第百三十話 祈りの結果
カイルたちが横一列に並び、手を合わせて祈りを捧げている。信仰心エネルギーの一人ずつでのテストは行ったので、今度はカイルたち全員で一斉にやったらどうなるかをテストしているのだ。手を合わせているのは、聖職者であるフィーナの真似をしているようだ。
その様子をキュウはフォルティシモの顔色を窺いながら、ラナリアは興味深そうに、エンシェントやセフェールは何かを分析するように、アルティマとダアトは離れた場所でお菓子を摘まみながら見ていた。
「もういいぞ」
「冒険者として色んな依頼をやる覚悟はしてきたけど、こんな依頼をこなすことになるとは夢にも思わなかったな」
「もし同じような依頼をする奴が居たら教えてくれ。謝礼は出す」
「居ないとは思うが覚えておくな」
信仰心エネルギーについて、大まかなことが分かって来た。
このエネルギーは、フォルティシモの領域内でフォルティシモのことを想うことで回復する。回復量は人と行動によって異なり、フォルティシモへの関心の強弱によって上下すると考えられた。
かなり真剣に取り組んでくれたシャルロットは、あくまでラナリアへの忠誠のためにフォルティシモの言葉に従っているため、回復量は安定していたが多いとは言えなかった。
対して、サリスとノーラは祈りの最中に別のことを考えるためか、回復量が多かったり少なかったり安定しない。
優秀なのがフィーナで、他の者の何倍もの量を安定して回復させていた。
意外だったのはカイルだ。最初の数分の回復量が圧倒的で、平均値を考えるとトップだ。
全員一斉に祈って貰ったところ、一人一人の回復量に個別だった時との差異はないようだった。誰がどの程度の回復量かも理解することができる。
フォルティシモは頭の中で、ローカルデータをVR空間にコピーする時のアップロード転送量を思い浮かべた。フィーナは帯域幅が大きく回線も安定、カイルは帯域幅は大きいが回線が不安定。
何でもVR空間を基準に考える自分に少しだけおかしくなった。
今更だがデニスとエイダから感じられる回復量も興味深い。他のメンバーに比べると回復量はかなり少なく、およそ十分の一以下と言ったところだろう。時間が長くなればなるほど差異は開いていく。
「いかがでしょうか?」
ラナリアは結果が気になるようで、誰よりも先に問い掛けてきた。
「良い結果が得られた」
「それは幸いです」
「詳細は夕食の後に説明する」
「はい。お待ちしております」
その後、約束通りカイルたちにパワーレベリングを行うことにした。
これはパワーレベリングを行うことによって、フォルティシモへの関心度が高まることを期待すると共に、今後はエルフや冒険者たちに同様の作業を行う可能性を考慮し、そのための練習を兼ねている。
【拠点】を誰でも出入り自由の設定にするつもりはなかったので、夕食は森に建てたロッジのところでバーベキューを行うことにした。料理担当は当然つうであり、キャロルがどこからか手に入れてきた大量の肉を焼いている。
フォルティシモの従者たちも全員が合流していて、何人かはカイルたちと交流をしていた。カイルたちからは、やはり以前からの知り合いであるエンシェントとセフェールの評判が良いようだ。
アルティマが櫓を組んでキャンプファイヤーを始めた辺りで、フォルティシモは付いていけなくなり端の方で座っている。お祭りでもなく目的もなく騒ぐのは苦手だ。
とは言え、こうして友人たちと集まってバーベキューをするなんて初めての経験だったので悪い気分ではない。
「フォルティシモさん」
食事を済ませたフォルティシモが情報ウィンドウを立ち上げて、ピアノから送られて来たエルフの状況が書かれたメールを読んでいると、ノーラから声を掛けられた。
「何か用か?」
レベリングを手伝い、美味しい食事を振る舞ったことで、カイルたちから得られる信仰心エネルギーが多くなったことは確認している。その中でもノーラの増加量が目覚ましい。
顔を上げてノーラの表情を確認すると、どこか思い詰めたような表情をしている。聞いてるだけで気分が重くなる話をされそうだった。
「少し聞きたいことがあって」
ノーラが首を動かして別の方向を見た。フォルティシモも釣られて同じ方向へ視線を動かす。そこにはキャンプファイヤーの前でラナリアと踊っているキュウが居て、ラナリアに交代を命令するべきだろうか迷った。しかしフォルティシモにダンスなどできるはずもなく、やむなく諦めるしかない。
「キュウさんは、特別だから強くなれたんですか?」
「キュウは今育ててる最中であってまだ弱い。まあ、特別ってか才能があるかって意味ならあるだろうな。何より可愛いし控え目でいじらしいし、尻尾の手触りが最高だし」
「後半は趣味ですか? フォルティシモさんも男ですね」
「性別くらい見れば分かるだろ」
「そういう意味ではないんですが」
フォルティシモがファーアースオンライン時代によく向けられたどうしようもない男を蔑む眼を、久しぶりに向けられた気がする。従者を見目麗しい女性のみで作り、しかも全員がフォルティシモのことが好きである性格設定。今更どんな眼で見られようとも痛くも痒くもない。
「フォルティシモさん」
「なんだ」
「私に魔術を教えてください」
ノーラの真剣な瞳に対して、フォルティシモは何も答えない。彼女が何を思ってそれを言い出したのか、それが分からなかった。
フォルティシモが黙っていると、ノーラはその沈黙を拒否と受け取ったのか、更に険しい顔になる。
「………なら、私をパーティに入れてください。荷物持ちでも雑用でもどんなことでもします」
この異世界で生きる者にとって、その言葉は下手な過去を打ち明けられること以上に重い言葉だと思う。ノーラのような若い女の子が男に付いていくということ、命の危険が大きい世界で遙か格上の冒険者に付いていくこと、そして命を預け合った今のパーティを抜けるということ。
「お前が重そうだから断る」
「それは、どういう意味ですか?」
「大した意味じゃない。楽しくなければパーティは組まない」
生きることに必死な異世界の住人に対して、楽しくパーティを組もうというのが酷であることも理解している。魔術が使えるようになって何をしたいのかは知らないが、こんな重そうな雰囲気だと、こちらの空気まで重くなりそうで遠慮したい。
今思うと、ラナリアはほんのわずかなやりとりだけで、フォルティシモの嗜好を把握したのかも知れない。だからいきなり処女だの子供が欲しいだの、空気を軽くするために変なことを言い出したのだ。フォルティシモに「このノリなら良いか」と思わせるために。
そのラナリアはどさくさに紛れてキュウの尻尾とアルティマの尻尾の触り比べをしていた。それはフォルティシモでさえ、比べられる二人の気持ちを考えてやっていない行為だ。
本気で、心の底から、羨ましい。
羨ましいけれども、フォルティシモがやるのとラナリアがやるのでは意味が違うのだと心を落ち着ける。けど、あとでラナリアには感想を聞いてみようと思う。
「楽しくですか?」
「仲間になるなら、笑い合えないと嫌じゃないか?」
ノーラがもう少し軽い雰囲気で言って来てくれたなら、「俺の奴隷になれば魔術が使えるようになるぜ?」くらいは言った。それらは承諾されるとしても拒否されるとしても、弱みに付け込むような状況ではなく、お互いが望んでその形にしたい。
ちなみにキュウについては全力で目を背けた。あの時のフォルティシモは、己自身が重い雰囲気だった自覚がある。
「一度、友達と相談してみろ。あとギルドマスターにもな」
「絶対に反対されます」
「だろうな。まともな友達や親なら反対する」
「今」
ノーラがフォルティシモの口許を指差す。フォルティシモの口許は、ギルドマスターの顔を思い出して緩んでいる。
「今、笑いました」
「………笑ってない」
「笑いました」
「苦笑だ」
フォルティシモが笑ったことを認めると、ノーラは頭を下げた。
「すいません、今の話は忘れてください」




