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第百三十一話 プレイヤーたちの恐怖

「ひっ、ひやあぁぁ!」


 受付をしていたギルド職員は、階段を三段飛ばしで駆け上がった。


 アクロシア王都の冒険者ギルドは、大陸各地にあるギルド支部において最も多くの冒険者が出入りし、多くの依頼が集まり、その分働くギルド職員の数も多くなる。


 特にここ最近は、他の支部からの応援を呼んでも間に合わないくらいに忙しい状況が続いていた。


 だからそのギルド職員も応援として近くの街の冒険者ギルドから派遣されて、アクロシア王都のギルドの受付に座っていた。受付をしながら書類仕事も任せられるという集中力が散漫になる環境で、ブツブツと文句を言いながらだ。


 容姿が整っているアバターを使っているギルド職員は、依頼者や冒険者から何かと声を掛けられる。そのことに優越感を覚えて、アクロシア王都も悪くないなんて思い始めていた。何年も前のことでもアクロシア王都の街並みは覚えているもので、地理にも困ることはない。このまま引っ越すのも有りかも知れない。


 そんな淡い希望を打ち砕く者が現れた。


 銀の髪に、金と銀のヘテロクロミア。ここまで美形にして中二病全開のアバターを使う者がいるなんて、気は確かかと問い掛けたくなる容姿。


 確認するまでもなく、そのギルド職員と同じVRMMOファーアースオンラインのプレイヤーだった。金色の毛並みの狐人族を連れたプレイヤーが、冒険者ギルドへ入って来る。


 ギルド職員は受付でそれとなく聞いた貴族の話を思い出す。天空の大地を呼び寄せたプレイヤーの容姿、そして狐人族。


 間違いなかった。


 天空のプレイヤーが、ギルド職員を殺しに来たのだ。


 ギルド職員は椅子を蹴って受付から一目散に逃げ出した。裏方に引っ込んで、それだけでは安心できず、見つけた女子更衣室に入り、その柱の陰で蹲って全身を震わせる。


「み、みみ、みんな、来た。殺しに、来た。私を殺しに来たっ」


 チームチャットを開いて、大声を上げないように細心の注意を払いつつ、チームメンバーたちに危機的状況を知らせる。


『も、もう!? そんな!』

『今どこに居る!? 何とか逃げ出せないのか!?』

「あ、アクロシア王都の、ギルドよ」

『ギルドって冒険者ギルド? なんでそんな場所に現れたんだ』

「私を殺すためよ! 目が合ったのっ。お前を殺すって目だった。もう、なんで、どうしてよっ」


 チームメンバーたちはギルド職員に何とかする案を口にしているものの、誰一人として助けに行くとは言わなかった。助けになど来られるはずがないからだ。


 蟻が二匹か三匹増えたところで、象に勝てるはずがない。まとめて踏み潰されて終わりだ。


「いやっ、誰か、助けてっ」

『ちょっと良いだろうか?』


 チームメンバーの中で数少ない女性から声を掛けられた。ギルド職員も同じ女性として仲良くしていた、エルフのアバターのプレイヤーだ。


『冒険者をやっている珍しいエルフから聞いた話なのだが』

「何!? 弱点があるとか!?」

『いや、モンスターじゃないんだから、そんなものはないだろう』

「だったら何!?」

『天空のプレイヤーは、普通に冒険者をやっているらしい。だから、ただ仕事をしに来ただけじゃないか?』


 チームチャットが沈黙に包まれる。ギルド職員も何を言われたのか分からなくて、震えるのも忘れて考えてみた。


 そしてよくよく考えてみたらAGIに絶望的な差があるので、追い掛けられたら逃げられるはずがない。なのに誰かがギルド職員を追ってくる気配がない。


 そして冒険者ギルドの中は騒がしいけれど、その騒がしさに異常なところはまったくない。日常の風景の一コマだった。


 ギルド職員は柱の陰から這い出して、女子更衣室を見回してみる。少々物が散乱していて、男性には見せられない光景が広がっているものの、やはりいつものそれだった。


 女子更衣室の扉を慎重に開き、廊下を窺ってみる。忙しそうに歩き回る職員たちの姿があり、女子更衣室から廊下を覗き込んでいるギルド職員に対して怪訝な視線を向けていたが、誰もそれ以上に構うことはなかった。


 ギルド職員がそそくさと受付に戻ると、別の職員が代わりを受付を務めていた。


「あの、ごめんなさい」

「ああ、いいのいいの。逃げ出しちゃう気持ちも分かるから。何せ魔王アルティマ・ワンを連れてる冒険者だからね」

「ま、魔王? いえ、それより、その人は?」

「ガルバロス様が対応して、他の冒険者と一緒に出掛けて行ったよ」


 別の職員は笑って許してくれて、天空のプレイヤーが既に居ないという情報と合わせて、一気に力が抜けた。


 ギルド職員は礼を言って、自分の受付業務へ戻る。その間、チームチャットを開きつつ、チームメンバーに無事だった旨を告げた。チームチャットには安堵や無事を喜ぶ声に溢れて、目尻が熱くなる。


 それでもアクロシア王都は危険だと言う雰囲気が流れていて、何人かは今日にでも王都を立つと決めていた。


「ねえ、空の大陸を操れるようなプレイヤーが、なんで冒険者の仕事なんかしてるの?」

『さあ。私も聞いてみたが、要領を得ない回答だった』

「その冒険者のエルフって何て名前? 私が直接聞く」

『エルミア。アクロシアの冒険者ギルド所属のエルミアだよ』


 その名前を聞いた時、丁度冒険者ギルドの入り口からエルフの少女が入って来る姿が見えた。


 ギルド職員は急いで受付から立ち上がり、エルフの少女へ話し掛ける。また仕事を放ってしまわないよう、エルフの少女を受付まで引っ張って話を聞いた。職権乱用だったが、ギルド職員にとっては命が懸かっている。


 そして知ることになった。天空のプレイヤーは異世界に来て奴隷を買い漁り、王女を手籠めにし、今度はエルフたちを毒牙にかけようとしている、悪魔のような男であることを。


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― 新着の感想 ―
[一言] つくづくエルミアろくなことしないね
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