第百話 驚天動地
キュウたちは隠し通路を通って行く。戦闘は一方的だったが、時間は掛かってしまっため先へ行く公爵たちはいなくなってしまっている。隠し通路は薄暗いが一本道で、どこかで見失うこともない。しばらく進んだ先にあるのは階段だけで、この階段を上がったらアクロシア王城内だ。
「キュウは上階の音を拾えるか? 近づく者が居たら最優先で教えてくれ」
頷いて耳を動かす。階段の先から慌ただしい足音が聞こえてくる。がちゃがちゃという音からして、鎧を着た王国騎士たちだ。激しい戦闘音でも聞こえるかと思えば、ただ走っているだけである。それでも剣とか馬とかの言葉尻から察するに、戦闘の準備は進めているようだった。
「こっちへ向かっている足音はないです。大きな騒ぎや、戦っている音も」
「先に入っていったプレイヤーたちが何かしたはずだ。ラナリアへの通信は?」
「やっているが、出ないのじゃ」
「仕方ないな。アル、サポートを頼む」
「任せるのじゃ」
エンシェントは透明化のスキルを使わずに先行する。あんなに便利なスキルを使わないのが不思議なので、何か敵地では使えないデメリットがあるのかも知れない。
彼女は慎重に階段を一段ずつ登っていく。その後ろをアルティマ、キュウ、セフェールの順番で付いていく。
階段を進む間も、耳に神経を集中させて王城内を探してみようと思う。ラナリアの居場所やラナリアの部屋も分からないので、漫然と王城全体の音を拾ってみる。ここまで範囲を広げると小さな足音や囁き声までは聞き取れないが、大きな音や声であれば分かる。
すぐに何事かが分かった。
「反乱だ! ベッヘム公爵が反乱を!」
キュウにはどうしたら良いか分からず、聞こえたことをそのままエンシェントたちに伝える。
「反乱が目的だった訳か。秘密の通路から入って、王の首でも取ろうとしたか」
「ならば制圧か? 妾が行くか?」
「私たちの目的はあくまでラナリアだ」
アルティマが立ち止まって首と尻尾を横に傾けた。
「エン、少々疑問を感じたのじゃが」
「どうした?」
「今の妾たちは、城に地下から侵入して、公爵とやらの従者を蹴散らして王女を攫おうとしているように見える気がするのじゃ。妾たちが賊ではないのか?」
「そんなことはない。本人の許可は取ってある。加えて本当に公爵の従者だったとしても、反乱を起こした連中の鎮圧に協力した市民だ。そして主が戻った際に、ラナリア救出の手間を取らせずに済む」
「それもそうなのじゃ。良いとこだらけなのじゃ」
「まあぁ、デメリットを言ってないからメリットだけですよねぇ」
安心できない会話を聞きながら、四人で階段を登っていく。
登っていくと、王城の一室と思われる場所へ出た。長い机と椅子がいくつも置かれた休憩室のような部屋で、広さは横十メートルくらいはある。一般的な家であれば大きな部屋でも、王城という場所から見ると手狭な部屋だ。
その部屋の壁の一つが開き、隠し通路の階段の出入り口になっていた。
ここまで来ると、耳に集中しなくても城内が騒がしいことが分かる。
「おいおい、俺たちの従者を蹴散らして来たって言うから、どんな豪傑かと思いきや、随分と美人じゃねぇか」
公爵と一緒に地下通路に入った中にいた人物が、部屋の扉の前に待ち構えていた。
金髪を逆立てメッシュを入れた男で、真っ黒な革ジャンを着ている。先ほどの大男ほどではないにせよ、大きいという表現に充分な身長と体格を持っていた。
「どいつがプレイヤーだ? まずは交渉と行こうじゃねぇか」
「全員従者だ」
「何? それであいつらを倒したのかよ。すげぇな。だが困った。プレイヤーじゃねぇなら、倒さなきゃならねぇ」
革ジャンの男の全身から魔力が吹き出す。それは先ほどキュウたちを足止めした男たちよりも遙かに大きいものだ。そして困ったとは口で言っているものの、彼の顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「一つ尋ねるが、先ほど交渉と言ったようだが、余地があるのか?」
「命乞いかい、美人さんよ?」
「こちらは主の意向が分からない。そちらが襲ってきたから対応しただけだ。先ほどの奴らも殺していないし、今ならまだ互いに交戦せずに終わらせられるかも知れない」
「そうか、気を遣わせたな。だがもう無理だ。拠点攻防戦の条件が満たされちまったからな」
「チームごと異世界に来たか。もしくは異世界でチームを組んだか」
「後者だ。あんたがチーム<フォルテ>の従者である限り、戦わなきゃならねぇ」
「プレイヤーが居ないと拠点攻防戦のキャンセルができないからな。今回は非常事態だったが、今後、プレイヤーが居ない場所での戦闘は慎重を期す必要があるな」
「今後はないから安心しな」
「お前がな」
エンシェントが革ジャンの男と交渉をしていたけれど、キュウはその内容の半分も分からない。肝心のもう戦うしかない理由が理解できないからだ。
エンシェントが両手に真っ黒なナイフを取り出し、アルティマも紅い剣を構えた。
革ジャンの男は徒手空拳なのか拳を握ってファイティングポーズを取る。
キュウはセフェールと一緒に邪魔をしないよう下がることしかできない。
三人の殺気が交わり、今にもぶつかり合いが始まるかに思えた瞬間。
何やら部屋の外が騒がしいことに気が付いた。騒がしいと言うのであれば、元々騒がしかったのだけれど、騒がしさの質が変わったのだ。
それは睨み合う三人も気が付いたようで、お互いから目を逸らさずに周囲へ気を配っている。それでも三人は外の状況が騒がしすぎて集中できず、暗黙の了解で殺気を引っ込めて距離を取った。
「おい、ヒヌマ、どうした?」
「アル、ラナリアに連絡を取れ、何があった?」
「あ、主殿が………」
キュウは主人のことを最強だと思っている。今やそれを疑うつもりは毛頭無い。
レベル九九九九を超えたカンストの絶対者。様々な魔術や魔技を作り出し、他人に与えることができる。大量の物品や強大無比な魔法道具を多数所持している。山のように巨大な黄金のドラゴンをものともせずに打倒する。エンシェントたちのような存在を神の力で創り出す。
まだ、足りないとは、思わなかった。
主人を形容する言葉が、まだ足りないなんてどうして想像できよう。
有り得ない事態が起きている。
キュウも、エンシェントも、セフェールも、アルティマも、革ジャンの男も、公爵の反乱で浮き足立っていたアクロシア王城の騎士や兵士たちも、たぶん件の公爵も、誰もが目と耳を疑ったに違いない。
アクロシア王都の上空に、巨大な大地が現れたのだから。
◇
快晴の青空の下、明るい日の光に照らされた王都に住む市民たちは、地面が揺れるのを感じた。地震そのものは珍しい現象ではない。机の上の水が波紋を立て、食器棚がカタカタと泣き出し、店先の看板が転んでも、彼らは生活を続けている。
だが周囲の風景が突如として夜の闇に包まれれば、何事かと空を見上げざる得ない。
そして知る。空に浮かんだ巨大な大地を。
見上げた先にある大地は、その途方もない威容を以てアクロシア王都の空を覆い尽くしていた。
「なんだよ、これ」
誰かが漏らした感想は、多くの者が心に浮かべたものだった。
パンを焼いていた職人も、洗濯物をしていた主婦も、軒先で走り回っていた子供も、依頼書を握り締めた冒険者も、荷馬車を走らせていた商人も、教会で祈りを捧げていた神父も、真新しい剣を振っていた鍛冶師も、壁の関所で荷物検査をしていた兵士も、集結して隊列を組んでいた騎士も。
皆が皆、顎を限界まで上げて、目と口を丸く開いている。
自分の力の無さを改めて実感して悔恨にくれていた神官が。
仲間を助けて貰い、今度は命まで救われた冒険者が。
西に展開する軍へ正式な抗議の準備を進めていたギルドマスターが。
白い目で見られながらもギルドで仕事を探していたエルフが。
空の大地から飛び立ち、地上へと降りる一匹の鳥を見た。
それに乗っているのは最強の男。