その5
俺は左近の一睨みで、現実に引き戻されると、3人の後を追った。
とぼとぼ……。
途中、右近と合流すると、俺達一行は権左の案内で湖へと向かった。
「あまり近付きすぎますと、見つかるやも知れません」
権左はそう言うと、立ち止まった。
湖はまだ見えないがかなり近いらしかった。
俺はいよいよ追い詰められた。
いや、完全に詰んでしまった。
もう、やるしかなかった。
俺を初め、この一行が助かる方法はなかった。
日は完全に傾き、間もなくすれば、日没になるだろう。
辺りが暗くなってしまえば、飛ぶ事はさておき、墜落する時、いや、間違った。
着地する時に困る事は明らかだった。
「国司の兵達の中に言霊遣いはいるのでしょうか?」
俺はこの期に及んで潔いとは思えなかったが、時間稼ぎの質問をしてしまった。
「大丈夫です。
在野にはいるやも知れませんが、集まっている兵の中にはおりません」
右近があっさりと答えてくれたので、時間稼ぎにもならなかった。
俺はとてもバツが悪かった。
……。
しばらく沈黙の時が流れ、一行の動きも完全に止まってしまった。
「何しているの、あんた」
沈黙を破るように、左近が俺にツッコミを入れてきた。
「左近の君、勇者様は集中なさっているのです」
右近は左近を注意してくれたが、これは同時に俺への大いなる買い被りだった。
その為、逆に大きなプレッシャーになってしまった。
(『信頼』って、こえぇぇ……)
俺はそう思いながらみんなの視線が一身に集まる事を感じて、焦った。
「どうかなさいましたか?」
姫宮が俺の様子が変な事に気が付いて声を掛けてきた。
「どうしたもこうしたもありません……」
と言う言葉も口に出せないほど、俺は焦っていた。
「……」
実際の俺は押し黙っていた。
「しっかりしなさいよ!」
左近はそう言うと、俺の背中を思いっ切り叩いた。
パッシィーン!!ドタッ!
俺はその反動で膝を突いて倒れ込んでしまった。
「左近の君!」
右近が左近を叱った。
だが、叩いた本人である左近はびっくりした顔を俺に向けていた。
思いっ切り叩いたとは言え、倒れるとは思わなかったようだった。
左近のびっくりした顔を見て、びっくりした俺の顔の前を護符がひらひらと通り過ぎて、地面に落ちた。
(あ、俺、切羽詰まっていたんだな……)
俺は自分の状況を把握すると、急に落ち着きを取り戻した。
そう、この無様な状況から抜け出すには、ただ立ち上がればいいだけなのだ。
俺は護符を拾い上げると、ゆっくりと立ち上がった。
(湖を越えるにせよ、霊山に逃げ込むにせよ、ここまで来たからには絨毯を使う他ないような)
俺は護符を自分の胸の前に置き、構えた。
この時の俺は、ちょっとかっこいいかも知れない。
(無理そうだったら霊山の方へ行こう!)
俺は決心した後にすぐにダメだった事を考え、気楽になった。
そう、すぐに日和っていた。
(まずは考える!
空飛ぶ絨毯を考える!
集中だ!!!)
俺は強い意志を持って心の中で念じた。
「空飛ぶ絨毯!」
俺は護符を○○えもんが秘密道具を出す時みたいに掲げると、どや顔でそう言った。
ボンッ!ひらー……。
すると、きちんと空飛ぶ絨毯が出現した。
「えええっ!?」
驚愕の声を上げたのは勿論権左だった。
こうした声を上げてくれると、何だか自信になった。
地面から少し浮いた状態の絨毯に左近、姫宮、右近、そして、俺の順に乗った。
御三方は思いの他、絨毯に慣れてきたようだった。
まあ、じゃないと、これで湖を飛び越えようなんて思わないか……。
「権左、お世話になりました」
姫宮が和やかにそうお礼を言った。
「いえ、最後はあまりお役に立てずに申し訳ない事です。
どうか、この先、お気を付けて下さい」
権左は神妙な面持ちでそう言った。
「ありがとうございます。
権左の方こそ、気を付けてお帰りなさい」
「ははっ、これはもったいない言葉で」
権左は姫宮の言葉に感激して、頭を下げた。
「では、行きます」
いつになく快適に空飛ぶ絨毯を出せた俺は自信を持ってそう言った。
ヒューン……。
絨毯は一気に高度を上げていった。
ビューン!
そして、湖の方へ飛んでいった。
「えええっ!?」
権左はその様子を見て、再び驚愕の声を上げたが、やがてその声も聞こえなくなった。
絨毯は沈み始めた夕日を背に快適に飛んでいた。
高度を上げるとすぐに湖が確認でき、上空から一番狭い所を今越えようとしている事が確認できた。
権左の案内が正確だった事を物語っていた。
ピュー、ピュー!!
上空は風があったので、俺以外の姫宮達3人は絨毯にへばりつくようにしていた。
それに対して、俺は予想以上に快適な飛行の為、仁王立ちのままだった。
(今、俺、輝いている!!)
ひらひら、ピューン……。
飛ばないように護符を懐で握りしめながら、ひたすら飛んでけ、飛んでけと願っていた。
ざわざわ、がやがや……。
湖に入る前、桟橋らしき場所で何やら騒いでいる声が聞こえたが、飛行は順調で引き返そうとは思わなかった。
姫宮達の方は絨毯にしがみつきながらも下の様子を見ていて、感動していた。
この辺から察するに、姫宮達は飛ぶ事が好きになってきたたようだった。
ひらひら、ピューン……。
絨毯は更に順調に飛び続けて、湖の半ばに差し掛かった。
ぱたぱた、ヒューン……。
(あれ?俺、調子に乗りすぎた?)
俺は何やら異変を感じていた。
こう感じている時点で集中力がなくなっている証拠だった。
既に俺の輝きは色褪せてしまっていた。
(もう一回、集中、集中!)
俺はそう思ったが、すでにコントロールを失いつつあった。
ゆらゆら、ヒュー……。
向こう岸は飛び上がった瞬間から見えていた。
最初、意外に近いなあと思いながら飛んでいた。
だが、今、現在、まだ湖の上だと言う事は明白だった。
そして、近いなあという感情からまだまだ遠いという感情になるのにはそんなに時間が掛からなかった。
つまり、快適な空の旅が徐々に怪しくなってきた。
ゆらゆらゆら、ヒュ……。
いつの間にやら、俺は仁王立ちから姫宮達と同じように絨毯にしがみつく姿勢に変わっていった。
そして、絨毯の端から下を見て、向こう岸の位置を確認した。
(もうちょい、もうちょい!$#)
俺はそう思いながら何とか絨毯を操っていた。
ゆらゆらゆら、ふらふらふら……。
絨毯は上下左右に揺れながら徐々に高度を下げていった。
いや、落ちていた。
(もうちょっと、もうちょっと!$#%)
俺は焦りながらそう念じていた。
後で考えると、念じ方が間違っている事に、この時、気が付いていなかった。
だが、その時にはそんな余裕がなかった。
ゆらふらゆらふら……。
しかし、念じ方はともかく絨毯は向こう岸に近付いていった。
(がんばれ!¥$がんばれ!¥$)
何を応援しているのかと聞かれると、困るのだが、そんな事を考える余裕なんてなくて、とにかく応援しながら絨毯を操っていた。
ゆらふら、ぐらん、ぐらん!!
姫宮達ももうとっくの昔に異変に気付いていた。
まあ、この状況で異変に気が付かない方がどうかしている。
「あんた、ちゃんとしなさいよ!」
俺の後ろから左近の怒号が聞こえてきた。
しかし、振り返る事もそれに答える事もできる余裕は俺にはなかった。
ぐらぐら、ぐらん、ぐらん!!!
それが合図になったのかどうか分からないが、絨毯は更に上下左右しながら急に高度が下がった。
(もうちょい、もうちょい!¥$%&#)
俺は必死になってそう念じた。
コントロール不能になったようだが、絨毯は何とか向こう岸への着陸ラインに乗っているようにも思われた。
ぐぅぐらん、ぐらん……。
いつの間にか揺れが小さくなっているような気がした。
(よし、何とかなる、何とかなるぅ!)
俺は徐々に近付いてきている向こう岸を見ながら確信した。
そして、その確信通りに絨毯は向こう岸の地面の上に差し掛かった。
「何とか、越えた!」
絨毯の下が地面だと確信すると俺はそう叫んでしまった。
だが、それがいけなかった。
すぅっ……。
俺が叫ぶと同時に絨毯が消滅してしまった。
「えええっ!?」
4人の声がハーモニーのように合わさると、4人は真っ逆さまに地面に墜落した。
ヒューン……、ドタ!!
痛みで誰もが呻き声を上げたが、それほど高い場所から墜落したのではなかったので、幸い誰も怪我をしなかった。
下が砂地だったのも幸いしたのだろう。
「あんたねえ!」
早速左近は俺に怒りの声を上げた。
「姫宮様、大事ないですか?」
右近の方は姫宮を助け起こしながらそう聞いた。
「はい、大事ないです。
左近の君、白の勇者様はどうですか?」
姫宮は酷い目にあったのに気品を保ち、優しく問い掛けてきた。
この辺は本当に凄い事だと思う。
「はい、大丈夫です」
左近は姫宮に機先を制されたようにトーンダウンした。
「こちらも大丈夫です」
俺は少し安心してそう答えた。
「では、すぐにここを離れましょう」
右近はそう言うと、姫宮と共に歩き始めた。
左近は俺に文句を言いたいのだろうが、それを我慢して歩き出した。
俺は一番最後に立ち上がってそれに付いて行こうとした。
その時、懐で握りしめていた護符を取り出して何となく見た。
(あれ?この護符、俺が書いた物だ!)
俺はまじまじと護符を見詰め返した。
そして、自分が書いた護符で間違いがなかった。
書いたはいいが、試せなかった護符だった。
それはともかく、どうやら、俺は言霊遣いとして覚醒したようだった。
間違って自分の書いた護符を使ってしまっただけなのだが……。
(ちゃらららーん、白の勇者のレベルが上がりました!)




