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第十五話 最強影響

 フォルティシモたちが宿泊する部屋をノックする音が響く。今日は昨日中途半端に終わってしまった馬車を見に行こうと思って準備をしていたので、フォルティシモは外出用の服に着替えている。キュウがフォルティシモを見るのは、開けても良いかどうかの確認なので、首肯するとキュウはドアへ向かう。


「はい、どちら様でしょうか?」

「朝早くに失礼します。フォルティシモ殿が滞在されている部屋で間違いありませんか?」


 現れたのは冒険者ギルド職員の制服を着た男性で、手には封筒のようなものを持っている。


「俺だ」

「確認のためにギルドカードの提示をお願い致します」


 フォルティシモは職員の男性へギルドカードを渡す。名刺交換のように男性もギルドカードを渡してきた。ちらっと名前だけ確認しておく。カードを返した時点で男の名前を忘れてしまった。


「こちらはガルバロス様からの書状となります」


 ガルバロス様とやらが誰だか分からず、王族とか知っていて当たり前の有名人だろうかと頭を捻る。情報を得るために書状と言われた封筒を開けて目を通す。中には手紙が入っていて、街に帰還し次第、ギルドを訪ねて欲しいという文が並んでいる。


 昨夜のうちに帰って来ていたが、もし帰っていなければキュウが手紙を預かり、その後にフォルティシモに渡る手筈だったのだろう。誰かは分からないが、ギルドへ行って「ガルバロスに呼ばれた」と言えば分かるはずだ。自分の知らない奴が自分のことを知っているのは気分が悪いので、優先的に確認しておきたい。


「キュウ、ギルドに呼ばれたから行ってくる」

「はい、私はどうしたらいいでしょうか?」


 手紙を見ても来て欲しいと書いてあるだけで、用事の内容も掛かる時間も書かれていない。ギルドの用件が終わったらキュウと一緒に馬車を見に行きたいとは思っても、終わるまで待たせるのは可哀相だ。キュウは情報ウィンドウが開けないのでメール機能やメッセージ機能が一切使えない。こういう時に遠距離の連絡手段がないのは不便だった。


「昼まで自由行動で、昼食前に一度ここに戻って来てくれ。もし俺が居なかったら、午後も自由にしていい」

「【料理】の練習をしていてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ」


 昼食に間に合えばキュウの手料理を食べたい、と言おうかと思ったが、それがプレッシャーになると彼女は根を詰めそうなのでやめておいた。



 ギルドへ行くと、何度か入ったことのある応接室で待つように言われる。相変わらず代わり映えがしないと思いながらも待っていると、ギルドマスターが部屋へ入ってきた。


「待たせてすまないな」

「お疲れ様です。何故、ギルドマスターが?」

「あん?」

「今日はガルバロスという職員に呼びつけられたのですが」

「ああ、ジョークは嫌いじゃないんだが、今は忙しくてな。すぐに話に入らせてくれ」


 どの辺りがジョークなのか判別がつかない。


「サン・アクロ山脈の砦の件だ。昨日で周辺の魔物は掃討された。敵の魔術師は見つけることができなったが、目標としては十分だ。お前のお陰だろう」

「光球の魔術の使い手を見つけられなかったので、俺にとっては骨折り損でしたが」


 本当のことを言っただけだったが、ギルドマスターは驚いた顔をした。


「あっさり認めるんだな。それとも信頼してくれたか?」

「認めるとは?」

「お前が、ベンヌを討伐した光球の魔術を使ったんだろう?」


 そういえば昨日尋ねられた際には、フォルティシモは光球の魔術について心当たりがないと答えたのだった。もっともフォルティシモが使った【コード設定】と誰かが使った【コード設定】は似て非なるもののはずなので嘘ではない。


「俺が使ったのは敵が使ったのじゃないんで」

「………ベンヌを倒したのはお前なんだよな?」

「邪魔だったんで倒しておきました。討伐依頼でもありましたか? だったら報酬が欲しいですね」


 ベンヌはサン・アクロ山脈のダンジョンボスであり、この一帯では最強クラスのモンスターであるが、初心者が最初に降り立つアクロシア大陸のモンスターでしかない。実装当初は強いモンスターでも、上限解放に加えてプレイヤーたちの強化が進むにつれて、ただの雑魚モンスターになりさがり、後に実装されたダンジョンに出現する通常モンスターのが強い。


「………腹を割るという約束だったからな。ベンヌはギルドにおいて討伐不可能指定の危険な魔物だ。それを未知の魔術で粉砕した術者に対して、騎士たちは正体を知りたがるだろう。お前がベンヌを倒した後に名乗り出なかったのは、ハーフエルフだから騒がれたくなかったということでいいんだよな?」


 エルディンにプレイヤーが居るかも知れないと言われて失念していたが、この世界においては大陸最強国家アクロシアの王国騎士ですらレベル三〇〇と言われているのだ。

 レベル三〇〇はサン・アクロ山脈では充分狩りができるが、ベンヌとの交戦は避けるべきだし、まして一撃でベンヌを倒すなんて出来るはずがない。何も考えずにスキルを放つべきではなかったと反省して顔を顰める。


「俺はお前が言い出さない限り口外しないと約束しよう。だから、もう少しこの街に留まっていてくれないか? そして、出来ることなら同じような魔物が出現した際には力を貸して欲しい」


 普通、一冒険者にそんなこと頼むだろうか、頼むはずがない。裏に何かがあることは間違いない。


「エルディンがベンヌ以上の戦力を王都に向かわせるかも知れず、それを討伐して欲しいということで合っていますか?」

「………ああ、そうだ。報酬はある程度融通する。公表したくないというのであれば、実績に対しては低くなってしまうが、お前が公表しても良いと言った際には俺も口添えすると約束しよう」



 公表云々に関して言えば、正直に言って迷っている。この世界に来てから色々試しているが、異世界の戦力の常識はファーアースオンラインの常識とニアリーイコールであって、フォルティシモは最強クラスだと言える。ゲームの常識だけで言えば、フォルティシモの力ならば例えアクロシア王国を敵に回しても勝利できることだろう。


 しかし、今のフォルティシモは食事も睡眠も必要で、それらは国という組織があってこそ安定的に得られるものだ。好き勝手、それこそキュウを始めとした可愛い女の子の奴隷を買い漁ってハーレムを形成したり、気に食わない相手をぶち殺したりしていけば、食事や睡眠が簡単に取れなくなってしまうかも知れない。それは困る。


 このギルドマスターが信頼できる相手かの判断するのは難しくても、少なくとも立場がある人間というのは発言に責任を持つものだ。そうであれば信じてみてもいいだろう。


「街にはまだ居ます」

「そうか。それは助かる」

「報酬が減るという話でしたが?」

「それは我慢して欲しい。ベンヌを倒してサン・アクロ山脈の砦を救った英雄だと言えるなら、俺も予算を優遇できるんだがな」

「金額に関しては別に気にしてません。それよりランクを手っ取り早く上げる方法はないですか?」


 フォルティシモの言葉にギルドマスターは驚いた顔をする。


「お前ほどの強者でもギルドランクを気にするのか? あ、いや、すまない。ギルドランクを上げたいなら、俺の権限でAランクに上げよう」

「俺はGですが」

「元々ランクを上げるという議題は出てたんだ。それがAになるだけだ」

「俺にはよく分かりませんが、上がるならそれでお願いします」


 ギルドマスターは頬を掻いて苦笑いをしている。


「お前なら冒険者よりも遙かに稼げるだろうにな………」

「稼げる金額には、多少の興味はありますが、大切ではないです」

「強さだったな? 確かにランクが上がれば強い魔物とも戦うことになるからな。お前の目的にも合致してるだろう」


 それもあるが、ランクシステムがあるならば意味もなく最高ランクになりたいと思うのが最強厨の最先端を行く者の感性だ。それに後ほど何かのクエストでギルドランクが必要になるかも知れない。可能性は低いだろうけれど油断はできない。


「パーティの女の子、キュウだったか? 彼女にも便宜を図るか? レベルを見るとAは厳しいからもっと下のランクになってしまうかも知れないが」

「キュウは自分でレベル確認ができるように、ギルドに登録させただけですから今は上げなくていいです。キュウ自身、ランクを気にしたことはないですし」


 キュウに関しても一気にランクアップすることをギルドマスターに頼んでも良かったが、鳴り物入りのランクアップが嫉みや嫉みを買うと思われるため、キュウを危険に晒す可能性のある行為は慎んでおくことにした。

 無論、キュウがランクを上げたいと言って来たら、フォルティシモは自分のランクをそっちのけにしてキュウのランクアップを手伝ってもいい。


「それと聞いておきたいことが」

「なんだ? なんでも聞いてくれ」

「ガルバロスという職員はどんな方ですか?」

「はははっ、まさかお前、忘れてたのか? 俺の名前がガルバロスだ」


 言われて、そういえば最初に会った時にガルバロスと自己紹介してもらった気がした。どうにも人の顔と名前を覚えるのは苦手だ。


「それは、失礼しました」

「いやいい。今度は忘れないでくれよ?」


 ギルドマスターは苦笑いしていたが、人の顔と名前を覚えるのは苦手なので許して欲しい。



 ギルドマスターの手前、街には残ると言ったが、いつでも逃げ出せる準備をしておいたほうが良さそうだと思う。昼までには時間があるので奴隷商の店まで足を運ぶ。


「いらっしゃいませ」


 店には以前と同じようにモノクルの男が座っていた。


「ご無沙汰しております。その後、調子はいかがでしょうか?」


 モノクルの男は表情の資料集にでも載せられそうな完璧な笑顔を見せる。


「金が貯まったから奴隷のカタログを見たい」

「ええ、是非御覧ください」


 この街から逃げる前に、この街でしかできないことをしておかなければならない。それは自分好みの奴隷が居るか確認し、居たら購入をすることだ。直近の問題として、生産系の従者が居ないので、そのための奴隷が欲しい。これはフォルティシモが最強になるために必要なことでもあり、その後の目的にも使える一石二鳥の行動なのだ。しかもフォルティシモは、奴隷といえど酷い目に遭わせるつもりはない。だからフォルティシモはほんの一握りだけだが、彼女たちの人生の助けになる、これは人助けだ。

 全力で身勝手な理論で武装し、フォルティシモは手渡されたカタログをめくっていく。


「サン・アクロ山脈の砦の件、お聞きになりましたか?」


 エルフはエルディンと戦争をしているだけあって高い。そして残念ながら値段に比べて質も劣ってしまう。戦争の相手国の奴隷ならば使い方は色々あるので、仕方ないことなのだろう。


「城壁がだいぶ崩れていたな」


 戦闘奴隷として売られている奴隷だが、どれも低レベルでこれで値段が高くなるのだから文句を言いたくなる。フォルティシモにとってはレベルはどうでもいいので、値段が高いのが理不尽に感じるのだ。


「凄かったですな。ベンヌまで現れて」


 やはり本命は愛玩奴隷だ。愛玩奴隷は容姿が重要なので、フォルティシモにとって大切なポイントを押さえている。キュウで処理できないものを処理するために買おうなんて、思っていない。決して。


「って、何か用か? ベンヌのドロップ品なら持ってないぞ」

「いえいえ、お邪魔して申し訳ございません」


 モノクルの男は営業スマイルで本心が分かりづらい。


「邪魔ってほどじゃないが。そういえば、どうやってエルフの奴隷を手に入れてるんだ?」


 住んでいる街で働くことが出来なかったり、借金の形に奴隷になってしまうことがあるかも知れない。しかし、エルフの国であるエルディンと戦争をしていて、ハーフエルフというだけで疑われる現状を見れば、エルフが真っ当に奴隷になったとは思えない。


「我々にとっては買う方も売る方も等しくお客様ですよ。こういった商売ですので、他のお客様についての情報をお教えすることはできかねます」

「そりゃそうか」


 考えられるのはよくて難民、悪くて拉致、可能性が高そうなのは戦争で手に入れた街に住んでいたエルフを丸ごと奴隷にしてしまうことだろうか。


「【隷従】は無理矢理でも掛けられるのか。いや、そもそも無理矢理従わせるスキルか」


 ゲームにおいて【隷従】は、モンスターを捕獲するために使われるスキルだった。プレイヤーに掛けても意味はなかったし、ノンプレイヤーキャラクターは対象にすら出来なかった。しかし今は可能だ。


「【隷従】は解除できるのか?」

「奴隷が逃げ出すことを危惧されておいでであれば、命令により解除しようとする行動を許可しないのが最適だと申し上げます」

「つまり解除する方法はあるんだな」


 キュウがフォルティシモに黙って逃げ出すとは思っていないが、今後手に入れる奴隷も同じとは限らない。


「少々誤解なされているようですので、補足させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「頼む」

「【隷従】が解除されるのは、主人が解放を命じた場合のみでございます。しかし、例えば主人の大切なものを人質に取り自分を解放しなければ人質を殺すと、脅す行動を取ることが有り得えます。協力者が居れば簡単に成り立つ状況と言えます」

「解放を命じた場合のみって、主人が死んだらどうなるんだ?」


 フォルティシモはカタログから目を離して、モノクルの男に問いかける。厳密に言うと【隷従】は『絶対服従』に加え、フォルティシモには良い単語は思い浮かばないが『絶対許諾』とでも言えば良い仕様にもなっている。主人が許可しなければ歩くことすら許されないというのは、正しくゲームのシステムである。


「解除されません。主人が死亡した時点で、許可していた行動以外は取れなくなります。ただ、抜け道は存在します」

「抜け道?」

「【隷従】は上書きすることができるのです。主人が死亡した場合、別の主人を得ることが可能です。こちらも信頼できる相手を見つけ、主人を殺害し、主人になって貰った後で解放、という手順が想定されます」

「なるほどな」

「ご理解頂けましたか?」

「命令により解除しようとする行動を許可しないのが最適、って言った意味が分かった。どうせ他にも裏技みたいなのがあるんだろ」


 段々と奴隷を手に入れるのも面倒になってきた。相手を人として扱わず、物として扱えば楽なのだろうが、まだその覚悟が決まらない。その後もカタログを見ていたが、入った時の興奮はなく、冷めた気分で奴隷商に礼を言って退店した。


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