その1
山籠もり修行が始まって今日で4日目。
とりあえず、3日坊主にはならなかったようだった。
傍目から見ると修行と呼べるほど、大変なものではないのかもしれない。
だが、俺は敢えて「修行」と呼ぶ事を心に決めていた。
だって、そう呼ばないと涙が出てきちゃうもの……。
格好が付かなくて……。
かきかき、かきかき……、はぁ、はぁ、ひゃあ、しぇーっ……。
午前は護符書き、午後は山へトレッキング(?)と同じ事の繰り返しだった。
ドタ……ドタ……、ひゃあ、ひゃあ、ド……タ……、ひゃ……うげっ……。
まあ、修行がいつ終わるのか想像ができないくらいの惨状だった。
(やっぱり、しんどい!
って、もんじゃない……)
そろそろ嫌になってきた。
だが、嫌になっている理由は俺の字の下手くそ加減と体力のなさ過ぎる事だった。
俺にとっては何よりも自分の能力が低すぎて事が進まない事が何よりも耐え難かった。
よって、文句を言わずに修行を続ける事とした。
とは言え、面倒臭いと思わない訳ではない訳ではなかった。
「しっかし、何で進歩がないのだ?」
師匠は俺が今書いている護符を途中で取り上げてそう言った。
先程まで俺一人だったのに、いつの間にかに目の前に立っていた。
もう慣れたが、どうしてこうも神出鬼没なのだろうか?
師匠は怒る事は絶対にしなかった。
だが、いっつも俺を哀れむような不思議な表情をして、首を傾げていた。
それは、単に俺のダメさ加減から来るものだった。
「師匠、護符には何て書いてあるのですか?」
俺はこの表情が苦手だったので、話題を変えたかった。
「ああ、『八百万の神々よ、我の願いを聞き給え』と書いてある」
師匠は何だか少し上の空のような感じだった。
「ふーん、そうなんですか」
俺は感心した。
こっちでも八百万の神々なんだなと安心(?)した。
「らしい……」
師匠は先程の言葉にそう付け加えた。
「へぇ……???」
俺は目が点になった。
「わしにも分からん。
わしの師匠もそう書いているらしいと言っていた」
と師匠は言っている事に全く釣り合わない神妙な面持ちでそう言ってから、
「いつ伝わってきたのか、分からないくらい昔の事だからな。
分からなくなるのも当然だ」
と言って、わっはっはと豪快に笑った。
(笑う事なのかよ!)
俺は心底呆れてしまった。
「言霊の仕組みとかも分からないのでしょうか?」
俺はまさかと思いながらそう聞いた。
「ああ、そうだな。
詳しい仕組みなど誰も知らない」
師匠はあっさりと自供した。
「そんな……」
俺はまさかと思った事が現実になった事で絶句してしまった。
そんなにいい加減でいいのかと感じたからだ。
だが、師匠はそんな俺を見て、不思議そうな顔になった。
「理の全てが分からずとも、使える事は多くあると思うが?」
師匠は今度は逆に俺に聞いてきた。
(確かに、理の全てが分からないのに、使用している技術はたくさんある。
というか、俺の世界でも使っている技術はほとんど全てがそういう技術だ。
完璧に分かっている事との方が圧倒的少数だよな。
分かっていたら、開発にあれほど苦労する筈ないしな……)
俺は師匠に言われて改めて世の理を再認識させられた。
そして、自分の世界でやっている研究に思いを馳せた。
「確かに、その通りですね」
俺は師匠の言葉に同意せざるを得なかった。
「まあ、結局、こうするとこうなるからこうしているのだと言う事なのだがな」
「経験則というヤツですね」
俺はドヤ顔で師匠の言葉にそう返した。
だが、当の師匠の方は俺の言葉に首を傾げていた。
ドヤ顔した俺の表情は引きつっていた。
「まあ、わしには何と言うか分からんがな」
師匠は俺ががっかりするぐらいあっさりとそう言った。
ただ、知らない事を知らないと弟子の前で言える師匠はきちんとした考えを持った人なのだと言う事を感じた。
「師匠、でしたら、言霊はどうやって使えばいいのでしょうか?
そういえば、俺はまだ師匠に言霊の使い方を教わった事がないのですが」
俺は思い出したように師匠に聞いてみた。
俺はこの時初めて言霊の事を質問した事に気が付いた。
間抜けな話である。
言霊の修行の為に日々過ごしていた筈なのに……。
当の師匠は俺の質問を聞いて思いっ切り怪訝そうな顔をした。
(俺、変な事聞いた?)
俺は師匠の顔を見て不安になり始めていた。
師匠の反応が予想外すぎたからだ。
尤もこれまで予想が当たった事がないような気がするのだが。
「何でそんな事を聞くんだ?」
師匠は俺に何を言っているんだという感じで聞いてきた。
「えっ!?だって、この修行は言霊の使い方を教えて下さるのではないのですか?」
俺は思いっ切り不安になった。
勿論、今やっている事が役に立たないかもしれないと思ったからだ。
「お前さん、もう言霊を使えているだろ?」
師匠は輪を掛けて、怪訝そうな表情になった。
「え、あ、はい」
俺は師匠にそう言われて、その通りだと思った。
だが、やはり腑に落ちなかった。
「だったら、何の問題ないではないか」
師匠は本当に何を言っているんだこいつという顔をしていた。
「あ、だから、もっと上手く言霊を使うコツみないなものはないのでしょうか?」
俺は俺で、何でここまで説明しなくてはならないかと感じていた。
「それはお前さん、考えが足りないと言う事だよ」
師匠は短すぎる言葉でそう答えた。
「はぁ……???」
俺はこの短すぎる言葉で更に頭が混乱していた。
どうも、話が噛み合っていない気がする。
「俺が知識不足だと言う事は自覚していますが……」
俺は不満そうにそう言った。
「いやいや。
上手く言霊を使えていないと言う事は、使う時に考えが足りていないと言う事だ」
師匠はそう説明してくれた。
「考えが足りない?」
俺は師匠の言葉を繰り返した。
「そう、足りないのだな」
師匠もそう繰り返した。
(ああ、あの時、チェーンソーが動かなかったので、そういう事か……。
もっと考えて、考え抜かなくてはいかないのだな……)
俺は何となく分かってきた気がした。
「では、考えれば、考えるほど精巧な物を出せると言う事ですね」
俺は師匠の言った事を確かめてみた。
「そうじゃな、別物と言ってもいいかもしれんな」
「でも、考える量を増やすと、時間が掛かるのでは?」
俺は変な疑問が浮かんできた。
「それは、慣れだな。
何度も同じ物を出していると、すぐに出せるようになる。
今までいっていた事と違うが、そんなに考えずともな」
「ということはですね、何度も出している物をパッと出した後、次に何度も出している物を考えに考えて出すと、別物になる。
それは言霊封じを返せると言う事になるのでしょうか?」
俺は魔法の絨毯の事を思い出しながら聞いてみた。
「お前さん、そういう所は頭が回るのだな。
お前さんの言うとおりの事が、起きる事だろう」
師匠は感心したようにそう言った。
だが、断定する訳ではなかった。
師匠はこう言った言い方が好きなのだろうか?
断定する事はある点を除いて、あまりないような気がする。
まあ、ある点とは俺に進歩がないという点である。
悲しくなるからその点についてはもう考えないようにしよう!
とは言え、質問したからにははっきりした答えが欲しくなるものである。
「だろうと言う事は、実際、やってみないと分からないと?」
俺は一応そう聞いてみた。
「その通りだ」
師匠はあっさりと認めた。
断定されたが、つまり、よく分からない事を肯定したに過ぎなかった。
だが、俺は師匠とのようやく噛み合った会話で何となく言霊の何たるかを掴めた気がした。
(ただ、これは絶対、熱力学第一法則に沿った現象ではない!)
俺は猛烈に怒りに似た別の感情が湧いてきた。
ただし、科学者の卵としての憤りはあったが、生き延びるためには言霊を極める他なかった。
「まあ、それらはともかく、護符を何とかせんと、どうしようもないぞ!」
師匠は再び俺に小言を言い始めた。
(結局、とどのつまり、そうなるのね……)




