その4
俺達一行が宿房に入ると、尼僧が出迎えてくれた。
そして、すぐに最奥の部屋へと案内してくれた。
「ただ今、住職が参ります。
しばらくお待ちくださいませ」
尼僧は丁寧にそう言うと部屋を辞した。
俺は部屋で座っていて、その様子をポカンと眺めていた。
ドン!
俺の目の前に、右近と左近は几帳を置いた。
要するに、姫宮・女御と俺の間に目隠しとなる仕切りを置いたのであった。
(まあ、これが本来の姿だけど……)
俺は当然の如く、残念極まりなかった。
ただ、几帳の向こうでガサゴソ音がしていたのでもの凄い気になっていた。
(まあ、お二人の笠を脱ぐのを右近の君と左近の君が手伝っているだけなんだろうけど……)
俺は平静を装うと努めていた。
(でも、見えないとなるとなんか、こう、イメージが膨らむというか……)
俺のお茶目な一面が現れようとしていた。
だが、ちょうどその時に、
「失礼致します。
住職の猫蓮でございます」
と言う凜とした声が聞こえた。
完全にタイミングを合わせて現れたような感じだった。
そういう事なので、俺は突然後ろから声を掛けられたのでヘラッとした顔まま振り向いてしまった。
猫蓮が正座してお辞儀をした状態から頭を上げた時にちょうど俺と目がバッチリと合った。
猫蓮はそんな俺の顔を見て、クスリとした。
(やばい、好青年のお茶目な妄想がバレている……)
俺は大いに焦った。
ここでの好青年とは、好色な青年という意味ではない事は明記しておかなくてはならない。
俺の沽券に関わる事だからだ。
「麗景殿の女御様、並びに一の姫宮様のご来訪、誠に光栄に存じます」
猫蓮はそんな俺に構わずに挨拶を続けた。
俺は気まずくなり、猫蓮という尼僧から目を逸らし、再び几帳の方を見た。
「突然の訪問なのに歓迎して下さり、ありがとうございます」
几帳の奥から女御の声がした。
(女房を介してやり取りする訳ではないのだな……。
まあ、俺に話し掛けてくれたぐらいだから、そうなんだろう)
俺はやり取りを興味深げに観察することにした。
几帳の奥からは右近と左近が出てきて、こちら側から几帳の左に右近、右側に左近が座った。
「ご感謝には及びません。
ただ、このような突然のご来訪、ご説明願えれば、幸いでございます」
猫蓮は早速本題に入ろうとしていた。
(猫蓮さん、ナイス!
俺もそれが聞きたい!)
俺は身を乗り出していた。
「右近の君、説明して差し上げなさい」
猫蓮の言葉を受けて女御は右近にそう命じた。
「はい」
と右近は女御の方に一礼してから、
「端的に言えば、内裏で変事が発生しました」
とまずは短く結論を述べた。
「なんと!
主上が害されたと言うことでしょうか?」
猫蓮は驚きを隠せなかった。
「!!!」
当然俺も驚いていた。
「残念ながら主上の安否は不明ですが、主上を排しようとする反乱勢力により内裏が占拠されたのは事実であります」
右近はそう説明を加えた。
(この世界では主上と呼ぶのだな。
女御様は主上の妃だし、姫宮様はその御息女。
それで、難を逃れるために逃亡中と言ったところか……)
俺はこの時他人事のように感じていたことは否めない。
だが、ようやく事の一端が分かってきたので安心した。
「そうでしたか……。
京はそんな大変なことになっていたのですね」
と言って、猫蓮は暗澹とした表情になってから、
「して、追っ手の方は巻いたのでしょうか?」
とすぐに察しのいい質問をしてきた。
「はい、それは巻いたと思われます。
しかし……」
右近は何だ言いにくそうだった。
「そうですね。
時間の猶予はまだあると思いますが、いずれはここを嗅ぎつけるでしょう」
猫蓮は右近の言いにくそうなことを代わりに言った。
シーン……ずしぃーん……。
猫蓮の言葉に場の空気が暗く淀んだものになった。
「しかし、何故そのような大それた事が起きたのでしょうか?」
猫蓮はすぐに次の質問をしてきた。
(うん、俺もそれ聞きたい!)
暗澹たる空気の中、俺の方は知りたい事ばかりだったので、更に身を乗り出していた。
「首謀者は左大臣で、それに黒の勇者が加担しています」
右近はそう答えた。
(勇者!?
俺、何もしていないぞ!)
俺は明らかに狼狽え始めていた。
ドキドキ!!
「なんと!
勇者が反乱とは、前代未聞の出来事ですね」
猫蓮は再び驚いていた。
だが、何か腑に落ちないという表情をしてから、
「と言うことは、そこの御仁は?」
と猫蓮は俺を見ながら次の質問をした。
「はい。
我が召喚した白の勇者様です」
そう答えたのは几帳の奥にいる姫宮様です。
「そうですか。
事態の打開のために、新たな勇者を召喚なさったと言うことですね」
猫蓮は俺をじっと見ながらそう言った。
ドキドキ!!
俺はじっと見られていたので軽く会釈した。
(あれ?ちょっと待てよ。
新たなる勇者って、俺の事だよな、恥ずかしながら……)
俺は狼狽えた態度からあれ?といった態度に変わっていった。
(反乱を起こした勇者は俺じゃないから、俺は二番目に召喚されたって事?
って事は、前の勇者が何かやらかしたって事?)
猫蓮が納得した表情をした反面、俺は事態の変化について行けなかった。
「白の勇者様ですか……」
猫蓮はまだ俺をじっと見ていた。
俺は白の勇者と所以となったと思われる白衣を見た。
白衣は一連の逃亡劇で薄汚れており、とても白とは呼べない状態だった。
まあ、尤も転んで汚れただけなのだが……。
(なんか、もう、白くなくてごめんなさい!)
俺はちょっといたたまれなくなっていた。
「まあ、お召し物は明日にでも洗濯させましょう」
猫蓮は俺の心を読んだのか、ニッコリと笑ってそう呟くように言った。
「ふぅー」
俺はその呟きに対して安堵の溜息をついた。
「右近の君、左近の君」
猫蓮は几帳の前にいる右近と左近に対して呼びかけた。
口調が凜となっていて、迫力があった。
「はい!」
右近と左近はかしこまったように同時に返事をした。
「承知しているかもしれませんが、追っ手がこの寺に迫った場合、女御様と姫宮様、そして、勇者様を伴って抜け穴から脱出なさいなさい」
「心得ております」
右近が猫蓮の言葉にそう答えた。
「二人共、抜け穴が出る位置、その先の逃げ道はきちんと把握しておりますね」
「はい、抜かりはございません」
右近はかしこまったようにそう答えた。
「左近の君はどうなのです?」
何も答えない左近の方を猫蓮は見た。
「はい、抜かりございません」
左近はまるで借りてきた猫のような感じだった。
(一体、猫蓮さんって、何者なのだろうか?)
俺は感心すると共に、ちょっと怖かった。
「よろしい」
猫蓮はそう言うと凜とした表情から一転再び柔和な表情に戻った。
そして、猫蓮は視線を几帳の奥の方に向けると、
「何もないところでございますが、すぐに夕餉の支度を致します。
ご滞在の間は私どもがお世話させて頂きますので、何卒、ご緩りとお過ごしください」
とそう続けた。
「心遣い、感謝致します」
女御様は猫蓮の言葉にそう返答した。
(何か、安心したような……、緊張したような妙な会談だったな……)




