』へ戻るぞ」


 現代リアルワールドの技術と異世界ファーアースの力を合わせた、新しい挑戦を。


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