その1
その後、猫山寺で就寝となった。
ぽつーん……。
俺は女性4人とは別の隣の小さな部屋で就寝していた。
(何か寂しい……)
好青年のお茶目な妄想が出来ないからではなくはなかった。
まあ、それはともかく、またうまく寝付けないでいた。
猫蓮との対面の時以外、現状の説明はなされていなかった。
4人は話さなかったと言うより、疲労のため、話せなかったと言った方が正しかった。
まあ、とりあえず、1人になったので落ち着いて考える機会ができた。
今は、これまでの事について自由に延々と考えを巡らせることにした。
尤もこのせいで寝付けないでいたのかもしれない。
(ここは異世界であることは間違いないらしい……。
そして、俺は勇者として召喚されたらしい……)
俺はこう考えると思考が完全に止まってしまった。
……。
……。
……。
思考停止のまま、しばらく天井を見上げていた。
(いかん、いかん!)
俺は首を横に振って思考を再開した。
現状を受け入れるのは難しいことかもしれないが、現実にこうなっている。
俺は頬をつねってみた。
「痛いぞ。
夢ではないらしい」
ありがちな確認の方法だが、俺はわざわざ口に出した。
(夢ではないと分かった以上、現実を受け入れなくては。
結果を素直に受け入れないと、科学は進歩しないと先生も言っていたしな)
ここでの先生とは俺が通っている大学の研究を指導してくれている教授だった。
まあ、俺は俺で何とか気を取り直そうとしていた。
(さて、折角の機会だし、科学的な解釈でもしてみるか!)
俺は両腕を組んで考え始めてみた。
(まあ、一般相対性理論では説明が付かないよな、やっぱり。
あっちの世界とこっちの世界でこの現象を観測できれば、同じ支配方程式を導くことができるのだろうか?
そうなると画期的なことになるな、うん)
俺は目を瞑って思考を深めようとした。
……。
……。
……。
何も思い浮かばなかった。
(いやいや、出来たら凄いが、観測方法がないし、その方法すら思い付かない!)
俺は今度は目をカッと見開いた。
(今こんな事、考えても無駄じゃん!)
俺は大きな溜息をついた。
自分の属性上、仕方がないこととは言え、今は無駄な思考をしている場合ではなかった。
(いかん、いかん!
もっと現状を打開できるようなことを考えないと!
前向きに考えよう!)
俺は1人頷きながらいい方向へと思考を持って行こうとしていた。
(しかし、何で勇者なんだ?
そして、言霊遣いって何々だ?)
思った傍から違う方向に思考が傾いた事はこの時の俺には分からなかった。
(まあ、応龍を消したり、ツキノワグマを出したのは面白かったけど……)
俺は枕元にある護符を手に取った。
じぃー。
(これを使って具現化したと言うことは、これは触媒みたいなものなのかな?
そう考えると、とっても分かりやすいかもしれない)
俺はそう思いながら護符を眺めていた。
今度は少し前向きな考えになってきたようだ。
しかし、すぐに顔が引きつってきた。
むずむず、ピクピク……。
(おかしいだろう!
都合良すぎだろう!)
結局、前向きな考えを受け入れる事は出来そうになかった。
(この護符で、化学反応の触媒みたいに活性化エネルギーを低くする事ができるって?
それによって、具現化しやすくするのか?
そんなのナンセンスだ!)
俺はそう思うと、触媒と思われる護符を手放し、大の字になった。
とても虚しく感じられたからだ。
何だか自分のやってきた事を否定されているような気分になっていたからだ。
(大体、具現化したものはどっから来たのだ?)
一旦1人ツッコミを始めるともう止まらなかった。
(量子テレポーテーションとでも言うのか?)
そんな訳あるか!
(それにどう考えても、熱力学第一法則に当てはまるとは思えん!)
エネルギーの収支はどうなっている?
合わないよね!
(これでは永久機関が完成してしまうぞ!)
無から有が出来たのだから永久機関どころではないのだ!
俺は次々に否定的な考えが思い浮かび、今度は手足をバタバタさせた。
(いや、この際、科学的な解釈はどうでもいいのだった。
現代科学で解明された事象はほとんどなく、万能とは言い難いものだ)
一通りツッコミを入れると今度は何とか前向きに考えようとしていた。
(それに解明されなくても使われている技術はたくさんある。
というより、そちらの技術の方が圧倒的に多いくらいだ)
寝ながら考える人のポーズになりながら冷静さを取り戻した。
いや、どちらかというと、諦めかも知れない。
完全にメカニズムが解明されていないからと言って、統計学的に効くと分かっている薬を使わない手はないからだ。
(そう考えると、俺もよく分からないけど、使えるのだったら使った方がいいのだろう)
俺はようやく建設的な妥協ができたようだった。
(うわぁ、ダメだ!
気になって仕方がない)
俺は再び手足をバタバタさせた。
この辺の葛藤は自分の性みたいなものでどうしようもなかった。
ぽわーん……。
俺は宙に浮いている白い紙コップが目に入った。
「え?なにこれ?
空中に浮いている!」
俺はびっくりして思わず口に出していた。
紙コップはスウッといた感じで俺の方に向かってきてた。
いや、落ちてきた。
コツン……。
「痛っ」
紙コップは俺の左目に当たって床に落ちた。
まあ、紙コップだったのでそれほど痛い訳ではなかった。
「しかし、なんなんだ」
俺は迷惑に思いながら床に落ちた紙コップを見た。
すると、紙コップの底に白い糸がくっついているのを見つけた。
(糸電話?)
形から察するとすぐにその言葉が浮かんだ。
白い糸の先を目で追っていくと、紙コップが出現した地点で糸が消えていた。
あり得ないだろうという言葉を飲み込んだ。
(口に出すと、また消えてしまうかもしれないしな……。
あ、護符を握っていないから平気なのかな?)
言霊遣いの仕組みがよく分からない俺は念のため、禁断の言葉を口にするのを止めた。
そして、ゆっくりと起き上がりながら床に転がっている紙コップを拾った。
(まさかね……)
俺は紙コップを見詰めて、疑念を持ったが、とりあえず、耳に当ててみた。
「もしもし……もしもし、聞こえていますか?」
紙コップから女の子の声がした。
(あ、こいつ、俺と同じ世界から来た奴だ……)
教えられる前にそう悟った。
紙コップでは呼び掛ける声が聞こえた後に沈黙するを繰り返していた。
「はい、聞こえていますよ」
俺は面倒くさいと思いながら沈黙した時に紙コップにそう呼び掛けた。
(こんな事するのはいつぐらいだろう?
小学校以来か?)
懐かしさと同時に馬鹿馬鹿しさが込み上げてきた。
「あ、良かった、通じた。
通じたと言う事はあなたも私と同じ世界から来た人ね」
(あ、同じ事考えている。
ん?よく考えてみたら、同じ世界とは限らないよな……。
まあ、今はいいか……)
……。
しばらく沈黙が続いた後、
「もしもし……、もしもし、聞こえていますか?
……。
あ、そうか、聞こえているなら返事してください、どうぞ」
と言う声が紙コップから聞こえた。
(「どうぞ」って、ああ、喋れって事か……)
「ええっと、聞こえています、どうぞ」
俺はまどろっこしいと思いながらそう答えた。
「あなたは新たに召喚された勇者で間違いないのよね?どうぞ」
「はい、そうです」
と俺は素直にそう答えてから、
「ということは、あなたは黒の勇者ですね?どうぞ」
と鈍いながら相手の正体が分かった。
「その呼ばれ方、嫌い!」
黒の勇者は本当にその名称が嫌いらしく、ちょっと怒っていた。
(まあ、そうだよね。
恥ずかしいよね)
俺はしみじみ頷きながら黒の勇者に同意した。
「でも、そう呼ばれるのは仕方がない事なのよね……」
今度は諦めたようにそう言った。
(何だ?情緒不安定か?)
俺は黒の勇者の態度を訝しがった。
「いや、そんな事はどうでもいいのよ」
黒の勇者はすぐに気分が持ち直したらしかった。
ただ、俺は「どうぞ」と言われていないので、紙コップを耳に当てていつまでも黒の勇者の言葉を聞いている他なかった。
(いつ本題に入ってくれるのだろう?)
俺は困っていた。
「それよりも!」
と黒の勇者のボルテージが上がって、
「あなたと一対一で話がしたいのだけど、可能かしら?どうぞ」
と今度は何故か挑戦的な口調でそう聞いてきた。
「それはどういう事でしょうか?どうぞ」
俺はあまりの展開にそう聞かざるを得なかった。
(一応、敵キャラだよね?
彼女は……)
「どうもこうもないわよ。
ただ話したいだけよ、どうぞ」
黒の勇者はちょっと苛立っていた。
「何を話すのでしょうか?どうぞ」
俺は彼女の意図を探るようにそう聞いた。
(味方に引き込もうという魂胆か?)
俺は大いに警戒した。
「何を話すかって?
それは色々に決まっているでしょ、どうぞ」
黒の勇者は当たり前の事を聞くなという態度だった。
(うーん、深く考えてはいなさそうだけど……)
どうしようもない答えだったので、俺は更に迷ってしまった。
「この世界について色々な事を教えて下さると言う事でしょうか?どうぞ」
今度は下手に出てみた。
「そうね、一対一で話し合うのなら色々教えてあげなくもないわよ、どうぞ」
黒の勇者の方は勿体ぶったような勝ち誇ったような口調になった。
(ちょろいのかな?
やっぱりそれほど深く考えを持っている訳ではなさそうだな)
俺はそう感じていた。
(うーん……。
彼女から情報を聞き出すメリットは大きいよな……。
でも、罠って可能性は完全に捨てきれないよな……)
俺は一方で迷っていた。
……。
俺が何も反応を示さなかったので、しばらく会話が途切れていた。
「どうしたの?
教えを乞いたくないの?どうぞ」
黒の勇者は俺の反応がないのを訝しがってはいたが、完全に上から目線になっていた。
(ま、大丈夫だろう!)
黒の勇者の口調で俺はそう確信した。
「分かりました。
どこへ行けばいいのでしょうか?」
俺は意を決して会う覚悟を決めて立ち上がった。
(有益な情報が得られれば、いいのだが……)




