第十話 キュウのレベル上げ 前編
フォルティシモはキュウが剣を振るい、斬るというよりも叩くようにブルスラを攻撃するのを見守っている。キュウにパワーレベリング、つまりキュウではなくフォルティシモの能力を使って通常では考えられない高い効率のレベル上げを行うつもりだ。
たとえば、取得経験値が大きなモンスターをフォルティシモが押さえつけている間にキュウが倒したり、キュウが戦っている間に横から回復や支援スキルを使いまくるなど、およそパワーレベリングの方法には事欠かない。
そうだと言うのに、ブルスラという低レベルのモンスターと戦っているのは経験値の増加を確認するためだ。キュウは自分自身で情報ウィンドウを出せないというので、この異世界には経験値という考え方があるのかを事前に確認したかった。キュウの情報は、フォルティシモの情報ウィンドウの従者画面から見られる。
そして今、キュウがブルスラを倒したと同時にキュウの経験値が増加した。
「ふむ」
「あの、なにか、ご不快でしたか?」
言われて自分の眉間に皺が寄ったことに気付いたので、すぐに表情を和らげた。キュウに経験値が入り、フォルティシモに経験値が入らないということは、フォルティシモはファーアースオンライン時代以上には強くなれないのでは、と一瞬だが考えてしまったのだ。こういうことは誤魔化さないほうが、後々の信頼関係のために良いだろう。
「俺の最強への道筋が見えなくてな」
「も、申し訳ありません」
「なんでキュウが謝る?」
「………私が弱くて幻滅されたのではないのでしょうか?」
「まったく気にしてない。レベル一なんだから普通だろ?」
「はい………」
フォルティシモはインベントリから宝石が散りばめられゴテゴテしたデザインの金の腕輪を取り出した。欲望の腕輪というL級アイテムで、入手時には何の特殊効果も持たない珍しいアイテムだ。何の効果もないアイテムがL級に設定されていることには、もちろん理由がある。
ファーアースオンラインではアイテムの特殊効果を引き継ぐことができるシステムがあり、それが生産スキル【合成】になる。アイテムは設定された特殊効果スロットの空き分だけ、別のアイテムの特殊効果を引き継ぐことができ、この欲望の腕輪は特殊効果スロットの空きが八つあるためのレア度だ。
フォルティシモは自分の持つ欲望の腕輪の特殊効果スロットを眺める。
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大:限界突破10 経験値5000%増加
取得経験値上昇・特大の効果を持つアイテムを八十八個合成した、掲示板で「廃神器」と呼ばれる特殊効果スロットの限界構成。
このアイテムを作るのには苦労した。取得経験値上昇が付いているのは修練の襷というガチャアイテムなのだが、レア度によって効果が上昇するため、排出率の低いL級アイテム狙いで八十八個出さなければ作れないのだ。これ一つ作るのに必要な期待値金額はとてつもない額に登る上、出るまでガチャし続けるのがなかなかに苦痛だった。
しかし、それだけ苦労した甲斐もあり、このアイテムの合計経験値上昇量は、脅威の四〇〇〇〇%。つまり、一匹倒せば四〇〇匹倒したのと同じ経験値が入る。フォルティシモの強さを支える必須アイテムと言える。
「次はこれを付けてブルスラを倒してみてくれ」
「はい」
キュウは言われた通りに欲望の腕輪を付けて、ブルスラに向かって行く。
キュウがブルスラを倒すと、一気にレベルが十以上上昇した。どうやら取得経験値上昇の効果も適用されているようだ。
「あれ?」
「どうした?」
「なんだか身体が軽くなった気がします」
レベルアップにそんな効果はないはずだが、この世界に来てからレベルアップをしたことがないので確実なところは分からない。
「次はこれを付けてブルスラを倒してみてくれ」
「はい」
フォルティシモはもう一つ欲望の腕輪を出した。キュウがブルスラを倒した。結果に満足する。
「次はこれを付けてブルスラを倒してみてくれ」
「………はい」
フォルティシモはもう一つ欲望の腕輪を出した。
「あの、これは? 三つとも同じ、物ですよね?」
「聞きたいか?」
「いえ、その、いいえ? いえ、はい」
フォルティシモは失態を悟った。キュウが怯えている。当時の怒りを思い出して低い声が出てしまった。ここは分かりやすくかつ優しく説明して挽回しなければならない。
「この腕輪にはレベルが上がりやすくなる最上級の効果が八つ付いてる」
「そんなものが、あるのですか?」
「問題はそこじゃない。こいつの効果は十六個で打ち止めだったんだっ! ガチャ回す前に書いとけよクソ運営がっ………!」
即座に運営に問い合わせたら臨時メンテナンスが入り、特殊効果の表記に上限値が記載された。運営から個別に対応する旨のメールが入っていたが、フォルティシモは怒り心頭だったので断った。そして、従者に装備させて従者のレベル上げに使えることも知り、さらにもう一個作った。この廃神器を合計四個も持っているのはフォルティシモだけだろう。
「申し訳ありません!」
「あ、いや、キュウに怒ったわけじゃない。この件に関して冷静になれるプレイヤー、じゃなくて人間は居ないんだ。俺もそうだというだけで」
フォルティシモはわざとらしく咳払いをして話題を戻す。
「とにかく、こいつを三つ付けた状態を確認したい。腕輪三つは付けにくいだろうが、試してくれ」
「はい」
キュウもレベルが上がったため、ブルスラなら一撃で倒せる。フォルティシモと自分の剣の間で、何度も視線を行き来させて驚いていた。
苦労して作ったアイテムの効果を実感して驚かれるのは気分が良い。しかし、残念なことに取得経験値上昇の上限値はゲームの時と変わらないようで、八〇〇〇〇%が限度だった。
「なにがすべての制限が取り払われる、だよ」
運営に問い合わせたかったが、インターネットに繋がらないのでメールも送れない。
「キュウ、効果は二つが限度だった。最後の一個は返してくれ」
「はい」
「【ソードマン】のクラス解放条件は剣で百体のモンスターを倒すことだ。種類は問わないから移動しながらモンスターを討伐していく。繰り返しになるが、これは戦闘だ。少しでも調子が悪かったり違和感を感じたら俺に言え」
キュウは真剣な目でフォルティシモの話を聞いている。偉そうに言っているが、フォルティシモだって本当の戦闘なんて、この世界に来て初めて経験したので想像で言っているだけである。
「わかりました」
「よし、走るぞ」
しばらく走ると、キュウが肩で息をしながら座り込んでいた。フォルティシモとキュウではAGIの数値に差がありすぎた。AGIは速度全般に補正が掛かるステータスで、移動速度にも大きくはないが補正が適用される。そのためキュウのレベルでは、フォルティシモの十分の一も速度が出ないのだ。
「申し、訳、ありま、せん」
「いや、一つ賢くなった」
ゲームには息切れという要素はなく、この世界にはある。フォルティシモはこれまで息切れをしなかったので、VITあたりが体力に補正を掛けるのかも知れない。
純粋な体力はポーションで回復するのだろうかと疑問が湧いた。この状態で液体を飲めというのは可哀相なので、インベントリから取り出した霧状のポーションを使ってみる。使った途端、キュウがぎょっとした顔をした。
「私、傷は負っていません!」
「体力は回復しないのか」
「しないです」
HPは体力ではなく生命力という扱いなので、生命力を回復させるポーションでは意味がないらしい。ふと、他のゲームでは疲労というバッドステータスがあることを思い出し、インベントリからパナシーアというアイテムを取り出した。
「それは、何でしょうか?」
「いわゆる万能薬だ」
「ば、万能薬?」
「辛いかも知れないが、飲んでみてくれ」
「こ、こちらは、その、おいくらなのでしょうか?」
「店売り品じゃないし、この世、じゃなくてアクロシアに来てから見たことがないから値段は知らない。けど、俺が試したいだけだからキュウは気にしなくていい。いや、飲んで結果を俺に知らせてくれ。これはかなり重要だ。俺の生死にも関わる。だから早く飲むんだ」
今後、自分が疲労困憊になった際にパナシーアを使えば回復するのかどうかを見ておく必要がある。
キュウは大人しくパナシーアを飲む。
「すごい、です。疲れも、足も痛かったのに」
「足が痛かったなら言ってくれ」
「申し訳ありません! 戦闘ではなかったので」
「キュウ、遠慮はしなくていい」
「はい………」
しかし、疲労だけでなく筋肉痛にまで効果があるとなるとパナシーアは貴重だ。売れば大儲け確実だったが、パナシーアはフォルティシモの持つ生産スキルでは精製できない。従者であるつうが必要だ。
「道は俺が指示するから、キュウが自分のペースで走れ」
「はい」
キュウが走る度に揺れる黄金の毛並みの尻尾を見ていると、無性にもふもふしたくなる。触ってもキュウなら怒らないだろうし、ちょっと触ってみようかな、なんて考えながら走っていた。
当初の予定では、キュウに【ソードマン】を取得させた後、経験値を荒稼ぎできるダンジョンへ向かおうと思っていた。しかし、疲労があることが分かると、キュウの体調を考慮して無理をするのは避けることにした。
「ほら、捕まえたから早くやれ」
「はいっ」
フォルティシモがモンスターを押さえ込んでいる間に、キュウがモンスターを斬り付けて倒す。普通ならパワーレベリングだとしても時間が掛かる行為だが、欲望の腕輪の効果によってレベルアップ速度は尋常ではない。少し斬り付けるだけでモンスターは消滅してドロップ品が残る。
「あの、この魔物はどのくらいの強さなのでしょうか?」
「雑魚だ」
「そうですか………」
「体力に関しては俺の計算ミスだ。気にしなくていいし、むしろ助かった」
キュウに気を遣っているわけではない。フォルティシモは本気でそう思っている。今後、重要な局面で疲労困憊で動けません、なんて事態が発生しないよう気をつけることができるのだ。
「いえ、そんなわけにも」
「まあ、気になるならこれから頑張れ」
「………はい」
フォルティシモからすれば、まだまだ狩り足りない時間だが、キュウは疲れているのかふらふらしている。今日は多少無理してでももう少し頑張ってもらい、夕食には栄養のある物でも食べさせてやろう。
「お?」
「あれは?」
フォルティシモとキュウの視線の先に、モンスターが集まっている。身長三メートルはありそうな石の巨人に加え、その半分程度の石の人形が二十体ほどいる。
「『サン・アクロ道』のフィールドボスか。またトレインか? 今度は取り巻きもいるな」
「あ、あのモンスターは強いのでしょうか?」
キュウがフォルティシモの服を力強く掴む。まだ出会って三日だが、こんな行動に出たのは初めてだ。彼女にとってモンスターは恐怖の対象らしい。
「バトルシップゴーレム、まあ俺にとっては雑魚だ」
デモンスパイダーの時は慎重になりすぎて後から思い出しても無様な行動を取ってしまったので、ここは格好良いところを見せるために、華麗なスキルを見せなければなるまい。
「瞬間・氷結」
フォルティシモがスキルを放つと、バトルシップゴーレムとその取り巻きのファイターゴーレムが一瞬にして凍り付く。氷の肖像と化した人形たちは、それ以上動くことなく元のただの人形へと戻った。
フォルティシモは【氷魔術】をカンストさせ、念入りに設定したスキルに満足する。
「すごい………!」
キュウの呆然とした称賛が気持ちいい。
そう、これだ。これが欲しいのだ。何と言われようが、この瞬間が最高の時間だ。嫉妬もそれなりに気分がいいが、この純粋な驚きと称賛。
「あ、さすがでございます、ご主人様」
内心は叫びたいくらいに嬉しかったが、それはフォルティシモというキャラクターに似合わないので我慢する。
「あいつらはもう動かない。キュウはあいつらを攻撃して倒しておけ。経験値が入る」
「はい」
キュウが白い息をさせながら、ゴーレムたちを倒していく。レベル差がかなりあるので本来なら危険でも、ゴーレムたちは氷付けになって動かないので安心して眺めていた。
そんな調子で夕方まで狩りをして、日が落ちる前に街へ戻った。街に戻るとキュウは安堵の溜息を吐いていた。フォルティシモからすれば雑魚モンスターでも、レベリングの前はレベル一だったキュウにとっては命懸けの戦闘なのだから、緊張して当たり前だ。その配慮が足りていなかったと反省する。
「何か食べたい物はあるか?」
「お昼もいっぱい食べましたから大丈夫です」
何時間も走って戦ってを繰り返していたので、かなり疲れているはずだ。あまりに疲れていると、すぐには食べられないかも知れない。キュウの遠慮なのか本音なのか判断が難しい。
「食べたい物が思いついたらすぐに言うんだぞ。何も言わないと俺が勝手に決めるからな」
「あの」
「どうした?」
「私は、少しくらい、レベルが上がりましたか?」
フォルティシモは情報ウィンドウからキュウのレベルを確認する。本音を言えば、あの廃神器と呼ばれる欲望の腕輪を使った結果としては、残念な結果だと言わざる得ない。狩りを行ったのは数時間だが、腕輪の効果を考えれば千時間以上の狩りに相当する経験値が入ったはずだ。
しかし、それを率直に言えば、キュウは落ち込むだろう。それでは、何と言えばいいのかは思い浮かばない。言葉に迷っていると、キュウはフォルティシモの気持ちを察したのか沈んだ声色で付け足した。
「明日は、もっと、がんばります………」
「俺もこの国の常識を知らないが、たぶん十分なレベルには上がった、だろう」
冒険者カードが無ければ、キュウは自分で自分のレベルを確認できないのだ。タイミングが良いのでアイテム納品がてら、キュウの冒険者登録を行うことにする。
夕方の冒険者ギルドは混雑している。多くの冒険者が昼間に依頼の遂行をして、夕方に戻ってくるからだ。ゲームの頃は逆の理由で混雑していた。プレイヤーは学校や会社から帰ってきて、ギルドでクエストを受注する者が多い。フォルティシモはほとんど一日中ゲームをしていたので、空いている時間に利用していた。
冒険者登録の受付までは混雑していなかったので、キュウを受付職員に任せて、フォルティシモは情報ウィンドウを使ってスキルの設定やインベントリの整理を行う。
キュウは職員の説明を真剣に聞いている。やがてフォルティシモの時と同じようにスペルスクロールを渡され、発動するとカードが出現した。
「えっ!?」
キュウが声をあげた。
「あの、何かの、間違いでは?」
「いいえ、術は正しく発動いたしました」
「でも」
キュウが戸惑って職員を困らせているようなので、フォルティシモも近づいて声を掛ける。
「どうした?」
「ご主人様、レベルが」
キュウのカードを覗き込む。マナー違反なのだろうが、キュウの情報はフォルティシモの従者だからレベルどころかステータスのすべては筒抜けだ。
「レベル七八か。合ってるが」
「合って、る?」
キュウがあまりにも驚いた様子だったので、念のため情報ウィンドウでも確認する。確かにキュウのレベルは七八だった。
「け、け、今朝、ま、まで、わ、私」
今朝までレベル一だったのに、レベル七八になって驚いたということだろう。雑魚狩りとは言え、経験値上昇を使っていたし、ファーアースオンラインはご多分に漏れず低レベルの頃はレベルも上がり易い。パワーレベリングなのだから、この程度ならば一日で上げられる。もちろん、もっと経験値効率の良い狩場へ行ければ、上昇はこんなものではない。
とは言え、キュウの驚きようから、あまり口外すべきでない情報かも知れない。
「これで問題ない。登録完了したなら行くぞ」
キュウを連れて誰も居ない場所までやってくる。
「欲望の腕輪を使えば、このくらい上がるんだ。他人には言うなよ」
「っ………は、はい」
キュウは慌てた様子で欲望の腕輪を外した。
「お、お貸し頂きましてありがとうございました!」
「明日も使うから付けてていいぞ」
「い、嫌です!」
嫌、と来た。そしてキュウは泣きそうだった。
「もし落としたり、盗まれでもしたらっ」
なるほど。キュウの言う事は尤もだ。ゲームには慣れていても現実には慣れていないフォルティシモにとって、フォローも仕事の内だと言ったが、彼女はきっちり仕事をしてくれる。
「そうか。そうだよな。アイテムって装備してても盗めるよな。現実なんだから」
ファーアースオンラインにデスペナはあっても、PvPで倒したプレイヤーのアイテムを奪ったりはできなかった。しかし、この世界では殺した相手のアイテムを奪うこともできるのだ。
欲望の腕輪なんて廃神器をキュウに持たせていたら、よくて誘拐、悪くて強盗殺人の格好の的になる。納得したフォルティシモは、キュウから欲望の腕輪を受け取ってインベントリに仕舞う。
フォローしてくれたキュウを褒めておかなければ。
「良くやった。次も頼むぞ」
「………はい?」