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第百二十七話 祈りの依頼 カイルへの依頼

 すぐに終わる納品系の依頼がないかどうか確認しながら、ピアノや従者たちへ音声チャットでギルドマスターは忙しくて駄目だった旨を伝える。


『シャルロットは問題ありませんが、ケリー=ネッドは出払っているようです。呼び戻すことはできますが』

「そこまでしなくて良い」


 口はそう言いつつ、カイルたちが見つからなかったらシャルロット一人となってしまい、少しばかり困ることになりそうだと思っていた。しかしそれは直後に掛けられた声で杞憂となる。


「フォルティシモ!? お前、ふゆ、あー、あそこに帰ったんじゃなかったのか?」

「カイルか。ちょうど良かったお前を探してた」


 以前出会った時は、見るからに初心者装備に低レベル丸出しな感じだったが、今は異世界のアクロシアの中ではそこそこ上等な装備に身を包み、まるで高ランクの冒険者のように周囲の冒険者の注目を集めていた。


 フォルティシモはキュウとカイルを連れて、応接室へ戻っていく。カイルが「勝手に使って良いのか? いや、良いんだよな? フォルティシモなら良いよな?」と言っていた。


 カイルがかなり緊張した様子で椅子に座り、部屋の中を挙動不審で見回している姿に若干の不可解さを感じながらも、フォルティシモは自分の用件を切り出した。


「この間の借りを返してくれ」

「いきなりだな。いいぜ。俺だけなら命を賭けても良い」


 カイルは真面目な表情で返答した。


「命の危険はないし、万が一死んでもセフェに蘇生させるから安心しろ」

「そういや、セフェールさんってお前の仲間なんだったな。だけど、何をするんだ? お前たちのお陰で俺のパーティのレベルはかなり上がってるけど、お前たちを助けられるレベルじゃないぞ?」

「お前の仲間の二人」

「二人? ああ、デニスとエイダか?」

「そうその二人だ。変な依頼でも疑問を挟まずに全うできるタイプか?」


 フォルティシモの質問に、カイルは考えながら答える。


「普段はそうじゃない。けど、お前からの依頼なら話は別だ。助けてくれたってことも薄々は感じてるし、あの魔法道具をくれたことも『浮遊大陸』のことも知ってるから、お前の依頼だったら多少理解できない依頼でも全力を尽くしてくれる」


 フォルティシモは理解を示したように頷いたが、何のことを言っているのかまるで分からなかった。


「あと、聞いてるかも知れないが、サリス、フィーナ、ノーラって三人の女の子も、お前のことが縁で今はパーティを組んでる。お前が命の恩人だって言ってたし。彼女たちはお前の依頼だって聞いたら、間違いなく受けようって言うはずだ」


 一気に六人。シャルロットと合わせて七人。


「それで変な依頼ってなんだ?」

「一言で言うと、俺を崇め奉って欲しいんだが」


「………………………本当に変な依頼だな。けど、まあ、そんくらいなら、って、意外と難しいな。お前の言い方だと、本気で神様に祈るみたいにしないと駄目なんだよな?」

「おそらくな」

「おそらくって、お前の依頼だろ。いや、借りもあるし、全力は尽くす。尽くすが、ちょっとできるかどうかの判断ができない。すまない、達成できなかった場合の違約について聞きたい。パーティのリーダーとしてだ」

「とりあえずは、俺からは違約とか言うつもりはない。この依頼は知り合いだから頼むものだ。できなかったら「できなかった」と言ってくれるだけでも良い。あとは依頼内容に関わることは他言無用というのは前提だな」


 秘密厳守というのは冒険者にとって珍しくなく、それは確約してくれた。あとはパーティメンバーを呼んでくるからと、二時間後にギルドで待ち合わせをする。




 ちなみに応接室は冒険者が勝手に使って良い場所ではなかったらしく、やんわりと注意を受けた。ただカイルと待ち合わせしてしまったのが先ほどの応接室だったため、もう一度使わせて欲しいと頼むと、ギルドマスターが大きな反応を見せた。


「さっきの依頼、カイルのパーティに発注すんのか!? いや、そうだな。お前の知り合いが条件ってなら、依頼すんのに最適なのはカイルのパーティだ」


 ギルドマスターは周囲を確認して、フォルティシモに近付いてくれと言うように手招きする。そして小声で告げた。


「あのパーティには俺の子供が一緒に居る」

「………………子供?」

「そうだ。だが特別扱いをしたことはないし、あの子もギルドマスターとしての俺に頼みをしたことはない」

「まさかフィーナか?」


 ギルドマスターの頭から爪先までをよく観察して、その特徴を見分けようとする。


「フィーナってのは、俺の子の友達の、ちょっと複雑な事情の子だな?」

「複雑? いやとにかくお前の子供の名前を言え」

「ノーラだ」


 フォルティシモが異世界に来て初めて出会った冒険者三人の中の【マジシャン】の子だ。思えば彼女はフォルティシモのスキルを、即断で見たことのない魔術だと断定して図書館へ調べに行っていた。それは彼女がギルドマスターの子供であり、幼い頃から冒険者たちに興味を持っていたからこそ、気付けたのかも知れない。


 さらに言えば、初めてギルドを訪れた時に、ギルドマスターは低ランクの冒険者からの情報にも関わらず、フォルティシモを常識外れの存在と信じていた節がある。その情報が偽りではないと信じたのは、あのノーラという少女がギルドマスターの子供だったからと言われると納得できる。


「………あれがギルマスの子供? 本当か?」

「文句があんのか?」

「似てないぞ」


 ギルドマスターがフォルティシモを睨み付ける。フォルティシモは筋骨隆々のおっさんを見つめ返す。一つの感想が浮かんで来た。


「良かったな、似なくて」

「お前が恩人じゃなかったら殴ってるところだ。だが話を戻す。依頼について、俺も聞かせて欲しい。駄目か?」

「いいぞ」

「お前、軽すぎないか?」

「元々ギルマスにも話を持っていっただろ。俺は今後もギルマスに協力して欲しいと思ってた。だから他の奴らとは違って、俺が直接ギルマスの所へ出向いたぞ」

「お前………ラナリア様の話じゃ、人と話し合うのが苦手で誤解されやすいタイプだってのに。筋を通す奴じゃねぇかよ」


 ギルドマスターは良い笑顔をしながらフォルティシモの背中を叩く。




 広く作られているだろう応接室は、この日に限っては少々手狭な感じが否めない。フォルティシモはキュウ、エンシェント、セフェール、アルティマを連れていた。そこにカイル、デニス、エイダ、フィーナ、サリス、ノーラ。そしてギルドマスターまでが同席していたからだ。


 キュウとフィーナが仲良さそうに話している。キュウは照れ笑いなんか浮かべていた。フォルティシモや従者たちと話す時とはまた違った表情で、友達に見せる顔だ。


「フォルティシモ、お前からの依頼について仲間と話し合った」

「少し待て」

「待つのか? まあ、良いけど」


 フォルティシモの言葉に全員の注目がフォルティシモに集まった。もちろん、キュウとフィーナも。


「ご主人様、どういたし―――っ!?」


 キュウが口許を抑えた。カイルたちの前では、キュウはフォルティシモのことをリーダーと呼ぶように指示していたので、それを間違えてしまったのだ。


「キュウは俺のものだ。とりあえず、それは良いな?」

「まあ、お前が彼女とどんなプレイを楽しもうと、気にしないけどな」

「まあ、あの子も幸せそうだし、私たちが口出すことじゃないでしょ」

「まあ、誰がどう見てもあの子はこの人にやられてたから、今更だな」


 カイル、エイダ、デニスが、欠片も気にしていない様子で応じた。


「わ、私も分かってましたよ? キュウさんはフォルティシモさんとそういう関係だと」

「うわぁうわぁ、やっぱそうだったんだね」

「第一夫人はキュウで決まりだね」


 フィーナ、サリス、ノーラからも特別気にした様子はなかった。


「ち、違います! ご主人様に!」

「キュウ」

「はい」


 異世界で恥ずかしがることもないはずだが、何だかキュウを抑えてしまった。キュウは顔を真っ赤にして、耳はぴくぴくと動き、尻尾はふりふりと忙しなく動いている。尻尾を捕まえて撫でてやりたい気持ちを全力で我慢する。


「もう一度言うが、キュウは俺のものだ。依頼の前に言っておくが、キュウに色目を使ったら許さん」

「そんなことはしないって」


 カイルは苦笑をしながら、パーティメンバーの顔を見回して頷き合っていた。


「とにかく依頼についてだ。俺たちはお前の頼みなら全力を尽くす。だから何でも言ってくれ」

「そうか。カイルには伝えたはずだが、俺からの依頼は指定した場所と時間で、神に祈るように俺を崇め奉って貰うことだ」

「それから?」

「それから?」


 フォルティシモはカイルの言葉をオウム返しに聞き返した。


「他にあるんだろ? 王侯貴族にさえ内密にしなけれりゃいけないような何かが」


 カイルは覚悟をした瞳だ。その瞳からどのような依頼でもやりとげるという強い意志を感じる。カイルの仲間たちも真剣な表情で見守っている。しかしフォルティシモはそれ以上に望むことはない。


「………ないんだが」

「………本当にそれだけなのか?」

「ああ」

「本当に? この国を救った英雄で、史上最強の冒険者で、貴族たちさえ恐れる、天空の大陸を操るお前の依頼が、それだけ?」

「それだけ、だな」


 カイルの表情が固まっていた。カイルがなんで固まってしまったのか分からない。


「そうですねぇ。フォルさんはぁ、皆さんを信頼して任せようとしてるのですがぁ、引き受けて貰えませんかぁ?」


 セフェールの言葉にすぐさま反応がある。


「もちろん引き受ける。俺たちは最初から、お前の依頼ならどんな依頼だって受けるつもりで来た」

「そうね。正直、疑うなら自分の常識を疑う気になったし」

「噂の魔王さんと、セフェールさんとエンシェントさんに、背後に控えられちゃ何も言えないしな」

「私はフォルティシモさんへ恩を返します」

「フィーナじゃないけど、私も何かしたいと思ってたよ!」

「引き受けた依頼は投げ出さないし、それが恩人からの依頼なら必ず達成する」


 カイルたちが口々に出した言葉に安堵を覚え、具体的な内容や報酬についての話を進めていく。


 カイルたちの冒険者ランクに影響があるため、フォルティシモの依頼はギルドを通すことになり、多少の金銭も支払うことになった。もちろんカイルたちの装備も提供する。


 カイルたちはすぐにでも出立できる準備をしてくれていたので、ラナリアに向けて『浮遊大陸』へ行くのですぐにシャルロットを連れて来るように連絡した。


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