第百三十三話 エルフの移住
バルデラバーノ公城を後にしたフォルティシモたちは、バルデラバーノ公爵が乗っている馬車を先導としてエルフたちが避難している森へ向かった。
森と言ってもエルディンとは比べたら小規模のもので、人が通ったり住んだりするために整えられている様子はなく、木々が自由に大地に根を下ろしている。テントのようなものが奥に見えるが、家や小屋は見当たらない。こんな場所で何日も過ごすのは苦労があるだろう。
そんな森の入り口付近で馬車が停車し、シャルロットが馬車の扉を恭しく開けた。馬車の前には数名の騎士たちが傅いており、その者たちの鎧は綺麗だし見目の良い者たちだったので、いわゆる儀仗兵なのだと思われる。馬車の先にいるエルフたちは十人ほどの集団で、迎えのようだった。
アルティマが最初に、続いてエンシェント、セフェール。ラナリアはシャルロットの手を取って降りる。キュウは慌てたように降りた。フォルティシモは最後にゆっくりと馬車から顔を出し、エルフたちを一瞥する。フォルティシモが姿を現すと息を呑む様子が見て取れる。
ファーアースオンラインでの設定の話になるが、エルフは人間の何倍もの寿命を持ち知性と魔力に優れる種族となっている。また、人間と同じように成長していくものの、老化現象が二十歳頃に止まるため五十歳でも百歳でも外見からは判別できない。
エルフには上位種が存在しており、万年の寿命を持つハイエルフ、精霊や神霊に近い不老不死のハイエストエルフとされている。エルディンにハイエストエルフは居ない設定であるが、ハイエルフはわずかに住んでいて、プレイヤーは重要なイベントNPCとして何度もハイエルフと会話することになる。
エルフの一団から出てくる人影がある。
ピアノと、件のハイエルフだ。そしてエルフたちの中で唯一憮然とした表情をしているエルミアだった。本来であれば失礼極まりない態度なのだろうが、知っている顔を見ると意外と安心する。
「お待ちしておりました。フォルティシモ様」
ハイエルフは中性的な顔立ちをしている美男子で、麻か何かで作った簡素な服を身に着けているだけで飾り気はまるでなかった。顔に少しばかり疲れを滲ませているのが分かる。ゲームのエルディンで出会ったハイエルフは、刺繍が入ったマントや宝石を散りばめたネックレスなどをしていたので、印象が大きく違っている。
「スーリオンか?」
「はい、私がスーリオンでございます」
フォルティシモは異世界に来て初めてファーアースオンラインと同じNPCと出会ったことになる。ファーアースオンラインと似ている異世界にもスーリオンというハイエルフが居るということに意味があるのかどうか考えて、ひとまず意味が見出せないことを頭の中で確認した。
「こちらのエルミアからお聞きになられましたか?」
「いや。だがスーリオンのことは少し知っている」
「そうでしたか」
「エルフたちの準備はできているのか?」
「準備はできております。フォルティシモ様、我らに天空の大陸の一部に住まわせて頂く代わりに、我らの慣習に要求があると伺っております」
ピアノを見ると、彼女は軽く頷いた。フォルティシモのことを考えて、先にスーリオンに話を通してくれていたらしい。さすがフォルティシモの苦手分野を理解している親友の仕事だ。
「ああ、そうだ。まずは、教会でも建てるから、週一くらいで祈る習慣を作ってくれ」
「承りました」
「それからエルフの何人かに実験に付き合って貰いたい。最初は少ない数でいいから、希望者を募り―――足りなかったら指名だな」
実験と聞いてスーリオンの表情が曇る。しかしそれも一瞬のことで、すぐに穏やかなものへ戻った。
「承りました」
「ちょっと待ちなさいよ! 実験って何!?」
エルミアが口を挟んだのをスーリオンが留めようとするが、それよりも先にフォルティシモが答えを返した。
「言い方が悪かったな。酷い人体実験をするって意味じゃない。治験、いや、お前らだって新しく見つけた薬草を使ってみたりするだろ? それと同じように、多少危険はあるが協力をして貰いたい」
「………そんなのギルドに頼みなさいよ、って言いたいところだけど、あなたの立場なら私たちに依頼すればタダだから、そうしたいのも分からなくはないわね」
ハイエルフでありながらAランク冒険者のエルミアは、仕事と報酬の関係性をよく分かっていて、納得したように引き下がった。
「エルミアもやってくれ」
「ま、まあやってくれって言うならやってあげても良いけど、私を指名依頼するなら高いから」
「ダアがうるさいから値段によるな………」
「なっ。あなたあの空の大陸の王様なんでしょ? お金くらい用意できないの? あ、いや、まあ今回は特別に安くしてあげるし、何なら後払いでも良いけど」
エルミアは腕を組んでチラチラとフォルティシモを見ている。
「言っておくが、そこまで甘い話じゃない。まったく知らない土地を開拓して住むってのは、それだけで大変だ。それから、実験に関しちゃ結果が出なくても構わないが、祈りを捧げるほうで一般的な冒険者より結果が出せないようなら別の手を打つし、まったく信仰心が芽生えないようならエルフたちを見捨てる選択をする可能性もある」
「まるで神のようなことをおっしゃるのですね。分かりました。週一度などとは言わず、毎日の祈りを捧げるよう皆に言い含めます。また、落ち着いて来ましたら祭事の検討もしましょう。始めは難しいでしょうが、百年千年と続けば必ず結果が出ることでしょう」
スーリオンはお辞儀をして、皆に説明と出立の準備するように別のエルフに声を掛けていた。
スーリオンに案内されエルフたちが居留している場所へやって来ると、万を超えるエルフたちがフォルティシモを待っていた。エルフたちは扇状にずらりと座っており、フォルティシモは櫓のような物の上に登るよう案内されたため、皆がフォルティシモたちを見上げる形だ。
彼らは武器を持っているわけでも、殺気立っているわけでもなく、ただフォルティシモの一挙手一投足を注視しているのだとは分かる。
フォルティシモはマイクという名前のアイテムを取り出す。このアイテムの効果はただ大きな声を出せるだけで、ハリセンを始めとしたパーティグッズ系アイテムの一つである。
「俺がフォルティシモだ」
インパクトを考えて、この言葉と共に【威圧】を発動。さらに周囲に影ができる。我ながら芸がないことは自覚しているが、アクロシアと同じ手法。『浮遊大陸』をエルフたちの頭上へ持って来たのだ。
エルフたちは空を見て騒ぎ出すものの、静かにという言葉が各所から上がり、やがて騒ぎが収まった。
「今からお前たちはあそこで暮らしていくことになる。木を切るのも土地を耕すのも、俺の与える領内であれば好きにして構わない。魔物や侵略の心配をする必要もない。俺の領域に誰も入らせはしないし、来ても叩き潰すからだ」
エルフたちから反応はない。
「俺が必要なのは祈りだ。お前たちの祈りが俺の満足いくものであれば、森を広げることも動物を増やすことも叶えてやるし、便利な魔法道具も提供してやる」
やはり反応はない。フォルティシモの感覚では祈りを捧げるだけで見返りがあると約束して貰えたら、これ幸いに祈りを捧げようと思うのだが、彼らは違うようだった。本当に信仰心エネルギーが集まるのか、少し心配になる。




