その1
それから15日後、霞宮軍は双湾国に到達し、朝廷軍はようやく動員が終わり、京から出陣していた。
数としては2万5千と8千。
霞宮軍の方が圧倒的に有利だった。
俺と黒は偵察に出ていて、上空から朝廷軍の進発を確認した。
確認後、俺達2人はすぐにその場から離脱して、霞宮軍のいる双湾国へと向かった。
タケタケタケ、すぃーん……。
ピューピュー。
空を飛んでいると、風の音がやはり聞こえてきた。
俺と黒との間には会話がなかったので、余計風の音が耳に付いた。
「……」
黒は何も話そうとしなかった。
(な、何か話さないと……)
俺は何故か焦っていた。
「ええっと、黒……」
俺は黒に話し掛けようとした。
「……」
だが、黒の反応はなかった。
(まずいぞ……)
この所、ずうっとこんな調子なのだが、俺が何かしたという覚えは全くなかった。
「黒も護符無しで、言霊を遣えるようになったけど、あれって、やっぱり、化学反応のイメージ?」
俺は兎に角話し掛けないといけないという強迫観念に駆られていた。
正直、何を話していいか、分からなかった。
なので、変な事を聞いていてしまったという自覚はあった。
……。
それに対して、黒からの反応は全くなかった。
(やれやれ、どうしよう……)
俺は途方に暮れようとしていた。
「あんた、何言っているの?」
黒はぼそっとそう言った。
「へぇ?」
反応が遅かったので、俺はちょっと驚いた。
「何を言っているか、分からないけど、あたしが護符無しで遣えたのは、護符を頭の中でイメージしたからよ」
黒は不機嫌そうな口調だが、ちゃんと答えてはくれていた。
「そうなんだ……」
俺は黒の口調にビビって、合いの手を入れただけだった。
そこで、再び会話が途切れた。
……。
(ん?ちょっと、待て……。
それって、俺のやり方以外にもやりようがあるって事?
否定されたって事?)
俺はそう思うと、何とも言えない気持ちになっていた。
そう、凄い事を思い付いて、自慢気だったのが、もっと簡単な方法があるよと突き付けられた気分だった。
まあ、研究をやっていれば、よくありすぎる事だった。
だから、そんな事、慣れっこだよーん!
ぐっすん……。
まあ、それはともかく、俺達は湖の南側を通過していた。
そして、俺は、湖の東側の先に視線を送っていた。
(本当に、それはともかく、今は話し掛けないと……)
俺は未だにそういった強迫観念に駆られていた。
まあ、いつもとは違う黒が気になって仕方がなかったからだ。
「恐らく、あの辺りが決戦の場になるのかな?」
俺は飛んでいる方向の北東側を指差しながらそう言った。
「……」
黒はそれに対して何も答えなかった。
やっぱり、ロリ巫女に俺が捕まって以来、黒はどうにも口数が少なくなったようだ。
とは言え、不機嫌という訳ではないようだ。
(いや、それは違うかな?)
時には仏頂面をしていたので、不機嫌と言えば、不機嫌な時もあった。
それより、今は、無表情な時の方が多かった。
紙コップ通信をしている時や、こちら側に参加した時は愚痴などの口数が多くて辟易していたが、今度は逆に口数の少なさに辟易していた。
「前の世界でもそうだったけど、やはり、天下分け目の決戦には同じ場所が選ばれるのかな?」
俺はとりあえずそのまま言葉を続けた。
その場所や数こそ違うが、前の世界では日本最大の合戦が行われた場所だった。
この予想は、無論、偵察前に吉野・大庭の両将監が俺に示したものだった。
ただ、その時、同じ場所にいた霞宮が何も言わなかったのが今になって気になった。
(霞宮様はこの戦いをどう指揮するつもりなのだろう?)
俺は今まさに通過しようとしている北側の決戦場を眺めながらふと不安に駆られ始めていた。
そこを離脱するかのように、俺達の進路は東側から南東へと緩やかに変更していた。
「あんたはこの後どうするつもり?」
黒はぼそっとそう俺に聞いてきた。
「えっ!?」
俺は黒が口を開いたのにびっくりして黒の方を見た。
まあ、それだけではなかった。
何を聞かれているか全く分からなかった。
黒の方は最近のいつも通り真っ直ぐ前を向いて、俺と視線を合わせようとはしなかった。
黒は黒で何かを考えているようだったが、それが何か分からなかった。
「だから、今後どうするつもりか聞いているのよ!」
戸惑っている俺に対して黒は少々苛立っているようだった。
「今後って、何?」
俺は益々黒が何を聞きたいのか分からなくなっていた。
「この戦いの後の事を聞いているのよ!」
黒は爆発寸前といった感じで初めて俺の方を見た。
「この戦いの後って……、もう勝った気でいるのかい?」
俺は完全に呆れてしまった。
確かに兵力差を考えると、負けるはずのない戦いだった。
(それにしても、戦いなんだから終わってみないと分からないじゃないか……。
霞宮様自身の事も気になるし……)
「ふぅ……」
呆れている俺に対して、黒は大きな溜息をついて、再び視線を前に戻した。
(あれ?どういう事?)
黒の態度は逆に俺に呆れていたといった態度だった。
タケタケタケ、すぃーん……。
ピュー、ピュー。
再び俺と黒との間に沈黙が流れ、風の音がまたやけに耳に付いてきた。
どうやら、俺はとんちんかんな事を黒に言ったようだった。
「戦いの勝敗なんて、あたしには分からない。
けど、この戦いで多くの人が死ぬ事になる。
そうなった後、あんたはどうするの?」
沈黙を破った黒の言葉は衝撃的だった。
確かにこれは呆れられても仕方がない。
このまま行くと、大勢の人が死ぬ事になる。
これでいいのだろうか?
俺は自分の脳天気さに嫌悪感を覚えながらも何も言い出せないでいた。
と同時に、黒が無表情になっている理由も分かってしまった。
(うーん……)




