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第十一話 キュウのレベル上げ 後編

 早朝、キュウは手に一杯の洗濯物を持って水場へやって来た。この水場はアクロシア王国が設置している巨大な湧水石があり、冒険者は元より周囲に住む市民たちも洗濯のために訪れる。


 キュウはまず主人の服から洗い始める。キュウが住んでいた里では水洗いばかりだったが、主人はたっぷりと洗剤と柔軟剤を用意してくれて、これらを使うとすごく綺麗にふわふわになる。キュウの衣服までそれを使って洗えと言われている。


 キュウの主人は放っておくと服は何日も同じ物を着るし、着られなくなった服を捨てようとするので、きちんと洗わなくてはならない。もちろん冒険の途中であれば仕方ないことだが、あれだけお金を持っている主人が、街で生活している間もそんな不衛生な格好をしているのはいただけない。


「おはようございます、キュウさん」

「フィーナさん、おはようございます」


 Tシャツを着た少女がキュウに挨拶をしてきたので、キュウも洗濯の手を止めて挨拶をする。

 何日も水場へ通っていると他の人の顔を覚えるが、彼女だけは名前まで覚えている。彼女は、初めて洗濯のために水場へやって来て戸惑っていたキュウに、ここの使い方を教えてくれたのだ。主人にそのことを話したら、「お礼に洗剤と柔軟剤をやれ」と言ってくれたので、それらを渡したら喜ばれてお互いに自己紹介をした。


「キュウさん、今日は多いですね」

「はい、リーダーが隠されていて」


 ご主人様、と言うとキュウが奴隷と思われて立場がなくなる、キュウの主人はそれを気にして外ではリーダーと呼ぶように言われている。


 フィーナが指摘した洗濯物の多さは、主人のスキルによって洗濯するべき衣服が隠されていたことに起因する。主人はインベントリというスキルを持っており、これが虚空にアイテムを仕舞い込めるもので、今朝になってキュウが洗濯物の少なさを指摘したら、虚空から洗濯されていない衣服が出て来たのだ。


 主人は貴族でも考えられないほどお金を持ち、並の冒険者とは思えないレベルだが、どこか浮き世離れしていて、奴隷はキュウしかいない。


「困ったリーダーさんなのですね」


 フィーナも冒険者として仕事をしているから、そういう言葉が出て来たのだろう。口調から冗談と分かっていてもキュウは焦った。


「いえ! ごしゅ、リーダーは本当に凄い人なんです! どんなモンスター相手でも圧倒的で、あんなに強い人は、故郷でも見たことがないですっ」

「そんなに? 有名な方なのでしょうか? 私も冒険者をしていますので、知っているかも知れませんね」

「有名、ではなさそうです。でも、レベルは凄い高いみたいです」

「パーティなのにレベルを知らないのですか?」


 本当はパーティではなく、キュウはフォルティシモの奴隷でしかない。だから信頼関係だとかレベルの共有は果たされていない。それでも、何日も魔物討伐へ連れて行って貰えば、その力が尋常でないことは気付く。


 キュウが返答に困っているのに気付いたフィーナは微笑して。


「もし機会があったら、冒険をご一緒できたらいいですね」

「そうですね。あの、ところで冒険者の皆さんのレベルって、いくつくらいなんでしょうか?」

「レベルは八〇前後の方が多いって聞いたことがあります。私はまだまだ駆け出しなので二三ですけれど」


 レベル二三。ほんの数週間前であれば、キュウにとっても数段格上の冒険者だっただろう。


「はい………」


 キュウは自分の冒険者カードに示された異常事態を思い浮かべ、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。



 レベル一三〇。

 これが一週間ちょっと前まではレベル一だった者の現在のレベルだと、誰が信じるだろうか。


 確かに主人から借りた腕輪は「レベルが上がり易くなる」と言われていた。キュウでも頑張れば、いつかはレベル一〇〇くらいに到達できるかも知れないと思っていた。予想に大きく反して、あまり頑張らなくてもレベル一三〇になった。


 いや頑張らなくともというのは語弊がある。この一週間は大変だった。生まれて初めての戦闘、初めて見る魔物、初めて振るう剣。それでも、キュウの主人がずっと傍に居て、少しでも傷を負うとポーションを取り出して回復をしてくれる。


 そこまでされて、強くならなければならないというプレッシャーは凄かったし、戦闘をして帰って来た後も、【剣術】のレベル上げをするのは大変だった。しかし、この程度の努力で到達できるレベルではないはずだ。騎士見習いたちが子供の頃から遊ばずに修練を続けたり、多くの冒険者たちが何年も魔物との戦いの末に到達するようなレベルのはずなのだ。


 きっとキュウを買った主人は、神様の使いか何かなのだ。自分は偶然にも、その御使いの目に留まり、周囲の世話をすることになった。そうでなければ、この幸運を説明できない。食事は三食主人がお金を払ってくれて一緒に食べて、暖かいベッドで寝て、可愛い服を買って貰えて、魔法道具の装備を揃えて貰い、レベルは異常な上がり方で、冒険者登録して報酬も受け取っている。


 宿の部屋に帰って主人を見つめる。主人は暇があると、いつも虚空に手を掲げている。今日は楽器を演奏するように両手を掲げているので、「スキル設定を作っている」のだと思う。信じられないことに、主人はこうして新しい魔術や魔技を産み出してしまうのだ。キュウが使っている戦闘で使う魔技は、王国騎士や冒険者たちが使うものとは違う、聞いたことのないものだ。すべて主人が作ったものである。


「ご主人様、お洗濯終わりました」

「ああ、助かる」

「いえ、このくらいしかできませんので」


 この遣り取りは毎日のようにしている。続けて掃除をしたいが、新しい術を作っている主人の邪魔をするべきではないことくらい、学問に詳しくないキュウにだって分かる。


 キュウが手持ち無沙汰でいると、主人がぽつりと漏らした。


「そろそろ野宿を試さないとな」


 これはおそらく、キュウのための練習だ。自分のレベルは一三〇。この王都周辺の魔物は、キュウでも一撃で斬り伏せることができるようになった。けれども、キュウが強くなるにつれて、いくら魔物を倒してもレベルが上がらなくなってしまった。


 主人は強くなったキュウよりも遙かに強いようだった。主人は何日もダンジョンの奥深くに潜って、見たこともないような強大な魔物を倒し続けていたに違いない。


「水、食料、テントくらいしか必要な物が出てこない………。キュウ、冒険者が泊まり掛けで依頼をこなす場合、何が必要なんだ?」


 違いない、のだ。



 今の所キュウの冒険は、主人の言うままに進み、主人が指示する魔物を攻撃して倒すことである。今日も主人に指示されながら道を走っていく。自分の足だと思えないほどの速度で走る。


 キュウの荷物は、主人から渡された武器と防具、緊急用として渡されたポーションと主人から貰った懐中時計だけだ。今日は野営の予定だったが、必要な物はすべて主人のインベントリというスキルによって、虚空に仕舞われている。あまりにも便利すぎて、もしこのスキルを誰かに教えることができるのならば、それだけで大金持ちになれる気がする。


「ここにするか」


 この辺りの魔物には、攻撃されても痛くない。主人はキュウのことも考えて、安全な場所を選んでくれたのだ。


「すぐに準備いたします。ご主人様はお休みください」

「俺がやらないと意味がないんだ」


 キュウの主人のもっとも不思議なところは、高レベルなのに旅に慣れていない点だ。きっと便利な魔法道具をいっぱい使って旅をしていたので、この国の旅に慣れていないに違いない。


 一緒にテントを張り、焚き火を起こし、簡単な食事を作る。


「美味くないな」


 最近は王都のレストランで美味しいものばかり食べているし、昼間の狩りもお弁当を買っていくので、キュウも物足りないものを感じてしまうが、お腹いっぱい食べられるというだけで感謝しなければならない。

 しかし、キュウだけならばそれで済むが、主人が美味しくないと言うならば事情は違う。


「ご主人様、料理スキルを練習しても、よろしいでしょうか?」

「料理か?」

「はい」


 主人が望むのは戦闘系スキルなのだが、それに反発しているような発言は勇気がいる。この主人はその程度で怒るような人ではないと、わずかな付き合いでも理解はしていたが、やはり怖い。


「まあ、自分の時間は好きなことに使っていいぞ」


 この怖いという感情も、おかしな感情だった。主人はキュウと出会ってからキュウに対して怒ったことはない。キュウが何を言っても、落ち着いた返しをするだけで、怖がる要素なんてどこを探してもないのに、キュウはなんだか怖かった。それは怒られることに怯えるのとは全く別の感情である。


「さて、俺が心配しているのは、これからだ」

「はい」

「俺たちは二人しかいない。つまり、交代で寝ることになる」

「私が寝ずに番をいたします」

「念のため聞いておくが、何日まで起きていられる? 一週間くらいは寝ずに行動できたりするのか?」


 主人の言葉に黙ってしまう。まったく寝ずに戦えと言われたら、せいぜい二日が限界だろう。


「………………申し訳ありません」

「確認してみただけだ。とにかく一日ずつ交代で不寝番も考えたが、四時間半交代で試す」


 キュウは主人からもらった懐中時計を確認する。


「じゃあまずはキュウ」

「ご主人様、お先にお休みください!」

「まあ、どっちでもいいか。四時間半で起こしてくれ。これは試しだから自分が寝ないで一晩中見張りにつくのは、俺の目的の妨害だからな? 絶対に起こせよ?」

「はい、承知しました」


 主人がテントに入っていくのを見送った。命令こそされなかったけれど、主人の妨害とまで言われたら、言う通りにする以外の選択肢はない。



 ◇



 街を出てから三日が経っていた。AGIによって足が速くなっていたので、もしやとも思ったが、フォルティシモの高ステータスは肉体的な疲労をほとんど感じさせなくしていた。


 本来ならば、毎日走り回り、周囲を警戒し、夜も四時間程度の睡眠時間ながらも安眠できず、雑魚モンスターとは言え命が掛かった状況で過ごす時間は、想像を越えた疲労をもたらすはずだ。しかし今、フォルティシモは疲れや眠気は感じても、それほど悪い体調になっていなかった。意外と不眠不休で何日も行動できるのかも知れないが、わざわざ試すこともないし、キュウが居るのだから無理は禁物である。


「予定では今日帰るつもりだったが、キュウ、このペースならどれくらい行けそうだ?」

「はい。レベルが上がったお陰か、このペースであれば何日でも問題なく戦えると思います」


 象の睡眠時間は三時間程度だと聞いたことがある。ステータス的には、象を遙かに越える体力があるはずなので、肉体疲労だけを考えるならばそれでも充分な可能性はある。しかし睡眠には別の目的もあるので、三時間で睡眠時間は充分と言える訳では無い。


「それは良かった」

「延ばしますか?」

「いや予定通り帰る。必要な物も出て来た」


 走ったほうが早く移動できるとは言え、誰かと一緒の旅なので馬車の購入を検討したい。キュウが【料理】を上げることに前向きなので、そのための器具も買わなければならない。道中の料理が不味いのは何とかしたい。あとは安全が欲しい。警戒のために何時間もマップを眺めているのは退屈すぎるし、キュウは集中して物音や気配を察知しているはずなので、フォルティシモと比べて疲労は比較にならないはずだ。


「【結界】が使えたらな」


 【結界】スキルはモンスターに襲われない安全地帯を作るスキルで、ゲームでの使用方法は狩場で壊滅寸前になったパーティの立て直しや突然の来客やトイレ対応に使われることが多かった。とは言え、戦闘中のモンスターやボスモンスターには無効な上、直接戦闘力に影響するスキルではない。


「私は習得できないのでしょうか?」

「キュウはそんな暇があるなら【料理】を上げろ」


 この世界の保存食は本当に不味い。近衛翔の世界であればキャンプでも、そこそこ美味しい食品を準備できるが、ここではそうはいかない。


「………え? えっと、【剣術】、でしょうか?」

「………【剣術】だ」


 どうやっても言い間違えと言い切れない。やはり自分も疲れているのかも知れない。肉体的疲労はステータスでいくらでもカバーできるようだが、精神的な疲労は慣れるしかない。


「いや………正直、【料理】スキルも上げて欲しい。だが【剣術】のが重要だ」

「両方、頑張ります」


 強さだけを求めるならば【剣術】スキルのレベル上げに集中しろと言うべきなのだろうが、フォルティシモは否定をしなかった。



 この辺りのモンスターであれば、キュウのレベルだと楽勝になってきた。レベル差が一定以上離れたモンスターになってしまうと経験値に減衰補正が掛けられてしまい、いくら欲望の腕輪の効果によって経験値を増やしても、ほとんど経験値が入らなくなってしまう。いい加減、上位の狩場に足を伸ばさなければならない。安全第一でレベル上げに適しており、それほど遠くない場所はどこだろうかと考えを巡らせる。


「あの」


 キュウが立ち止まったので、考えるのをやめた。


「どうした?」

「街の入り口に人がいっぱいいます」


 キュウが指さした方向を確認すると、壁の前によく街の警備で見かける騎士たちが整列しており、その数は千人は居るように見える。遠いので表情や話し声など詳しいことは分からないが、物々しい雰囲気だけは感じられた。

 全員が一様に同じ剣と鎧を装備し、微動だにせずにいる姿は格好良い。あんな騎士たちを配下に加え、その最前列で戦うことができたら楽しいに違いない。


「サン・アクロ山脈を越えて、エルディン軍が展開………」

「なに? キュウ、ここから聞こえるのか?」

「あ、はい。集中して、聞き取りたい音を分ければ」

「それは凄いな」


 これは後々使えるかも知れないので心のメモ帳に記しておく。とりあえず、今はあの一団が戦争に行こうとしていようが、モンスター討伐に行こうとしていようがフォルティシモには関係がない。


「まあ、あいつらはエルディンと戦いに行くわけか。待ってても面白くないし、別の門から入るぞ」

「その………よろしいのですか?」

「入る門によって何か違いがあるのか?」


 キュウがよく分からないことを、気まずそうに尋ねてくるのでフォルティシモは首を傾げていた。


「いえ、そうではなく。エルディンはエルフの国で………ご主人様は、エルフとの」


 そういえば人間とエルフの混血という設定でギルドに登録したのだった。【偽装】スキルでやったことだったが失敗だったかも知れない。


「ああ、それ嘘だから」

「う、嘘なんですか?」

「本当の種族を言うと面倒事になりそうだからハーフエルフにしてみたんだが、エルディンと仲が悪いなんて知らなかった。一応、言うなよ」

「は、はい」


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