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第百三十二話 祖父という家族

 バルデラバーノ公爵領はアクロシア王国南東側にある広大な土地で、酪農などの畜産業が盛んな地方らしい。


 魔物はそれほど強くない上、国境が接しているのがトーラスブルスという属国であるため、税収に対して軍事費の支出割合が少ない。逆に言えばバルデラバーノ公爵軍は他の公爵たちが保有する戦力に比べて装備も練度も劣り、王国騎士団とは比較にもならないほど弱い。


 これはバルデラバーノ公爵が無能であるのではなく、ファーアースオンラインと同じく戦えば戦うだけ強くなり、レベル低下がない異世界において、戦う機会が少ないというのはそれだけで圧倒的なハンデキャップになってしまうからだ。


 そんなバルデラバーノ公爵がエルディンのエルフたちの一時的な拠点を提供したのは、領内の食糧事情が良かったことや、戦争が始まる前まではエルディンと取引があったからだ。しかし最も大きな理由は、バルデラバーノ公爵はラナリアの祖父にあたるからである。


 トーラスブルスでラナリアとピアノはエルフたちを受け入れる約束をして、その受け入れ先としてバルデラバーノ公爵に頼んだのだ。


 現在フォルティシモたちはバルデラバーノ公爵領を走る馬車の中に居た。


 【転移】で移動可能な場所であるにも関わらず、天烏でさえなく馬車で向かっているのは、それらを使うのはエルフたちの目の前の予定だからだ。信仰心エネルギーはフォルティシモへ対する印象の大小に影響されると分かったので、パフォーマンスを使う場面は考えなければならない。


 大きくて装飾華美な馬車の中で、フォルティシモは情報ウィンドウを眺めている。キュウとラナリアのレベルが上がったため新しい【コード設定】を考えつつ、シャルロットに提案された実験をいつラナリアや従者たちに切り出すか迷っていた。


 右隣にキュウ、左隣にラナリア。向かいにはエンシェント、セフェール、アルティマが座っている。車外では馬車を囲むように騎馬たちが警戒していて、その中にはシャルロットの姿もある。


 キュウとアルティマは楽しそうに尻尾を振りながら窓の外を眺めていた。風景は長閑な田舎道と言った様子で、起伏がなくフォルティシモにとっては少々退屈だ。エンシェントとラナリアが雑談を交えたこれからの打ち合わせの再確認をしているのをBGMにしつつ、相槌のような口を挟む。


「ラナリアの祖父ね」

「はい。お祖父様が是非フォルティシモ様にお目通りしたいと願っております。お時間を頂けないでしょうか?」

「妾も一度会ったが、似てなかったのじゃ」


 出掛ける前にもラナリアからバルデラバーノ公爵と会って欲しいと言われて、フォルティシモは考えておくと返答をしている。再度お願いをして来たのは、それだけ祖父に会って欲しいという気持ちの表れだろう。


「王国の重鎮とか、聞くだけで会いたくなくなるな」

「そこをなんとかお考えを改めて頂けませんか? 挨拶だけで良いのです」


 あまり興味が湧かず、何となく右側を見たら手触りの良さそうな尻尾があった。黄金色の綺麗な毛並みは、お風呂でしっかり洗われて、毎朝毎晩欠かさずブラシで梳いている。サラサラとしていて見るからに手触りがよさそうだ。毎日毎日、触ってくれとばかり誘惑されるフォルティシモは、毎日触っている気がする。


 とりあえず、両手で挟み込んだ。


「ひゃぁっ!?」


 キュウが悲鳴をあげて、車内の注目が集まる。


「あ、あの、ご主人様?」

「なんか目の前にあったから触ってくれという意味かと」

「い、いえ、そうではないです。勘違いさせて申し訳ありません」


「完全無欠にキュウの責任ではないのでぇ、謝る必要はないですよぉ。というかフォルさん、キュウに謝ってくださいねぇ?」

「いきなり尻尾を触った上に責任を擦り付けようとして悪かった。キュウに触りたかったんだ」

「あ、いえ、ご主人様が望むことが私の望むことですので」


 手癖の悪さを披露したフォルティシモに、エンシェントが溜息を吐き、ラナリアが演技がかった悲しそうな表情を見せる。


「聞き届けては頂けませんか?」

「ただ利用されるのは面白くないな」

「アクロシアで活動するなら顔くらい見せておいたらどうだ?」

「お祖父様に利益があるのは確かです。しかし、私の家族に会って頂けると嬉しいと思いまして」

「………まともな挨拶を期待するなよ?」


 政治だとか貴族だとか言う理由であれば、何を言われても拒否した。しかしラナリアの家族だと言われると、少しの労力くらいは使っても良いと思う。ラナリアにはシャルロットとの実験に付き合って貰うことだし、その報酬の前払いだ。




 アクロシアの王城には劣るらしいが、フォルティシモからすればどちらが豪勢なのか分からないバルデラバーノ公城に馬車が乗り入り、これまた豪奢な一室に案内された。


 その一室で待っていたのは、映画に出て来そうな身なりの老紳士だった。端正な顔立ちに立派な髭を持ち、年齢のわりには引き締まった体付きをしている。作り笑いがラナリアに似ている男だ。


 でっぷりと肥えていたベッヘム公爵とは正反対の、がっちりとした体型の見るからに有能な貴族と言う雰囲気をしている。


「フォルティシモ様、ご紹介いたします。こちらが私の祖父、コンラード=バルデラバーノです」


 ラナリアが仲介をして簡単な挨拶を交わす。その後に何を話せば良いか分からなかったが、バルデラバーノ公爵は沈黙が場を支配する前に口を開いた。


「私はラナリアの母方の祖父だ。いつもラナリアが世話になっている。ラナリアは可愛い孫でね。祖父としての贔屓だが、この容姿に頭も良い器量よしだ。幸せにしてやって欲しい」


 単なる自己紹介だったが、バルデラバーノ公爵の声と表情は固く、周囲の護衛騎士たちは冷や汗まで流していた。部屋全体の注意もフォルティシモに集まっている。


 何故そこまで注目されているのか、周囲の視線に疑問を感じながら思った通りに答える。


「まあ、こいつが美人で頭が良いのは同意だ。少なくとも不幸にはならないようにする」


 フォルティシモは己の祖父と比べて、彼女の祖父がまともで感動にも似た気持ちを抱いていた。この男の十分の一でも、近衛天翔王光に孫を想う心があればと考えずにはいられない。


「そう言って貰えると安心するな。いやな、本音を言うと、お転婆な娘で嫁の貰い手が居るのかと心配していたんだ。あなたにも迷惑を掛けているだろう?」

「ああ、そう言われるとそうだな。最近は特に目に余る気がする」


 バルデラバーノ公爵は人好きのする笑みを見せると、右手を差し出して来た。


「本来であれば晩餐会を開き、大々的に歓迎をしたいのだが、それは望まないと聞いていたから、これで歓迎の気持ちを伝えたい」


 フォルティシモは差し出された手を握る。バルデラバーノ公爵はフォルティシモの手を強く握り締めていた。


 そう。あいつがおかしいだけで、これが普通の祖父だ。そう思って、フォルティシモもバルデラバーノ公爵の手を握り返した。


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