第十三話 最強出撃
洗濯物を抱えたキュウを見ながら、フォルティシモは兼ねてからモフってみたかった尻尾を触るべきか迷った。キュウが自分のお金で買った物の中には尻尾を梳くためのブラシが入っていて、時間のある時は手入れをしているので尻尾を大事にしているのは見て取れた。黄金の毛並みは見るからにフサフサしていて、触り心地はさぞ良いに違いない。そして漫画などでよくあるように尻尾が弱点で、顔を真っ赤にしたあられもない声を聞ける可能性もある。
「ご主人様?」
視線に気付かれた。なかなかやる。
「キュウ、今日はレベリングはしないから、別れて買い物をしよう。俺は馬車を見てくる。キュウは【料理】を上げるために必要な物を揃えてくるんだ」
インベントリから金を取り出し、精製しておいた袋に入れて渡そうとする。
「足りなかったから言え」
「わ、私が覚えたいと言ったので、仕事で頂いたお金を使います!」
「野営の食事が不味いと言ったのは俺だ」
「ですが」
フォルティシモは洗濯物の上に袋ごと置いた。キュウは両手で洗濯物を抱えているので抵抗できない。
「なら器具はこれで買え。料理の練習用の食材はキュウが選んでキュウの金で買う、ということにしよう」
「ありがとう、ございます」
そう言ったことには理由がある。【料理】スキルに限らず、生産系スキルには失敗がつきものだ。
キュウも最初は失敗を繰り返すことだろう。そうなった際に、もしフォルティシモが金を出した食材だったら、キュウは萎縮してしまう。けれども自分で買った食材であれば、失敗してもフォルティシモに気を遣う必要はなくなるはずだ。我ながら自分の閃きに満足する。
「馬車の希望はあるか?」
「ご主人様の希望が私の希望です」
我儘な女は嫌いだが、キュウはもう少しくらい希望を言ってくれると嬉しい。
「ま、出来るだけ良いの探してみよう」
ファーアースオンラインの知識であれば、馬車は従魔システムに該当する。従魔システムは動物やモンスターに命令できるシステムであり、【隷従】と呼ばれるスキルを用いて捕獲したモンスターを使う。従者システムとの違いは、専用の【騎乗】スキルや移動力補正、最大の利点としていつでも目の前に呼び出すことができるというものがある。
逆に従者と違い、装備やスキルを上げることができないので総合的な戦闘力では低く、主人へのステータス補正もないし、主人が行動していない時やログアウト時にも行動するような仕様はない。
フォルティシモはゲームで最後に設定した従魔を、自由に呼び出すことができることは確認した。しかしながらこの従魔はしゃべったりしない上、使うと目立つので今は使わないことにしている。
馬車の善し悪しを判断するにも、まずは知識が必要だと思い、馬車を扱っている店へと足を運んだ。店に併設するように動物小屋が設置してあるようだが、中を見ても馬やそれに類する動物は一頭も居ない。営業していないのかも知れないと不安になりがら、店へ入ると日焼けをした筋骨隆々な男がフォルティシモを出迎えた。
「いらっしゃい」
フォルティシモは外見に恐れを感じるような性格ではないので、むしろ違和感のない男で安心した。
「馬車を見たかったんだが」
「セットでお求めかい? 悪いんだが、今は車はあるが、引くのが居なくてな」
「そこの小屋を見てそう思った。売れ行きがいいみたいだな」
フォルティシモは馬車を買うよりも馬車の価値を知りたかっただけなので、買える馬車がないのは好都合と言える。
「まあな。セットが欲しいなら予約になるが、どうする?」
「この店の売りはあるのか?」
「ああ、うち以上に良質の荷車を扱っている店はないぞ?」
フォルティシモも、馬車の購入検討をする以前から冒険の必需品として前評判くらいは確認している。その中でも、この店の馬車が良いと言われたので見に来たのだ。
まあ評判というのは、ギルド職員と何かと話す機会のあるカイルという冒険者からの情報でしかないし、彼自身はまだ馬車を購入できるような稼ぎがないらしいが。
店の男は営業トークと思われるものを始めるが、フォルティシモの頭にはほとんど入って来なかった。車輪の手入れや耐久性は考えるのも面倒だし、揺れに関しては想像するだけで気持ち悪くなりそうだったし、馬の速度は驚くほど遅かった。車のメンテナンスが面倒そうなので、知識のある奴隷を買うか魔法的な何かで解決したいと思う。
「まあ、よく分かった。で、なんで馬がないんだ?」
「そりゃあ、お前、サン・アクロ山脈の砦に物資を運ぶために、お上様に借り出されちまったんだよ」
「サン・アクロ山脈の砦?」
サン・アクロ山脈はダンジョンとして知っている。その情報を思い出してみても、あのダンジョンに砦なんか無かったはずだ。件の開発者のせいで、やたら広いマップでモンスター狩りに向かない場所だったが、後のバージョンアップでモンスターの発生頻度が高く設定されたため、全滅率は高くてもレベリング用の狩場としては悪くない。
「聞いてないのか? すげぇ数の魔物が発生したって話で、ギルドにも依頼が行ってるらいぞ」
聞きたかったこととは違ったものの、話題になった大量のモンスター発生は気になる。話ぶりからするとモンスターの発生頻度が急に高くなったらしい。
「知らなかった。今からギルドへ行ってみるから、悪いが馬車に関してはまた後日教えてくれ」
「あいよ。こっちもそれまでは馬を用意しておくぜ」
これが緊急クエストやイベントの類であれば、乗り遅れるわけにはいかない。既に物資運搬のための馬車が売れてしまっていることから後れはとっているのだ。それでも昨日の報告時点で依頼が来ていなかったことから、まだ間に合うはずだ。店から出て急ぎ足でギルドへ向かう。
ギルドでは職員や冒険者が忙しなく動いていた。
「Bランク以上の冒険者は討伐部隊へ参加をお願いします!」
「ポーションをかき集めろ!」
「サン・アクロ山脈の魔物情報を配布しています! 必ず確認を!」
「D以下の冒険者は砦への物資輸送を請け負ってください!」
「相手はエルフ共なんだろ!?」
「報酬に関しては後ほど決定されます!」
これでは悠長に話を聞くことはできそうもない。どうするか考えていると、肩を掴まれた。こんなことをするのは初日にフォルティシモに声を掛けて来たカイルという青年冒険者だろうと、気安い調子で振り向く。
「忙しそうだ………な?」
「フォルティシモだったな」
カイルではなく、この冒険者ギルドのギルドマスターが立っていた。この状況では最も忙しい人物の一人だろう。
「すいません、知り合いかと思い」
人違いをしたことを素直に謝罪する。
「そんなことはいい。ちょっとこっちへ来い」
厳しい口調だったので、フォルティシモは何も言わず首肯した。恐怖を感じたのではなく、頭の中でアクロシアから逃げ出す算段を立てていたので真剣に話を聞こうとしたのだ。
以前にも案内された応接室へ連れられると、ギルドマスターは座ることもせずに声を掛けてきた。
「エルフには魔物を操る力があるのか?」
それだけで連れられた理由は分かった。サン・アクロ山脈の砦がモンスターを使ったエルディン軍に攻められているのだろう。
「魔物を大量発生させて砦を襲わせる能力があるのかどうか、という意味なら、少なくとも俺は知りません」
「本当か?」
「マズイ状況なのですか?」
ギルドマスターの渋い顔が言葉以上に状況を物語っている。
フォルティシモは今の内に逃げ出すかどうかを考える。今更サン・アクロ山脈のモンスターに、自分が敗北するとは考えていない。それどころか範囲を拡大した攻撃スキルを連発すれば、あっという間に殲滅できる可能性が高い。だからフォルティシモが心配しているのは、このまま戦争に雪崩れ込むことだ。
その前に奴隷商のところへ行って、良さそうな奴隷を購入する。しばらくはキュウだけで良いと思っていたが、買えなくなって後で後悔したくない。
「………なぁフォルティシモ、互いに腹を割って話さないか?」
それはギルドマスターが言って良い言葉とは思えない。ギルドが慌てているとは言え、市民に避難勧告が出されるような事態ではないし、時間は掛かるが討伐できるものと判断されているはずだった。しかし、ギルドマスターは言葉にそれ以上の意味を持たせているように感じる。
「そう言われても、本当に知らないので」
もしも自在にモンスターを大量発生させられる力なんかあれば、フォルティシモは嬉々として使いまくっていたはずだ。大量発生させてからの範囲スキルで一掃した時の経験値効率は言うまでもない。
「そこを疑ってるわけじゃない。お前がお前のパーティの少女に向ける目を見れば、悪人でないことも分かってるつもりだ」
自分はキュウを変な目で見ていただろうか。最初は見た目が最高に好みだったが、最近は性格も良いと思っている。そして、あの尻尾だ。モフりたい。変な目で見ていないと胸を張れる自信がなかった。
「未知の魔術でデモンスパイダーを爆殺したらしいな?」
フォルティシモは舌打ちしたい衝動にかられた。昨夜寝落ちしてしまったので、キュウにスキルについての常識を尋ねるのを忘れていた。すぐに必要になることでもないので、後でいいだろうと優先順位を下げていたのが災いした。
会話の中で、この世界のスキルについて推察するしかない。
「冒険者のスキルについて尋ねるのは、マナー違反だと聞きましたが?」
「マナー違反? ああ、まあ低ランクの奴に尋ねるのはそうだ。だから俺もギルドの長としては、お前について尋ねない。しかし国民として知らなければならないことはある」
何故ここまで食い下がるのだろうか考えて見る。いくら大量発生したからと言って、一介の冒険者を追及している暇があったら、まだこの騒ぎに気付いていない多くの冒険者を集めて討伐に向かわせた方が建設的に思える。
「少なくとも、エルフは未知の魔術を使えると考えていいのか?」
「分かりません。すいませんが、俺は腹芸のようなものは苦手です。腹を割るというのなら、分かりやすく教えて貰えますか?」
本音を言えば苦手だと公言するほどではないが、先ほどからギルドマスターは核心部分をぼかしすぎていて、何を言いたいのか理解できない。
「………機密だの言っている場合ではないか」
ギルドマスターは意を決したように話す。
「砦はあと半日も保たない」
「は?」
「エルディン軍の領土侵犯が確認された後、王都から部隊が派遣された。その後、魔物の大軍を確認。砦を使った防衛戦を開始したが、直後にエルディン軍から未知の魔術が放たれ砦は半壊。王都からの部隊が交戦しているが、エルディン軍と魔物双方を相手取り、劣勢を強いられている。もう一度、同じ魔術が放たれれば、仮に防衛が成功したとしても砦は全壊するだろう」
よし逃げようと決心した時、ギルドマスターの続く言葉が浮かせようとした腰を止めた。
「だから未知の魔術への対抗策を知りたい。既存の魔術に類似するものが一切ない。巨大な光球が現れ、砦の壁を粉砕したらしい。心当たりはないか?」
そんなスキルに心当たりなどあるはずがない。
これはファーアースオンラインのアクティブスキル仕様に由来する。ファーアースオンラインのアクティブスキルは【炎魔術】【氷魔術】など大枠にレベルが設定されており、使い込みによってレベルが上昇する。
アクティブスキルの使い方は、まず誰でも手軽にすぐ使える【デフォルト設定】がある。【炎魔術】であれば「ファイヤーボール」や「ファイヤーストーム」などが、最初から音声ショートカットに当てはめられており、レベルが上がれば種類が増えていく。
それだけでは使い勝手が悪く威力もないので、多くの場合は【アドバンス設定】をおこなうことになる。例をあげると、【炎魔術】デフォルト設定の「ファイヤーボール」を強化する場合、サイズ上昇、詠唱短縮、速度上昇、個数増加のように好きな箇所を強化した設定に割り振れる。
それでも満足できないプレイヤー向けに【コード設定】が存在する。これは専用のスクリプト言語でスキルを設定できるもので、自由度の幅は段違いだが難易度は次元が違う。ほとんどのプレイヤーは掲示板などで誰かが作ったスクリプトをコピーアンドペーストして使っている程度だろう。この【コード設定】がフォルティシモがデモンスパイダーを爆殺した未知の魔法の正体である。
数は【デフォルト設定】のスキルは数千、【アドバンス設定】の組み合わせは膨大、【コード設定】については無限と言って過言ではない。
「俺には分からないです」
「そうか」
【デフォルト設定】に心当たりはない。つまり、【コード設定】されたオリジナルスキル。フォルティシモと同じく情報ウィンドウを使ったのか、別の方法か。
「ですが」
前者ならばファーアースオンラインのプレイヤーだ。
「その魔術を使った奴に、用事ができました」
そいつが使った魔術について何か分かったら、包み隠さずにギルドマスターに教える約束をしてからギルドを出た。
宿へ戻ると、キュウがちょうど調理器具を鞄から取り出すところだった。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
すぐに立ち上がってお辞儀をする。
「ギルドの依頼でサン・アクロ山脈の砦まで行ってくる」
「買い物の際、魔物が大量に発生しているという話を聞きました」
「それもあるがメインはそっちじゃない」
「では、どのような準備をすればよろしいでしょうか?」
「キュウは留守番していてくれ。サン・アクロ山脈はキュウのレベルだと厳しい」
キュウの表情が見るからに歪んだ。悲しそうな顔をされると発言を撤回して連れて行きたくなるが、キュウのレベルだと危険なのは間違いないので我慢する。
「すぐに帰ってくるつもりだが、間に合わなければ食事は自分でしてくれ」
「………はい」
「所持金は大丈夫か? 足りないなら渡しておくが」
「問題ありません」
そんなに留守番が嫌なのか、キュウは目に見えて意気消沈している。
「あの」
「どうした?」
「戻って来て、頂けますか?」
キュウの言葉に一瞬呆けてしまうが、すぐに顔を引き締める。
「………キュウ、置いて行かれるとでも思ったのか?」
キュウは何も言わないが、表情から分かるというものだ。
「あのなキュウ、俺は独占欲が強いし、身も心もキュウが欲しい」
「あ、え、あ!?」
正直言って、キュウが主従関係抜きにしてOKであればキュウを抱きたい。キュウと一緒に住むようになってから、キュウに隠れて処理するのもなかなか大変だ。自己分析によると、愛情ではなく純度百パーセントの欲情なので、フォルティシモもキュウに強制することはない。
「私はご主人様のものです。ですので、ご主人様の望みが私の望みです」
「じゃあ、留守番しててくれ」
「はい。………あれ?」
キュウがゲームのキャラクターであれば、欲望ままに抱いたと思う。けれど、彼女はフォルティシモのために役に立とうと必死に色々と努力をしている一人の人間で、フォルティシモに出来た久しぶりの仲間だ。もちろんリアルも含めて。
「遊びに行ってもいいが、暗くなる前に宿へ戻れよ」
フォルティシモは街を出ると、バテない程度に駆けだした。この速度は、普段キュウがレベリングの際に走っている数倍に相当しており、キュウを留守番させたもう一つの理由でもある。
砦には行ったことがないものの、どの辺りにあるかはギルドマスターから聞いているし、近づくと剣戟や魔術、怒号が聞こえて来たので迷うことはなかった。
ギルドマスターの言っていた通り、まるでイベント会場のようにモンスターの大軍が押し寄せて来ており、崩れた外壁から砦内部へ侵入していた。それを騎士たちが追い返そうと躍起になっているが、騎士たちは死体なのか動けないのか倒れ伏している者も多い。この異世界で討伐したモンスターは、ゲームと同じように消えてなくなるので、まるで騎士たちが一方的に倒されているかのうような光景だ。
「さて」
未知の魔術によって砦を破壊した者の姿は、アクロシアの騎士たちは確認していないらしいので、フォルティシモが来たところで誰が犯人なのか分からない。そもそも騎士たちが交戦しているのはモンスターであって、エルディン軍のエルフの姿はどこにも見当たらない。
そのくらいのことはフォルティシモにも分かっているので、犯人が黙っていられなくなる方法を取ることにした。
「閃光・分解」