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第百二話 フォルティシモの拠点

 フォルティシモは【拠点】に入るため、木製の大きな門扉を開いた。【拠点】へ帰還する際は望郷の鍵によるテレポートばかりだったので、扉を使った経験はないけれど、こうしてみると木の感触と扉の重さが心地良い。


 八メートルはある石畳の先に、二階建ての屋敷が見える。フォルティシモの元の世界ではほとんど見かけることが無くなった、和風建築と言われる家屋だ。これらは外見だけで、内部はゲーム特有のごちゃごちゃな異空間と化している。


 【拠点】の施設は様々な機能を持っていて、特に生産やアイテム収集を補助する機能、【拠点】に所属しているプレイヤーのステータスを補助する機能は欠かせるものではない。それらには施設レベルという数値も存在していて、フォルティシモは当然のようにすべてをカンストさせている。


 また、そう言った実利的な施設の他に、外観や内装を彩るアイテムが存在している。この大きな家屋や縁側の付いた石庭、遊歩道のような庭、その先にある池とその中央の小屋などは、すべてガチャ産の高レアアイテムである。


 フォルティシモが石畳の上へ一歩足を踏み入れると、人影が飛び出してきた。遠巻きからでも彼女たちがフォルティシモの従者であることが分かる。


「フォル! 一体何があったの!?」

「おお、帰ってきましたね」

「フォルさん、おかえりー」

「やっと帰ってきやがりましたか」

「おか」


 口々に出迎えてくれる言葉に、自然と笑みになる。


 和風美人のつう、巨大リュックを背負ったダアト、ドワーフのマグナ、白い虎人族のキャロル、幼いリースロッテの五人。エンシェントとセフェールがこの場に居ないところを見ると、やはりキュウを助け出したのはあの二人だ。


「どこ行ってたの? チャットは通じないし、メールも届かないし、みんなも私も凄い心配したんだから」


 つうが文句を言ってくると帰って来た、という感じだ。


「ただいま」

「ええ、おかえりなさい」

「まずさ、マナダイトが残り少ないんだよね。何より先に、材料出してくんない?」


 ドワーフのマグナが、手の平を上にして指先をくいくいと動かした。


「ああ、アルから聞いてる」

「へぇアルの奴、路頭に迷ってると思ってたけど、ちゃんと再会できたんだ」

「エンとセフェの位置も予想がついてる。まあ、とにかく事情は後で説明するが、キャロとリースはそれぞれ最適装備を着けろ。それから探索用のゴーレムと従魔は出せるだけ出せ。最悪、アクロシア大陸をローラーする」

「何を探すの? 二人は準備しててね。フォル、その間にマグに材料を渡しておいて」


 つうが疑問符を浮かべながらも準備を促す。キャロルとリースロッテの二人は何も聞かず、一斉に自分のインベントリからアイテムを取り出し始める。


「ああ、それから少し揺れるから気をつけろ」

「揺れる?」


 フォルティシモが言うと、突如地面が揺れ出す。地震が起きたことに驚いて、従者たちは何事かと周囲を見回していた。


「『浮遊大陸』の移動速度を上げて、アクロシアへ直行させる」

「そんなことができるようになったの? それを手に入れるのに時間が掛かってたってこと?」

「そんなところだ。ああ、それから黄金竜の奴へ礼を渡す約束だったな」


 フォルティシモは【拠点】内に施設レベル九九九九の倉庫を設置しており、この倉庫にはインベントリの何千何万倍ものアイテムを収納しておける。これには【拠点】内に居れば情報ウィンドウでどこからでもアクセスできる。


 マナダイトの材料をマグナに渡すと、マグナは鉄火場へ向かって行った。久しぶりに帰って来たため、誰もフォルティシモの傍を離れようとしない中、あっさりと自分の仕事へ戻っていったマグナに、身勝手な寂しさを感じる。


「おい、黄金竜、聞こえるか?」

『生きているということは、成功したか?』

「ああ、完璧にな。今、雲を消すから入って来てくれ。約束のアイテムを渡す。建物は絶対に壊すなよ?」


 フォルティシモは従者たちに向いて注意を促す。


「今から最果ての黄金竜が来るが、敵じゃないから攻撃するなよ」

「あれをテイムする方法があるってーことですか?」


 【調教師】クラスを持つキャロルが驚いた顔をした。ファーアースオンラインでは、ボスモンスターは基本的にテイムできない仕様だった。あくまで基本的にだが。


「いや、フレになった」


 その言葉へ返答がある前に、頭上に黄金竜が姿を現した。山一つの大きさを持つ黄金竜が『浮遊大陸』へ着地する。


 フォルティシモはインベントリから、刻限の懐中時計を取り出して手に掲げてみせた。


「これだ。で、どうやって渡せば良いんだ?」


> 最果ての黄金竜からトレード要請が来ました


 フォルティシモは異世界に来た証拠のような黄金竜と、ゲームシステムでアイテムトレードをしていることに釈然としないものを感じながら、刻限の懐中時計をトレード対象に選んだ。トレードと言っているが、今回は手伝って貰ったことへの対価なので黄金竜から出されるアイテムはない。


「今回は助かった。お前が居なかったら、入れなかった」


 ゲーム時代ではシステムに阻まれてできなかったことが、できた。


 そして、新しい力だ。


 フォルティシモは黄金竜へ大きな感謝を感じていた。


『なかなかに興味深い試みだった。だが、汝に騙されたことは忘れん』

「図体がデカい癖に器が小さいぞ」


 黄金竜はそれだけ言うと、フォルティシモを一瞥して飛び去っていった。フォルティシモの従者たちも、最強クラスのレイドボスの出現にはさすがに驚いており、呆然と黄金竜が小さくなるまで見つめていた。


 その後、キャロルとリースロッテの二人の準備が整う。


 真っ白な全身鎧に竜の彫刻をあしらったハルバートを持ったキャロル

 蒼い髪をツインテールにしてロリータファッションになったリースロッテ。


「………リース、【御使い】の専用装備を着けろ」

「や・だ」


 フォルティシモは蒼く澄んだ瞳に見つめられ、やがて根負けした。


「まあ、そのままでいい」


 彼女の見た目を幼女にしたのは失敗だった。ここがゲームではなく現実だと思うと、幼い容姿の可愛い女の子に強く出づらい。


 フォルティシモはアクロシアへ到着するまでに、ラナリアへ音声チャットを繋ぐ。これからフォルティシモはキュウを捜すために無茶をする。それはラナリアに迷惑の掛かる行為だ。キュウのためなら止まるつもりはなくとも、迷惑を掛けてしまうラナリアに対して一言くらいは伝えておくべきだろうと思った。


「ラナリア、俺だ」

『フォルティシモ様!』


 この音声チャットをすると、ラナリアはやけに嬉しそうな声音をする。


『キュウさんは見つかりました。今、アルさんと、エンシェントさんとセフェールさんという二名の従者と共に、私のところへ向かっているそうです』

「………………………何? キュウが見つかったのか? いつ?」

『はい。つい先ほどアルさんから直接連絡がありました。この魔法道具の通信を偽装できるものがなければ、間違いないかと思われますが』

「そんなもの無い。つまり、キュウは宿に来たのか。いつ来たんだよ。昨日、あれだけ待ったのに来なかったぞ………」


 ラナリアの話はフォルティシモの予想を上回るものだった。キュウを捜すために無茶をやって更に無茶を重ねようとしたところ、大人しく宿で待っていたアルティマが先に合流できたのだ。


 もちろん無茶をした甲斐はあったので、後悔などあるはずもないのだが。


 ラナリアは加えてベッヘム公爵という男がアクロシアに反乱を起こしたことを教えてくれる。


 エルディンとの時も思ったが、アクロシアは脆すぎる。モンスターに対しては大陸最強国家なのかも知れないけれど、外交戦略や内政があまりにもお粗末なのではないかと、素人のフォルティシモでさえ思ってしまう。


『この度、フォルティシモ様はそのお力を見せつけ、アクロシアにキュウさんを捜索させようとお考えになられたのですよね? 加えてアクロシア貴族の中にフォルティシモ様の敵が居るならば、明確に対立することでキュウさんに危害が及ぶ前に一掃してしまおうとした』

「まあ近いことは考えた」

『それを、私のために使って頂けませんか?』


 ラナリアがそんなことを言い出した。


 正直に言えば、ラナリアの予想している深い考えはなく、とにかくキュウの無事さえ確認できれば何でも良いという気持ちだった。それこそ暴力なり【隷従】なり、何でも使ってキュウを捜そうと思っていたのだ。しかしそれを正直に告白するのは格好悪い。


「良いだろう。ラナリア、お前の望む方法を教えてくれ。キュウや、エン、セフェ、アルと合流したら、俺たちの力を使ってやる。だから、俺たちを合流させ、その力を使う場所を作れ」

『仰せのままに』


 声音だけですべては判断できない。それでもラナリアは上機嫌そうだった。


「それで俺の状況だが、エンとセフェ以外の従者と合流できた。あとはキュウたちとの合流だけだ」

『素晴らしいです』

「そうだ。『浮遊大陸』をアクロシアの上空に移動させるつもりで全力で動かしてる。脅す必要はなくなったから途中で止めるが、見掛けた奴とか居たら騒ぎにならないようにしてくれ」

『………………………………は?』

「移動に関しての心配は不要だ。すぐに行くから待ってろ」

『ちょ、ちょ、ちょっとお待ちくださいっ! 『浮遊大陸』? 御伽噺に出てくる、空に浮かぶ島ですか!?』

「フォル、私もチャットに参加させて」


 つうがフォルティシモの腕を引っ張った。


「初めまして、私はつう。この世界ではフォルティシモの従者の一人。会話からすると、ラナリアもフォルの従者ということでいい?」

『つう………フォルティシモ様から伺っております。フォルティシモ様が最も頼りにされている、とても優秀な腹心であると。私はラナリア・フォン・デア・プファルツ・アクロシア、つい先日、フォルティシモ様の従者として頂いた者です』

「これは、ご丁寧に。皆の紹介は後日にさせてね。フォルは会話や説明が苦手なので、詳しくは後で説明させるから、今は疑問を挟まずに、フォルがやると言ったことを前提にして動いて欲しいの。私たちは目の前で『浮遊大陸』を操るところを見ているから事実だし、フォルは私たちを裏切らない」

『つうさん、疑っているように聞こえたことを謝罪致します。私はフォルティシモ様を心から信じております。ただ、私にとってフォルティシモ様の偉業は私の常識を遙かに超えるものであり、聞き返さずにはいられないほど、驚きに満ち溢れるものなのです』


 通信中のつうがフォルティシモをジト目で見つめてきた。


「あなたがどれだけ騙されているかは、今度教えるとして」


 ラナリアを騙してるつもりはない。


『ふふっ、大丈夫ですよ。私はフォルティシモ様に騙されてなどおりません。しかし、早くお目にかかりたいですね、つうさん』

「私もよ。ラナリア」

『では………。フォルティシモ様、その御技で『浮遊大陸』と共にこちらへお越し下さい。私が王城のテラスへ出ます。そうしましたら、私の元へ来て頂けますか? そのタイミングでキュウさんたちもいらっしゃるでしょう。その後は、このアクロシアを改革するため、フォルティシモ様のお名前を使わせて頂きたいのですが』


 そのタイミングでキュウと合流できるとラナリアが保証したことに、フォルティシモは思った以上に安堵する。アクロシアの改革などはフォルティシモに興味はなく、ラナリアがやりたいようにやれば良い。


「言っただろ、力を使う場所を用意してくれれば、俺たちが使ってやる」

『はいっ』




 『浮遊大陸』がアクロシアの上空へとやって来た。


 『浮遊大陸』からアクロシア王城の様子を窺い、フォルティシモの情報ウィンドウのマップでキュウ、ラナリア、アルティマ、エンシェント、セフェールの情報を確認する。エンシェント、セフェールに関しては情報を得られなかったけれど、キュウ、アルティマがアクロシア王城内に居ることは確認できた。


 ラナリアが約束通りにテラスへ現れる。


「アル、聞こえるか? 今からお偉いさんが集まってる部屋のテラスへ降りる。お前たちも来い」

『主殿ぉ! キュウが見つかったのじゃ! 傷一つ負っておらんぞ!』

「ああ、よくやった。エンとセフェも一緒だな?」

『うむ、二人共一緒なのじゃ』

「なら急いで来い」

『承知したのじゃ!』


 フォルティシモは『浮遊大陸』の【拠点】内部で天烏を呼び出し、キャロルとリースロッテの従者二人と一緒に乗り込む。残されるつう、ダアト、マグナも不安な表情はしていない。つうに至っては「帰ったら分かってるわね?」と言いたげな視線だ。


 それに気付かない振りをして、ラナリアの位置を確認。


「行くぞ」


 フォルティシモたちを乗せた天烏は、遙か天空の大陸より地上に聳え立つアクロシア王城へ飛ぶ。



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― 新着の感想 ―
[一言] そういやキュウとラナリナのせいで従者の限界人数超えてるけどどんな感じになってるんだろ みんな孫受けみたいになるの拒否りそうだけど限界突破でもするのかな
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