第百三話 最強集結
ラナリアの目の前で、高速の斬撃戦闘が繰り広げられていた。
ベッヘム公爵が現体制への反旗を翻し、その場でアクロシア王を殺害しようとしたところへ、ピアノが割って入ったのだ。ピアノは一対四だったが、優勢なのはピアノ。アクロシア王や周囲の貴族たちを守る必要がなければ、戦闘が終わっていたかも知れない。
いやピアノはどこか相手を殺すことを恐れているようで、それが膠着状態を作り出している理由だろう。
ラナリアを始めアクロシア王や貴族たちは、その場から避難して会議室へやって来る。会議室と言っても数人が集まって会話するようなものではなく、数十人が入れるだろう大きさで、中央にアクロシア王都の地図が広げられた作戦会議室と呼べるものだ。
「ラナリア、お前は城を脱してフォルティシモという男の元へ行け。このままでは」
ラナリアはアルティマとの通信で、彼女たちが王城の中までやって来ていることを知っている。だとしたら街中へ逃れるほうのが危険だ。
何かを言い返そうとして、懐の魔法道具が震えるのを感じた。
「失礼を」
ラナリアは魔法道具に表示されている名前を見て安堵の溜息を吐く。彼にキュウが無事にこちらへ向かっていると告げたら、飛んで来てくれるに違いない。自分のためではないのには、ちょっとキュウが羨ましいけれど、彼が来てくれる安心に比べたら小さな感情だ。
愛しい彼と話す。
「………………………………は?」
けれど、彼は本当に、ラナリアを驚愕させるのが好きだ。もう一生分驚かされた気がする。今の表情は絶対に他人へは見せられない。
ラナリアは魔法道具での通信を切って、父へ近付く。
「王国騎士の精鋭を超える者たちが陣を組み、城壁の外には公爵軍だ。一体、どうやってこれほどの軍をわずかな時間で展開したのか想像もつかんが、事実は受け止めなければならない」
「お父様、ご安心ください」
もうすぐ愛しい彼が来る。楽しみすぎて、この場で小躍りしてしまいたい気分だ。
「何?」
父が驚きの声を出したことで、会議室の注目が一斉に父とラナリアへ集まった。
「二つ、お父様のお心違いを正そうと思いまして」
「どれを指している?」
「一つ、ベッヘム公爵は勝利を確信して動いたのではなく、敗北寸前に自暴自棄となり出兵を選択し、しかし結局打つ手がなく配下に任せて立ち往生しているのです」
「あれほどの兵を集めているのに、か?」
「二つ、お父様は、フォルティシモ様のお力を、まだ過小評価しておられます」
城全体が揺れた。
あの日、ラナリアがフォルティシモと出会った、巨大な爆発によって揺さぶられたのとは違う、小刻みな震動が絶えることなくアクロシア王城を揺らしていた。
この目で見なくても分かる。今頃、街は大騒ぎだろう。城に詰める騎士たちも同じだ。ベッヘム公爵に従う騎士や軍もそうだ。大空にあんなものが現れれば、誰もが空を見上げてしまう。
ラナリアは会議室の大きな窓を開けて、まるで舞台女優のようなゆっくりとした所作でテラスへ出た。
それで気付いた者たちが驚愕と恐怖の入り交じった声を上げる。
先ほどまで青く澄み渡った空は明るかったのに、今は違っている。王都を照らしていた陽光が何かに遮られている。
ラナリアは空を見上げた。ラナリアも初めて見る。それは空中に浮かぶ大陸だ。物語の中にしかない景色が、確かに目の前にある。アクロシア王都の上空をすっぽりと覆い隠す、巨大な大陸が浮遊している。
彼との打ち合わせ通り、ラナリアが浮遊大陸へ向かって一礼すると、一羽の鳥が飛び立った。
アクロシア王国では救国の神鳥、本当の種族名は天烏、ラナリアにとっては彼の使役する鳥。
天烏は真っ直ぐにラナリアの立つテラスへ向かって来る。
決して何があっても動くなと命令していたのに、ラナリアを守るために女性騎士たちが作戦室へ殺到して動き出す。貴族たちも呆然として動けない者や逃げだそうとする者が多い中、ここでラナリアのために動ける騎士たちの顔と名前は覚えておいて損はない。
そんな彼女たちを目線だけで押し止める。今は邪魔して欲しくない。
天烏はテラスの寸前で速度を緩めて、制止した。その背中から三人の人影が現れる。
大きなハルバードを持つ白い毛の虎人族の少女、そして蒼い髪を左右に結んでいる全身がわずかに発光している小さな女の子。
そして。
深い闇色に金の刺繍が入ったパルダメントゥム、袖長のチュニックも黒で統一。本人の髪の色が銀色のため、銀と黒のコントラストが映えている。腰に禍々しいデザインの鍔を持つ剣を下げていて、指には綺麗な指輪をしていた。
黒色が強すぎると感じるけれど、惚れた弱みのラナリアの瞳には、思わず見とれてしまうものに見えた。
「ようこそいらっしゃいました、フォルティシモ様」
ラナリアはそう言って、フォルティシモに抱きついた。
「おい、これ意味あるのか?」
「ええ、とても」
小声でのやりとり。ラナリアは笑顔をフォルティシモの身体に顔を埋めることでやり過ごす。名残惜しいがフォルティシモから離れて、ラナリアは驚き戸惑う貴族たちを見回した。
「ご紹介いたします。こちらの方は、たった今皆様方の遙か上空にその威容を示す、『浮遊大陸』に座する天空の王、フォルティシモ陛下です」
この大陸において最強国家アクロシアと呼ばれ、その貴族であるということに多かれ少なかれプライドを持っている者たちに対して、ラナリアは宣言する。大陸最強という称号が、いかに無意味かということをだ。この大陸など、天空を行く『浮遊大陸』の王にはまったく通用しない。
アクロシア王であるラナリアの父は、すぐにラナリアの意図を察してくれる。
「これは、我が国の危機に駆けつけて頂けるとは。そのような所ではなく、こちらに来て席に座ると良い」
何人かの貴族たちがぎょっとした顔を見せる。
フォルティシモは元より、連れてきた二人の従者たちから発せられる魔力は、およそ人間が纏うことができると言われる力を大きく超えている。三人が動き出せば、この会議室は一瞬にして血の海になるだろう。
「フォルティシモ様、こちらへ」
ラナリアはこれ見よがしにフォルティシモの手を取って、父親や有力貴族、騎士団の上位者たちが座るテーブルの椅子へ案内する。案内した周囲に座っていた者たちは、彼が近づくだけで席を譲った。逃げ出したと言い換えても良い。
フォルティシモはラナリアに促されるままに椅子へ座る。その目から「本当に大丈夫か?」という意思を感じ取って、ラナリアは微笑みを返した。
他の二人は周囲を威嚇するようにしながら、フォルティシモとラナリアに付いてくる。彼女たちの名前も知らないのに、不思議と彼女たちが味方だと分かる。彼女たちもフォルティシモへ近づく者たちに警戒しているが、ラナリアには一切の警戒をしていない。
「お父様」
「うむ。フォルティシモ、娘が世話になっている。我はデイヴィッド・オブ・デア・プファルツ・アクロシアだ」
「………知ってるようだが、フォルティシモだ」
「フォルティシモ様には、私が無理を言ってお越し頂いたのです。此度の件も、フォルティシモ様のお力さえあれば、深刻な状況に陥ることなく解決することでしょう」
ラナリアはフォルティシモの横の椅子を、さりげなく少しだけ近づけて座った。
自分の見つけた人を、親や貴族たちに自慢するように。
「ちょっと待てラナリア。キュウ、エン、セフェ、アル、気にせず入って来い」
フォルティシモが言葉を発した。それはこの場に居ない者への言葉だ。
扉が開いて会議室へ入ってきたのは、ラナリアの友人であるキュウ、そのキュウにそっくりな魔王アルティマ・ワン、そしてラナリアでも息を呑む美女である銀髪の女性エンシェントに、フォルティシモに雰囲気がそっくりなセフェール。
「ご主人様っ」
「主殿!」
「主」
「フォルさん」
四人がフォルティシモへ駆け寄る。フォルティシモも安堵の表情で四人を出迎えた。
「一応、紹介だけしておこうか」
フォルティシモの背後に六人が並んだ。
「エンシェント」
銀髪の美女。
「セフェール」
薄桃色の髪の少女。
「アルティマ・ワン」
黄金色の耳と尻尾の狐人族の魔王少女。
「キャロル」
白い虎人族の少女。
「リースロッテ」
蒼い髪の小さな女の子。
「キュウだ」
ラナリアの友人。
「ここにありとあらゆる敵を撃滅する最強の戦力が揃ったぞ。ラナリア、俺たちに刃向かう敵はどこに居る?」




