第百五十話 御神木の扱い
天空の国フォルテピアノの冒険者ギルドになる予定の建物は、アクロシア王国の五階建ての大きな建造物に負けてなるものかとフォルティシモが見栄を張ったせいで、地上六階建てとなっていた。建てたばかりの新築であり、塗装は綺麗で硝子も透き通っている。ちなみに内部は空室だらけのガラガラで、少ないエルフたちが開業へ向けての準備をしている状態だ。
そんな天空の冒険者ギルドの応接室で、フォルティシモはエルミアと向かい合っていた。
エルミアに元エルディンの土地のことで話があると呼ばれたのだ。他の者だったらそれはラナリアに任せていると突っぱねるところでも、彼女は御神木の血縁者である。時間と場所を取って話を聞くことにした。
「あ、あなた! わ、わわ、私のこと、妾とか言い回ってないでしょうね!?」
今日はこの後の予定も考えて、キュウとセフェールが同席している。エルミアは変な噂が流れていると教えてくれたらしい。つまりキュウの居る前であらぬ誤解はきっぱりと否定しておけ、というアドバイスだ。彼女は意外と義理堅い。
エルミアの冒険者パーティに孫従者を潜り込ませて、エルミアの動向を報告させているフォルティシモとしては、少しばかりばつが悪い。
ちなみにそれは、エルディンの領域の権利をエルミアが持っているのではないかという疑いがあるからだ。加えてプレイヤーの子孫がどんな能力を発揮するのか、フォルティシモにとっては非常に重要な問題になる可能性がある。何せこの異世界には避妊具がない。
「そんなこと言う訳ないだろ。俺にはキュウや他の従者たちが居るんだぞ。誰が言ってるのか知らないが、俺からも絶対に有り得ないときっぱりと否定しておく」
「………そ………そ、そうね」
エルミアが歯切れ悪く返答する。
「まあぁー、これはお互い悪いのでぇ、両成敗ってことでぇ」
セフェールがインベントリからハリセンを取り出して、フォルティシモとエルミアの頭を一回ずつ叩いた。フォルティシモは慣れているが、エルミアがセフェールの行動を受け入れたのに少し驚く。
「それでぇ、エルミアの用事はそれだけですかぁ?」
「い、いえ、違います」
エルディンのエルフたちを救ったフォルティシモがタメ口なのに、セフェールへは敬語だった。フォルティシモはエルミアにどんな態度を取られても“嫌われている”と知っているので構わないが、セフェールに対する態度と比べるとさすがに物申したい気分になる。
「あなたが、あの王女を使って森を開拓しようとしてるって聞いたんだけど、それって本当なの?」
「別に俺がしようとしてる訳じゃない。なんでもエルディンの土地が、ラナリアの祖父の領地に加えられるらしい。だがあそこには御神木が居る。好き勝手されるのは俺にも不利益があるからな。ラナリアや俺の子孫従者で舵取りをして貰うつもりだ」
「な、なんだ。そ、そういうこと。御神木さんのことを忘れてるのかと思ったわ!」
「つい数日前に話したのに忘れてたら痴呆症だろ」
エルミアの心音などから、嘘を吐いたらすぐに教えてくれと頼んでいたキュウがフォルティシモの腕を掴んで小指に力を込める。今の言葉が嘘らしい。
「ま、まあ、私はあなたが私のことを妾だって言ってるのが迷惑だったから、すぐに来ただけで」
嘘らしい。
「あなたが御神木さんのことを考えて、開拓事業を進めてるのは信じてたから。私は、他のエルフたちより、その、あなたがいかに危険な依頼をこなしてくれたとか知ってるし」
本当らしい。
「でも! だからって信頼はしてないから!」
嘘らしい。
キュウの真偽判定を疑うつもりはないが、エルミアの言動の訳が分からなくて困る。恨みはあるが、人間として信頼されているのだろうか。
フォルティシモは両親を殺した強盗を、別の誰かに殺されたらどう思うか考えてみた。きっと、そいつも許せないし、信頼なんてできないだろうから、それができるエルミアは善人なのだろう。
「それで、御神木さんの所まで開拓するのに百年くらい?」
「ゴーレムを使って数日から十数日だ」
「は、はい!? ゴーレムって新しい里のみんなが使ってる人形でしょ? 一個作るのに結構時間が掛かるって聞いてるわよ。それともあんたはアレを何千何万体も持ってるの?」
「持ってるが今回は使わない」
自動生成したものから、マグナお手製のもの、ガチャ産まで含めれば万など軽く超える。それでもいつか使うかも知れないので、フォルティシモの資産から出すつもりはない。“いつか大量に使うかも”で使用を抑えておいて、結局は使わずに増えていく。ゲーマーなら良くある話だ。
「へぇ。って、何万体も持ってるの!?」
「とにかく御神木のことはちゃんと尊重する。これでエルミアの疑問は解消されたか?」
「え、ええ」
フォルティシモは満足して席を立つと、エルミアが慌てた様子で口を開いた。
「ちょ、ま、待ってっ」
「なんだ?」
「………御神木さん、やっぱりどうにかできないの?」
「現状は方法がない」
「でも、死者の蘇生だってできるんでしょ?」
エルミアは椅子に座ったまま、フォルティシモを見上げて縋るような視線を投げ掛けてきた。
死者蘇生はファーアースオンラインのゲームシステムにあったから可能なのだ。VRMMORPGであるファーアースオンラインのゲームシステムは、どうしても戦闘に偏る。ハウジングやミニゲームなどの要素はあるけれど、生活や工事を便利にするスキルは少ない。
また、今のフォルティシモがゲームシステムを超えた力を振るえるのは、己の領域たる『浮遊大陸』の内部のみとなる。方法としては、エルディンの領域の権利とやらを手に入れることができれば、御神木を『浮遊大陸』に移住させるだけでなく、もしかしたら彼を元の姿へ戻すことも可能かも知れない。後者を話した時のエルミアの反応が怖いので、彼女にそれを告げるつもりはないが。
「あいつを移動させるのは、死者蘇生よりも難しいってことだ」
「そう………」
もしフォルティシモが、つう、エンシェント、セフェールを置いて行かなければならないとしたら、同じような顔をするに違いない。エルミアはそんな表情をしていた。
◇
焼け焦げた大地に夜の帳が下りた。虫の声さえ響かないその場所で、ぽつんと立ち続ける御神木は眠って夢をみるように昔のことを思い出す。
仲間と共にこの異世界へ降り立って、切磋琢磨しながら神の座を目指した。衝突したこともあったけれど、概ね上手くいっていたと思っていた。いや信じていたと言い換えても良い。仲間の誰かが神と成っても、他の仲間は祝福し、神と成った仲間も皆を尊重するはずだと。自分たちの誰かが神と成って理想の世界を作り上げるのだと。
結果はこれだ。
御神木は樹木の姿に変えられ、年月を数えるのも忘れるくらい長い時間、こうして孤独を味わった。
御神木の領域だったこの地は、蹂躙の限りを尽くされた。それを樹木の姿で何もできずに眺めている自分。そんな自分の怒りが風化してしまう時間、御神木はずっとこの地に残っている。
御神木の周囲は、炭になった木々やエルフの里の焼け跡は少しずつ片付けられていた。御神木があげた空飛ぶ絨毯を使って、エルミアが足繁く通ってたった一人で掃除してくれているからだ。
『やぁ、メッセージを送って来たね』
御神木はどこかの誰かと話す。
『―――、久しぶり。僕が元気かって? 本気で聞いているなら、君の正気を疑うよ。何年経ったと思ってるんだい? 何年、僕は動けずにいたと思う? ちなみに僕はとっくに正気を失って狂ってる』
御神木の声音は穏やかで、フォルティシモやエルミアと話す時と変わらない。
『ふふふ、さすがの君も、『浮遊大陸』には焦りを感じたみたいだね。そうそう。僕らがエルディンに封じていた最果ての黄金竜、あれを撃退したのも彼だよ。あははは、驚いたかい? ああ、僕の見立てだけど、彼はこれまでの神戯参加者の中で最強の力を持ってる。君も彼に負けるだろう』
強い風が吹く。御神木の枝の一本が折れて、地面に転がった。
『なんだ。ようやく殺してくれるのかい?』




