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第百四十話 天空の鍛冶師

「はあぁぁぁーーーめんどくせ」


 『浮遊大陸』のフォルティシモの【拠点】で、マグナが盛大な溜息を吐いた。何せマグナは、これからアクロシアの鍛冶師たちの前でそのスキルを披露して、彼らの信仰を集めなければならない。


 【拠点】の施設の一つである鉄火場で作業台に突っ伏したマグナは、周囲に誰も居ないことを良いことに本音をぶちまけた。


 職人気質なマグナにとって、政治に利用されることも、宗教の真似事に加担させられることも、何かを教えることも紛うことなき苦手分野であった。


 フォルティシモもつうもエンシェントもセフェールもダアトも、マグナのそんな性格を充分に理解しているので、そう言ったことを頼むことはこれまでなかった。


 フォルティシモの方針は得意分野を得意な者が担当し、苦手分野は苦手な者には担当させないというものだった。苦手分野は、得意な者に対して何倍もの時間が掛かり、何倍もの負担が掛かり、何分の一の成果しか出ない。それが彼の適材適所の考え方だ。


 しかしあの新人ラナリアは、得意分野とか苦手分野とかではなく、要不要で人員を使うタイプだ。国家を含めた大規模な組織運営では正しいのかも知れないが、フォルティシモのような少数精鋭においては正しい方法とは思えない。


 目先の影響だけ見ても、こうしてマグナのやる気が減退するだけで、エルフたちの武具作成が大幅に遅れてしまうのだ。


「あの、マグさん?」


 マグナの仕事場である鉄火場に、大人しい方の新人キュウが入って来た。キュウはこれまでの従者たちのように目的のために特化した能力を持っておらず、フォルティシモもキュウをどのように育てるのかイマイチ分からない扱いをしている。


 しかしそれは外側からフォルティシモたちを見た場合であり、ずっとフォルティシモと過ごしてきた従者たちは、キュウが仲間に加わったことをとても喜んでいる。


 キュウを通すと、あのフォルティシモの頑固な性格が柔らかくなる。フォルティシモを冷静にさせ、意見を変えさせられる。従者たちにとって、これ程に待ち望んだ仲間は居ないと言って良い。


 この騙しやすそうな、ではなく素直な後輩を使えば、フォルティシモを動かすことができるのだから。


「キュウ、何か用?」

「はい。その、マグさんの鍛冶、私も一緒に見せて貰えないでしょうか?」


 言われた意味を理解するまでに数瞬の時間を要した。キュウはマグナがアクロシアの鍛冶師たちへする教導に参加させて欲しいと言っているのだ。


 余りに無意味な行為だ。何が無意味かと言うと、キュウの武具はマグナ本人が作成するし、キュウが武具作成の方面に進むことをフォルティシモは望んでいないし、そもそもキュウは今まで何度も目の前でマグナが【剣製造】などの生産系スキルを使うシーンを見ている今更の行動だった。


「キュウが見たいなら、今見せても良いけど」

「え? あ! そうではなくっ、マグさんがアクロシアの鍛冶師の方々へどういう風に教えるのかを見たいんです」


 お前は教育実習生かとツッコミを入れたくなる。


「はぁ。あのさ、悪いけど期待には応えられない。私はフォルさんたちの武具を作ることを望まれて生み出されたのであって、誰かに教えるなんて門外漢も良いところだ。だけど、ラナリアの奴が武器を作るところを見せるだけで良いって言うから、引き受けただけだよ」


 マグナは憂鬱だった気持ちが晴れるのを感じる。今、マグナ自身が言っている通り、マグナができることをすれば良いだけで、その結果に何が起きようともそれは生意気な方の新人がどうにかするはずだ。


「それでも、私も見たいです。駄目、でしょうか?」

「………キュウならもっとちゃんとした場を用意してやるから、って言いたいけど、それじゃ納得できないでしょ。いいよ。最前席で見学しな」


 嬉しそうに尻尾を振る姿は、狐というよりは犬みたいだった。




 フォルテピアノのチームとしての【拠点】に作られた、数百人は入れるだろう巨大な鉄火場。そこにずらりと長椅子が並べられ、周囲を武装したエルフたちが囲んでいる。


 その中へポータルを通ったアクロシアの鍛冶師たちが次々に足を踏み入れる。鍛冶師たちはまずポータルの空間移動に驚き、すぐに巨大な鉄火場の施設に目を丸くして言葉を失う。それからようやく指定された座席に向かって座った。


 中には言葉を失わずに疑問を投げ掛ける者も居る。


「な、なんじゃこりゃ!? 施設全体が魔法道具なのか!?」

「こんなとんでもねぇ場所で作ってたのかよ!?」

「くそっ! 頼む! 一度で良い! ここで仕事をさせてくれ!」

「早く席に着いて下さい。後が支えています」


 そういう者に対しては見張り担当のエルフたちが注意を喚起する。思わず叫んだ鍛冶師たちは諦めきれない表情をしながらも、一応は大人しく席に着いていく。


「めんどうくせー」


 その光景を外側から見ていたマグナは、愛用の鍛冶道具に手入れをしながら愚痴を漏らしていた。実際の光景を見て、一人の時だけにしていた面倒くささが口から零れるようになって来た。


「いや、感想それだけなのか? あの人数を前に講習するんだぞ? 私なら緊張でトイレに籠もりそうなんだが」


 ピアノが人数の多さと鍛冶師たちの目の色を見て、ぶるりと身体を震えさせていた。


「講習じゃなくて鍛冶してるところを見せるだけだろ? なんで緊張するんだ?」

「フォルさんの言う通り、緊張なんてしませんけど、面倒なんですよ」


 マグナはフォルティシモの言葉に同意しながら、失敗すれば鬼の首を取ったかのようにダアトからマウントを取られるのを思う。


 ダアトとマグナは完全に同時期に生み出され、どちらも裏方の重要な役割を担っているせいで、対抗心がないと言えば嘘になる。


 しかし、今はその辺りは置いておいて。


「それよか、キュウが可哀想だろ、フォルさん」

「何? キュウに何かあるのか?」


 アクロシアの鍛冶師たちが簡素な長椅子に座らせられ、中には床に座っている者も居る中、キュウは最前席の中央に豪華な背もたれ付きの椅子を用意され、ちょこんとその上に座らされていた。キュウも見学すると聞いたフォルティシモが、良かれと思って用意した品だ。


 現在、その椅子に座っているキュウは周囲からの視線に耐えるため、下を向いて必死に身体を小さくしている。文字通り小さくするため、耳を頭に張り付けて尻尾を足の間に挟んでいた。


「フォルさん、悪いことは言わないんで、すぐにキュウの元へ行って、フォルさんもキュウと一緒に見学する体裁を整えてやってよ。フォルさんが座れば、みんなフォルさんのための椅子だったと思うだろうし。キュウの名誉のために」

「待て、キュウのためならそれくらいはするが、なんでキュウの名誉に関係がある?」


 フォルティシモの方をピアノが叩く。


「いいかフォルティシモ、誰も彼もがお前みたいな、煽られても晒されても凸されても動じないような鋼鉄メンタルは持ってない。キュウちゃんは晒し者にされて苦しんでる。だから助けに行ってやれ」

「俺が酷い奴のように言うな。俺はちゃんと昨日の夜、キュウにキュウ用の椅子を用意しようか確認した。キュウにお願いしますと言われたから、家具アイテムの中で一番座り心地が良さそうなレアアイテムを用意したんだ」

「お前酷い奴だわ」

「とにかくフォルさんは、キュウの所へ行ってやって。後は私らでやるから」


 納得していない様子のフォルティシモは、キュウと一緒に座って教導を見学することになり、キュウは全身の毛が萎れるくらい安堵していた。


「マグナさん、鍛冶師たちは全員席に着きました。準備はよろしいでしょうか?」


 生意気な方の新人ラナリアが鍛冶師たちの案内を終えて、マグナたちの所へ戻って来た。


「はいはい」

「あと、今は座っていますが、始まれば恐らくは」

「分かってるよ。邪魔した奴はぶん殴るけど、それは許しなよ」

「怪我をさせないようお願いしたいですね」


 マグナは愛用のバンダナを着け、ハンマーを担ぎ、彼女の戦場へ向かっていった。


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