第百十二話 フォルティシモの決意
キュウの様子がおかしい。そう思った時、フォルティシモはマウロと戦っているのも忘れて、キュウのことで頭が一杯になった。
だからマウロが瞬間移動を使って消えるのを見過ごしていた。
それは本来なら致命的な隙となるはずだったのに、マウロは“キュウが何もない空間に振り下ろした剣”に斬られ、元々ゼロだったHPどころかその身体さえ失った。キュウに掛かったはずのマウロの返り血は、マウロの身体が光の粒子になると同時に消えていく。
「ご、主人、様?」
フォルティシモはキュウに駆け寄って、ぎゅっと抱き締めた。
「はふっ」
「すまない。俺のミスだ」
フォルティシモとマウロの実力差は明確だった。本気でやれば最初の打ち合いでマウロを殺せたはずだ。それをしなかったせいで、未知の力で対抗された上、キュウを狙われてしまった。
『浮遊大陸』と権能という力を手に入れて、従者たちを取り戻し、己が油断していたのだと怒りを感じる。
これではフォルティシモが望む最強と程遠い。
「違い、ます、そうでは、なく、てっ」
「大丈夫だ。話すのは後で良い。今は休むことだけを考えろ。セフェ、頼むぞ」
「………了解ですよぉ。詳しい話は後に回しましょうぉ。ただぁ、連れ帰るのはなしでぇ、フォルさんに同道させますよぉ。それが今のキュウにとってはぁ、一番の薬になりますからねぇ」
セフェールから予定通りに行動しろというアドバイスのメッセージを受け取った。正直に言えばキュウの心配でそんな気持ちにはなれない。しかしフォルティシモは彼女の言葉を信じている。それに人間関係の事柄であれば、コミュ障だと揶揄されるフォルティシモよりも、セフェールの見立てのが信憑性が高い。
フォルティシモは意識の大部分をキュウへ気をやりながら、ベッヘム公爵軍への対応をすることにした。
その後、ラナリアが公爵軍を全面降伏させ、フォルティシモたちはアクロシア王城の一室へ【転移】を使って戻る。多くの貴族たちは怯えてほとんど何も話さず、少数の者たちからは付け加えたようにフォルティシモの強さへの称賛が口にされた。
「フォルティシモ様のお力は充分に理解できたと思いますので、空のものを移動させて頂けないでしょうか?」
ラナリアの白い指先の、さらに上空にある物体『浮遊大陸』。
「ああ、あれな」
「民の動揺を抑えたいのです」
『浮遊大陸』が動き出すと、室内の貴族たちは何故か口許を抑えて涙目になりながら退出する者が続出した。
「恐怖を我慢していたから、安堵して気が抜けたのだろう」
その様子を眺めていたら、フォルティシモの背後に控えるエンシェントが教えてくれた。言われて考えて見れば、『浮遊大陸』がそのまま落ちて来たらアクロシア王都が壊滅してしまう。彼らからすればベッヘム公爵の反乱がどうでも良くなるほど、自分たちの頭の上の質量兵器が恐怖の対象だったのだ。
『浮遊大陸』をアクロシア王城の上空まで持って来て欲しいと言ったのはラナリアである。自分で呼んでおいて動揺を抑えたいとか、マッチポンプというのではないだろうか。
そのラナリアは父親であるアクロシア王と共に、周囲の将校たちへ何やら指示をしていた。
「待たせたな、天空の王。此度の助力、そして先日のエルディン侵攻の際の助力、深く感謝をしよう」
王様なので頭を下げたりはしないが、王が本気で感謝を述べていることは分かった。
「今後の関係のためにも、何か良い礼ができればと思うが」
「ならラナリアをくれ」
ラナリア本人とは色々と話をしているが、彼女も家族の同意があったほうが良いはずだ。他に欲しいものもなかったので、無難な要求をしたつもりだった。
フォルティシモは会議を早く終わらせたいのだ。だから無難な要求で終わらせようとしている。後で冷静になって考えてみれば、欠片も無難な要求ではなかったが。
「ふむ。本当にそれで良いのか?」
アクロシア王の言葉に会議室のざわめきは一際強くなった。
その後は会議がスムーズに進むことに満足を覚えながら、残りの交渉をラナリアとエンシェントに任せ、己はキュウをどうやって慰めようか頭を捻る。
アクセサリや服など即物的な物は遠慮されるだろうから、添い寝、マッサージなどの行為が良いか、トーラスブルスの夜景は嬉しそうにしていたので、ファーアースオンラインの絶景スポットへ旅行に行くのが良いかも知れない。
フォルティシモは会議の席に座りながら、セフェールに頭を撫でられているキュウをじっと見つめていた。
フォルティシモたちがアクロシア王城を後にする頃には、時刻はすっかり夕刻に差し掛かっていた。夜になる前に何人かは【拠点】へ帰還する予定である。
フォルティシモたちとアクロシア王国との今後のことは、また別に場を設けることになり、アクロシア上層部では話し合いが続いている。
ラナリアの護衛に強力な索敵能力を持つキャロルを付けようとしたところ、ラナリアがアルティマを希望したので、ラナリアはご満悦なアルティマを連れて、ベッヘム公爵への対応で紛糾する会議に参加していることだろう。
護衛能力や感知能力が低いアルティマを選んだことについては、エンシェントが「やるものだな」、セフェールが「早くも把握してきましたねぇ」と言っているので、良い人選らしい。
そのまま【拠点】へ戻っても良かったが、明後日を予定に準備をしているはずなので、わざわざ予定を崩すこともない。それにキュウの心情を考えると、新しい場所よりも慣れた場所のが休まるはずだ。
食事を済ませ宿に戻り、フォルティシモはキュウと向かい合って座る。少し休んで温かい夕食を食べたお陰か、彼女は顔色を取り戻していた。この時ばかりは他の従者には遠慮して貰い、二人きりである。
いざとなると何を言って良いか分からなくなってしまい、沈黙が続いてしまう。しばらくの間見つめ合っていると、ようやくキュウが口を開いた。
「ご主人様、昼間、知らない、その、よく分からない人に、話し掛けられました」
「あ、ああ」
キュウは彼女がマウロを倒すまでの経緯を語り出した。ログインしましたというシステム音声の後、女の子の声が聞こえて来て、それに操られるように剣を振るったことを。
「それで、その、【神殺し】というクラスを習得したって」
「【神殺し】?」
フォルティシモは情報ウィンドウからキュウの情報を確認する。
毎日確認しているキュウの能力値。そこに新しい項目が加わっていた。
神殺し Lv44
フォルティシモはしばらくの間、その文字を見たまま固まることを余儀なくされた。ファーアースオンラインには無いクラスなのは元より、神の名の付くクラスを最大まで上げるのが目的らしい神戯において、余りにもおかしなクラスだからだ。
「あ、あの、ご主人様、私は、まだご主人様のもの、でしょうか?」
フォルティシモの驚きに対するものなのか、キュウが不安そうな顔を見せていた。
「キュウは、変わらず俺のものだが、どうした?」
フォルティシモがそう言うと、キュウはほっと息を吐いたようだった。
「あの時、ご主人様以外の何かに、操られていたんじゃないかと、不安になって………」
「キュウは俺のものだ。絶対に。誰にも渡さない」
「あ、は、はひ」
キュウはぱたぱたと耳を動かしていたが、尻尾を撫でて欲しそうに差し出していた。
フォルティシモは遠慮なくキュウの隣に座り、思い切り抱き寄せて、差し出されたキュウの尻尾を撫でながら考える。
「しかし、その声、ピアノの言ってた少女神様か? だとしたら相当ヤバいな。戦闘になるのを考慮して準備をする必要がある」
「あ、あのっ」
「どうしたキュウ?」
「わ、わた、私は、ご主人様の、ものです!」
キュウは顔を真っ赤にしてフォルティシモの問い掛けに答えていた。そう言えば、二人きりの時にここまで接近したのは初めてだった気がする。このまま行くかどうか迷い、弱っている時につけ込むのは駄目だと自制した。
それにやらなければならないことがある。
キュウの話を聞いたフォルティシモは、ある決意を固めていた。少女神様を始めとして、遙か格上のヒヌマイトトンボたちを一瞬で皆殺しにしたマウロの力など、異世界ファーアースでは未知の仕様が多すぎる。
片手でキュウの尻尾を撫で回しながら、情報ウィンドウを起動してフレンドリストを開いた。
「ピアノ、聞こえるか?」
『ああ、私はまだ同じ場所に居るぞ。なんでお前、先に逃げ出すんだよ』
ピアノはアクロシアの王族や貴族たちが詰めている会議室にまだ居るらしい。
「俺が居ると萎縮して会議にならないって話だ」
ベッヘム公爵の罪状や刑については、アクロシア内のことなのでフォルティシモが口を出すものではない。可愛い女の子であれば助けようとも思うけれど、あんな油ぎった中年の男など死刑になっても構わない。
「そんなことより、ちょっと話があるんだが、時間取れないか?」
『デートの誘いか?』
「この時間からか。下心満載だな。真面目な話だ」
『ん。じゃあ、いいぞ。どこへ行けば良い?』




