第百四話 動揺する者たち
「お父様、現状をフォルティシモ様へご説明させてもよろしいでしょうか」
「うむ。では」
「僭越ながら、私からご説明することを許可して頂きたく思います」
割り込んだ男の言葉に、周囲が少しばかりざわつく。しかしフォルティシモは男の顔をどこかで見た気がするのに、名前をまったく思い出せないのが問題だった。もし「久しぶり」なんて声を掛けられたら、この王族や貴族たちが集まる場所でどう反応したら良いのか見当も付かない。
男はアクロシア王に許可を求めながらも、フォルティシモから視線を外していなかった。自国の国王に対して礼を失する態度のような気もするが、それだけフォルティシモを気にしている証左とも言える。
「フォルティシモ陛下、私はアクロシア王国騎士第三隊隊長ケリー=ネッドであります」
瞬時にキュウを見る。キュウは心得たもので、首を横に振った。キュウが覚えていないのであれば、フォルティシモが覚えていないのは仕方が無いと不思議な安心感を覚えた。
「ネッド隊長は、フォルティシモ様と面識がお有りなのでしたね。たしか、先日のエルディンの首魁を討滅する際に、フォルティシモ様と外壁の傍でお会いになられたとか。フォルティシモ様、彼、ケリー=ネッドは我が国でも精鋭を任せられる者です。彼から説明させてもよろしいでしょうか?」
ラナリアが半ば説明してくれて、ラナリアと出会う切っ掛けとなった事件の時、王国騎士同士の戦いの中に天烏を降ろしたことを思い出す。思えばラナリアを助けて欲しいという言葉は、ケリーという男から聞いたものだ。
「ああ、覚えてる。ネッドだったか。今はどうなってる?」
フォルティシモは堂々と嘘を吐いた。
「はっ! 現在、ベッヘム公爵の私兵約一万五千が王都近郊に待機しています。平均レベルは四百を超え、数もさることながら非常に強力な部隊です。その中でも精鋭と思われる三百名ほどが王城の出入口を封鎖し、ベッヘム公爵の名を使って王城内の貴族たちに呼びかけを行っています。彼らの目的は王位簒奪です。我らアクロシア王国は彼らを反乱軍と認定。これより鎮圧を行うところであります」
ケリーという男は満足そうな顔をしていたが、フォルティシモの知りたい情報が何一つとして含まれていなかった。ラナリアを見る。ラナリアは申し訳なさそうな顔を、貴族たちには見えない角度でしてみせた。
何かを言うべきなのだろうが、貴族間のパワーバランスなんてコミュニケーション能力の頂上決戦に加われるはずもないので、この状況で何をどうすれば良いのかまったく分からない。わずか数時間で王城から逃げ出したピアノの気持ちが少しだけ理解できた。
「エン」
フォルティシモはこういう時に頼りになる従者へ丸投げしようと、エンシェントに呼びかけた。
「我らが主の気にされていることは一つだ」
エンシェントはフォルティシモの気持ちから現状のすべてを理解できたような口調で断定する。
「全滅させていいのか?」
その一言で会議室は騒ぎ出した。ここに居る誰もが、エンシェントの放った問い掛けが虚言などと考えていない。可能なのかという問いもない。この場に現れたフォルティシモの従者たちに加え、今もアクロシア上空に滞空する『浮遊大陸』を見れば、それが冗談などとは欠片も思えないだろう。
圧倒的武力、すなわち最強の力を持つ者たちが“戦って”しまって良いのかという問い掛け。フォルティシモは出された飲み物を飲んで落ち着く。飲み物を口にしないと、口許が緩んでしまいそうだ。
「主、今の内に確認しておきたい」
フォルティシモのすぐ後ろに立っているエンシェントが、フォルティシモ以外に聞こえないように話しかけて来る。スキルやシステムを使っているのではなく、単なる小声なので耳の良い者には聞こえているかも知れない。本当に誰にも聞かせたくないならメッセージを使えば良いので、エンシェントはわざとこのような行動を取っている。
「プレイヤーもいるらしいが、殲滅で良いか?」
「プレイヤーは………邪魔するなら潰すが、積極的に倒す必要はない」
「邪魔なら潰すで良いんだな?」
「俺たちの邪魔をするならだ。邪魔しないなら、むしろ協力してやっても良い」
ファーアースオンラインの時は逃げ出す奴もデスペナを与えるまで決して逃がさなかったけれど、今のフォルティシモは新しい力を使えるようになった上、従者全員と再会し、【拠点】とそこにあるアイテム群も問題なく取り戻し、キュウも無事だったのでとても満足していた。
「【蘇生】がプレイヤーや従者にも有効か試すべきだと考える。要求しても?」
「その結果次第で、お前やセフェの重要度が跳ね上がるな」
再会して十数分もしない内に、仕様についてを言い出すエンシェントに少しばかりの驚きと感心を覚える。そして変わらないエンシェントを嬉しく思った。
「良い考えだが、ここはあくまでラナリアに任せる。【蘇生】を調べるなら、マウロってのを捕まえてるからそいつで試せる。そいつはキュウとアルに襲いかかりやがったから遠慮する必要もない」
会議室の騒ぎが大きくなってきて、フォルティシモとエンシェントの密談が終わったことを確認したラナリアが手を叩いて注目を集めた。
「大変失礼いたしました。お父様、状況が変わりましたので再度ベッヘム公爵に降伏勧告をし、従わなければフォルティシモ様に頼みまして制圧するとしましょう」
「あのぉ、その公爵さんの兵たちなんですがぁ、逃げ始めてますよぉ?」
セフェールが王城のテラスから門の前に陣取っていた兵たちを確認していたようで、その様子に変化があったことを伝えてきた。
「まあ、あの『浮遊大陸』を見れば、逃げたくなる気持ちも理解できますね。むしろ空の大陸を目にした今、まともな神経でフォルティシモ様へ反抗しようと考えるはずがありません」
ラナリアは落ち着いた様子で微笑む。
「妾が良いことを思いついたのじゃ! 全員殺して死体を牢屋に運び、セフェが蘇生して欲しければ大人しくしろと脅すのじゃ!」
「そりゃただの拷問じゃねーですか」
「それより全員殺して誰を脅すんだ」
「殺して蘇生を繰り返せば、降伏するしかないなのじゃ!」
「その重労働はぁ、勘弁して欲しいのですがぁ」
アルティマの過激な発言に、室内の幾名かが顔を引き攣らせた。
「お二人のお力であればできますでしょう。しかし、あそこに並ぶのは、逆賊ベッヘムに従わなければならなかった、我が国の民です。たとえ蘇生が叶うとしても、そのような目に遭わせたくないと思うのです」
「我が娘、ラナリアの言う通り、今一度、ベッヘムに意を改めるよう勧告せよ」
アクロシア王もアルティマの発言を虚言だと思わず命令を発した。その王の言葉を皮切りに、会議室に居た者たちが慌ただしく動き出す。
「なぁ、それよりも、どうやって『浮遊大陸』がいきなり現れたのか聞きたいんだが、しかも止まってる」
いつの間にか部屋に入ってきたピアノが、先ほどまでラナリアが座っていた席に腰掛けた。
「私の戦ってた奴ら、一目散に逃げてったぞ。私も仲間を連れて逃げるか迷った」
「キュウから聞くに、ピアノさん、か?」
「ああ、そうだ。エンたちとは、久しぶり、で良いのか? 相変わらず綺麗だな」
「うわぁ、本当にピアさんなんですねぇ」
フォルティシモの従者たちはピアノのことをよく知っているので、ファーアースオンラインの時の美形の男アバターとのギャップを感じて、それぞれ顔を合わせて不思議がっていた。セフェールなんかはピアノに近づいて肩を揉んでみたり、手を取って両手で包み込んだりしていた。
「『浮遊大陸』だったな。説明する時はピアノも呼ぶ」
「頼むぞ」
「キュウ」
フォルティシモは満を持してという気持ちでキュウを手招きする。エンシェント、セフェール、アルティマ、キャロル、リースロッテに注目されて、キュウの耳と尻尾が逆立っていた。
恐る恐るという調子でフォルティシモの傍へやって来る。ピアノが席を譲るために立ち上がったが、キュウはその席を一瞥しただけで座ろうとはしない。
「ご主人様」
「大丈夫だったか?」
「は、はい。エンさんとセフェさんが、守ってくれましたから」
「そうか。なら良かった」
情報ウィンドウでキュウのHPが最大値であることと、状態異常に掛かっていないことは確認できていたが、改めて本人を見れば安心する。
「エンとセフェも、よくキュウを助けてくれた」
「全力を尽くした」
「どういたしましてぇ」
キュウを守ってくれた二人には本当に感謝の言葉もない。
数時間もの時が経って、公爵へ降伏勧告をするために何十人もの騎士に守られながら、そこそこ位の高い使者が出掛けていく。使者の人選に、勧告文の文章、護衛の選出の話し合いにけっこうな時間を要していた。
その話し合いを聞かされているフォルティシモは退屈で、ヒヌマイトトンボとID交換していれば、音声チャットかメールで決闘でも申し込んで終わりにしたい気分だった。暇つぶしにキュウの尻尾を撫でていなければ、とっくに席を立っていたことだろう。フォルティシモの側に立つキュウが顔を紅くしていて可愛い。
「フォルティシモ様、ベッヘム公爵の返答にも時間が掛かります。使者が戻るまで一時休会となりました」
「そうなのか? じゃあ、俺たちはメシでも食うか」
「主、休会と言っても派閥で集まって方針を決める時間だ。他にも根回しや情報収集のために動く必要がある」
「それは重要そうだが、俺は腹が減ったから何か食う。何か話があるなら食べながらでもできるだろ」
フォルティシモは朝から何も食べていないため、そろそろ食事をしたい。加えて『浮遊大陸』を動かしたあたりからやけに疲れを感じていた。
「あの、ラナリアさん、シャルロットさんが」
キュウに言われて、こういう場所ではラナリアの背後に控えてそうなシャルロットが居ないことに気付く。ラナリアのわずかに背後を見た仕草はシャルロットに何かを言いつけようとして、居ないことを思い出した感じだ。
「キュウさんたちだけということは」
「ああぁ、安心してくださいぃ。回復してぇ、近くのベッドに寝かせましたからぁ」
「………感謝いたします。セフェールさん」
フォルティシモにとってのシャルロットは、ラナリアの従者として付いて来ただけの騎士だ。しかし美人だったし、フォルティシモに無闇に突っかかったりせず、淡々と職務をこなしていたので好印象を持っている。フォルティシモはそういう本当に忠義に厚く優秀な騎士は物語の中にしか居ないと思っていたので、シャルロットに対する評価は高い。
セフェールに感謝を述べて頭を下げるラナリアは深々と頭を下げていて、顔を上げた時にはわずかに目が潤んでいた。あのラナリアがフォルティシモの前で涙を見せただけで、シャルロットへの気持ちが窺い知れる。
殺った者を見つけたら、殺り返してやることに決めた。フォルティシモの従者に悲しい思いをさせるような奴は、報いを受けさせてやらなければならない。




