第百十話 vs死神マウロ 後編
フォルティシモの目の前で少年はヒヌマイトトンボを刺し、刺したナイフを引き抜く。彼は返り血で染まりながら笑っていた。それはフォルティシモがブルスラの森に氷漬けにしたはずのマウロ、幼い少年の姿をしたプレイヤーだ。
フォルティシモは奇襲を受けた際の対応を反射的に行う。
「閃光」
【光魔術】でマウロを攻撃した。腕からビームのような光が一直線に出るだけのスキル設定だが、それだけに速く回避の難しいものだ。
それに対してマウロは、ヒヌマイトトンボを盾にして防ぐ。
「見え見えなんですよ。ワンパターンだなぁ。そんなもの僕には………え?」
マウロはヒヌマイトトンボを地面に捨ててフォルティシモへ対峙すると、いきなり動きを止めて目を丸くしていた。身体をわなわなと震わせて、フォルティシモだけを凝視している。
「は、ははは! なんてことだ! ああ、残念だなぁ! もうちょっと早く会いたかった! そうしたら、勝負になったのに!」
「お前、仲間を殺して何も思わないのか?」
「思ったからPKしたんですよ。下手な仲間って、邪魔じゃないですか? それで報酬が減ったり、何もしてない奴がレアドロ貰える権利があるのはおかしいと思いません?」
「ならソロでやれよ。そうじゃなくてだ。お前、殺したんだぞ」
「ええ、僕の【即死】、見てくれましたか? これであなたをPKしますよ!」
マウロは血の付いたナイフを自慢げに掲げて見せる。フォルティシモに見て欲しいらしい。
フォルティシモはマウロが新人冒険者を装って人殺しをしていたのを聞いている。シリアルキラーなのは覚悟していたが、ここまでの異常性を持っているとは思わなかった。
気分が悪くなって一歩下がる。マウロはそれを見て嘲笑を浮かべた。
「ここに居るってことは、あなたも神戯イベントに参加してるんですよね? 良いこと教えてあげますよ!」
マウロの姿が掻き消える。
「キュウとラナリアを守れ」
フォルティシモは対応が難しいだろう二人を守るように指示したが、その意味はなかった。
ざくりと言う音と悲鳴は、別の方向から聞こえた。ヒヌマイトトンボの仲間らしきサイボーグの少年の首が、地面に転がったのだ。まさか自分の仲間を更に攻撃するとは思わず、そちらへの警戒は怠っていた。
「こうするとですね。倒したプレイヤーが溜めていた経験値が漏れ出すんです! いっぱい経験値を溜めると、神クラスのレベルが上がるんです! 知ってました?」
「それは知らなかったな」
「僕もさっき知りました。女の子に教えて貰ったんです。可愛い子だったので、後で追い詰めてPKしてみたいですね」
マウロは己の情報ウィンドウを操作して、フォルティシモへ見せつけてきた。
「見て下さい。ヒヌマさんたちをPKして、またレベルが上がりましたよ!」
死神 Lv64
マウロがフォルティシモへ向けてナイフを投げた。情報ウィンドウをブラインドにして、フォルティシモへ投擲攻撃を仕掛けたのだ。だが甘い。フォルティシモにそんな小細工が通用するはずがない。
冷静に片手を振るってナイフをはたき落とした。地面に落ちたナイフから煙幕が吹き出す。ただの煙幕ではなく、毒霧のようだ。【魔王】には毒への完全耐性もあるので逃げる必要はないが、視界が塞がれるのを嫌って効果範囲から脱した。
その瞬間を狙ったように、マウロが接近してくる。
「主殿!」
「いいから二人を守ることだけに全力を注げ」
マウロのナイフに対し、フォルティシモは魔王剣をインベントリから引き抜いた。ナイフと魔王剣がぶつかり合い、ナイフが光の粒子になって消えた。マウロのナイフの耐久が一瞬にしてゼロになったのだ。
「なっ、今のは!?」
「この魔王剣と打ち合える武器は存在しない」
「そんなの、チートじゃないですか! 卑怯者! ああ! 冷めるなぁ! もっと実力で来て下さいよ! あの強さ、チートだったんですか!?」
「俺は敵がチートを使わない限り、こっちも使わない。それよりも、俺にとやかく言う権利はないんだろうが、一つ言わせてくれ」
「なんですか?」
イベントで協力していたプレイヤーたちを、報酬が良いと分かった瞬間に独占するため裏切って皆殺しにする。そこまで明確なマナー違反はしたことはないけれど、近い行為をしたことのあるフォルティシモに文句を言う権利はない。
それでも見ていて胸糞悪い行為はある。
「お前は色んな意味でムカつくから倒す。覚悟しろ」
「こっちの台詞ですよ! 苛立つんだよ!」
マウロの基本的な戦術は、瞬間移動からのスキル攻撃だった。ファーアースオンラインの頃からすれば、下策中の下策。せいぜい中層プレイヤーに通じる程度でしかない戦術だ。
瞬間移動をPvPに用いている時点で仕様の理解が足りていない。瞬間移動の主軸となる【転移】は、転移する先を設定する必要がある。戦闘中に細かい設定はしていられないから、大抵は視線の先何メートルだ。この時点で瞬間移動されても出現地点を予測が可能。そして瞬間移動直後は、防御貫通の上に確定で被クリティカルになるデメリットがあり、熟練プレイヤーからすれば良い的に過ぎない。
それでもフォルティシモに油断はない。フォルティシモの知識はあくまでファーアースオンラインの知識であり、異世界ファーアースとは異なる可能性がある。特に【死神】という新しいクラスのレベルを上げているマウロに対して、一切の油断をするつもりはなかった。
「そのチート武器を使うなよぉぉぉ!」
フォルティシモとマウロの何合目かの打ち合い。フォルティシモの廃神器魔王剣は、打ち合いの度にマウロの持つ武器の耐久値をゼロにして光の粒子へ変えていた。
「これは歴とした仕様内の武器だ。金と時間は掛かったが」
「そんなはずないだろ!」
マウロが吼えて、いくつかのスキルを使う。彼のスキルは状態異常やデバフを中心としたものが多いらしく、そのどれもが【魔王】クラスにとって完全耐性のあるものだ。
続いてマウロは課金アイテムを含めた様々な攻撃を使ってきた。だが、こと課金アイテムの攻撃に関して、フォルティシモを越える者など存在しない。すべてに完璧な対処をしてみせる。
「なんだよ、コレ! なんだよ、このクソゲー! もういい! もうやめる! もう飽きた! ああ! もうつまんねぇ! ふざけんな!」
マウロは己の設定したすべてのスキルを使い果たしたのか、ナイフを地面に叩き付けた。
「あれ? くそっ、バグかよ、ログアウトできねぇじゃねぇかよ! ほんとふざけんな!」
VR世代なんて言われて、現実の出来事や痛みを理解できないと断じられて久しい。そんな中でもマウロは特にそんな気配がする。
「あの、ログアウトしたいんですけど、どうしたら良いですか? もう良いです。僕、このゲームやめるんで」
「………リザインのコマンドがあるだろ」
フォルティシモが説明すると、マウロは満面の笑みを見せた。ヒヌマイトトンボたちを惨殺した返り血に塗れた顔に浮かぶのは、年相応の笑顔だ。
「ありがとうございます。実は、あなたの動画、何度も見たんですよ。スカッとしました。ファン、とまでは言わないですけどね。またアップしてください、見に行きますから」
マウロがリザインのコマンドに手を掛けた。
「うっ」
突如、マウロが呻き声をあげる。
「うあ、ああああああぁぁぁぁぁぁーーー!」
「な、なんだ?」
神々の遊戯からリザインをしたプレイヤー。フォルティシモはその末路を目にする。




