その2
ゆさゆさ……、ぶんぶん!!
俺はいつの間に寝てしまったらしく、左近に乱暴に起こされた。
(首がカクカクする……)
俺は自分の首根っこを押さえながら嫌な感覚を覚えた。
「あんた、ちゃんと目を覚ましなさいよね」
左近は顔を近づけながら怒気を含めて言った。
「あ、ええ、はい。
ごめんなさい」
俺は明らかに年下の女の子に怒られ、謝っていた。
しかも完全なる平謝りだった。
「これ、左近の君。
白の勇者様はお疲れになっているのでしょうからもう少し寝かせておいてあげればよろしいのに」
姫宮はそう左近を注意してくれた。
(姫宮様の言うとおりだよね、全く!)
俺は姫宮の言葉に全面的に賛成した。
「いいえ、一の姫宮様。
女御様も姫宮様もすでに起きているというのに、こやつだけ呑気に寝かせておく訳には行きません。
不敬に当たります」
左近は俺の胸元を掴んだままそう言った。
起こした時からそんな態勢だったが、いつでも俺を揺さぶれる態勢だった。
(昨夜からだけど、左近の君は俺に当たりが強いな……)
俺は左近に対して大いに不満を持った。
「ですが、左近の君。
白の勇者様はこちらに来てまだ丸一日も経っておられないのですよ。
不慣れな中、とても大変でしょうに」
女御も左近を注意してくれた。
(この親子は優しいな)
俺は二人に庇われてすっかりと上機嫌な笑顔になった。
ただ、それを見た左近はあからさまにムスッとした表情になった。
「いい、ヘラヘラしていないで、きちんとしなさい。
私達は追われているのだから!」
左近は俺に釘を刺すように睨みをきかせてそう言った。
(顔、顔近いよ、左近の君……)
怒られているのに、俺はうれし恥ずかしいといった感じだった。
「まあまあ、左近の君。
それくらいにしておきなさい。
白の勇者様、朝餉の準備ができております。
粗末なもので、恐縮ですが、どうぞお召し上がり下さい」
姫宮は取りなすように別の話題に持って行った。
それを聞いた左近はようやく俺の胸元から手を放して、離れてくれた。
(朝食か……。
と言っても、もう昼ぐらいだろうけど……)
俺はふと床を見ると、見るからに粗末なお椀に一杯の粥が入っていた。
これが本日の朝食だった。
他の4人も同じ食事だと思ったので、俺は特に不満はなかった。
「頂きます」
俺は手を合わせてそう言うと、食事を始めた。
お粥は思ったより早くなくなってしまった。
そして、味気なかった。
というより、味がなかった。
また、何より量が少なく、腹の足しにならないと言った感じだった。
「ごちそうさまでした」
俺は再び手を合わせてそう言って、食事を終えた。
食事をしたお陰で、一息付けた。
そして、冷静になって辺りを見回した。
(あれ?一人足りない?)
間抜けな事に俺はその事にようやく気が付いた。
「右近の君でしたら、京に行っています」
俺は何も言わなかったが、姫宮は察しがいいのか、そう答えた。
「ああ、そうなんですね」
俺は短くそう言った。
恐らく右近の君は情報収集に行ったのだろう。
(それにしても、姫宮様も女御様も笠を被ってしまった。
お顔が見れなくて何だかとても残念だな)
俺は本当に残念無念といった感じだった。
「ちょっと、あんた。
また、緊張感のない顔をして。
状況、分かってないんじゃないの?」
再び左近は俺にキツく当たってきた。
確かに姫宮と女御の方を見て顔がにやけていたかもしれなかった。
「うん、確かに状況が全く分かっていない」
俺は素直に左近に聞かれたことにそう答えた。
……。
……。
……。
俺の言葉を聞いた他の3人は一瞬ぽかーんとして沈黙してしまった。
しかし、すぐにそうだったというような態度に変わった。
(だって、何も説明されていないのだもの。
俺が分かっていないのは仕方がないことだよな)
俺は聞いてくれた左近に感謝した。
「白の勇者様、大変申し訳ございません。
遅ればせながらご説明させて頂きます」
姫宮は改めてそう言った。
しかし、そう言ったと同時に京に行っていた右近が帰ってきた。
「皆様、追っ手が迫ってきております。
直ちに、御退去を」
右近は社殿の引き戸を開けながらそう言った。
どうやら天は俺に現状を説明する機会を与えたくないらしかった。
(やれやれ、どうなっているのやら……)
俺は大きな溜息をついた。
俺は右近に促されながら他の3人同様に社殿を出ようとしていた。
すると、出るところで、右近に呼び止められた。
「白の勇者様、護符が手に入りましたのでお渡ししておきます」
右近はそう言うと、昨夜と同じ護符を俺に渡した。
俺はそれを受け取って、まじまじと見た。
「ところで、昨日、俺が出したツキノワグマ達はどうなったんだろう?」
俺は護符を見ながら急に昨日のクマ達を思い出した。
「さあ……」
右近は困った顔をして答えられなかった。
恐らく言霊遣いには詳しくないのだろう。
「白の勇者様、それでしたら、勇者様が気を逸らしたところで間もなく消えたかと思われます」
俺の後ろにいた女御がそう答えた。
「ふーん、そうなんだ」
俺は納得できない点がばかりであった。
だが、状況が状況だけにそれ以上は聞く暇が無かった。
そして、俺達5人は社殿を後にして、再び逃避行に移っていった。
(何か、逃げてばかりだけど、この先、どうなる事やら……)