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その1

 俺の名前は伊藤拓哉いとうたくや、23歳。

 大学院生で修士一年だ。


 ピカッ!!

 ズブズブ、ズーン、ヌッパ。

 スットーン!


「やりました。

 勇者様を召喚できました」

 俺の目の前に跪いていた美少女(?)がそう言った。


 ただ暗くて顔がよく見えなかったので、声からそう判断した。


(でも、あれ?

 召喚って何?)

 俺は周りを確認しようとしたが、暗くてよく分からなかった。


(ローソクではないな……。

 燭台ってやつかな?

 博物館で見た事があるやつだ……)


 燭台は俺を囲むように四方に配置されていた。


 しかし、現代社会の明るさに慣れた俺には明かりにはなっていなかった。


「一の姫宮、よくやりました」

 俺の真後ろから少し落ち着いた女性の声が聞こえたので、後ろを振り向いた。


 俺はこの人も美人だろうと声からそう判断した。


 しかし、如何せんこう暗くてはよく分からない。


「この方を『白の勇者様』と呼ぶ事に致しましょう」

 俺の真後ろの声の主はそう続けた。


(え?何、その恥ずかしい呼び名……)

 俺は唖然とする他なかった。


「では、白の勇者様、こちらに」

 目の前の美少女がゆっくりと立ち上がってそう言った。


 そして、半身になって手招きをして俺を誘う素振りを見せた。


(「白の勇者」ってねぇ、さっきから何を言っているんだ?)

 俺はふと自分の姿を確認するように視線を落とした。


(白って?

 この白衣の事?)

 俺は当惑しながらその場を動けなかった。


(一体どうなっているんだ?)


「白の勇者様、色々腑に落ちない点がおありだと思いますが、今は緊急事態ですのでお急ぎを」

 後ろの女性がそう言った。


 緊急事態の割には口調がおっとりしていて緊迫感が全くなかった。


 前の美少女は前の美少女で口調が和やかすぎているのだが……。


(そう言えば、勇者って何?

 もしかして、やばい事になっている?)

 俺は嫌な予感がしたので、その場を動かなかった。


「ささ、お早く」

 前の美少女は促すようにそう言った。


(俺、ついさっき実験室に入ったばかりだよな?

 今日は触媒の合成をしようとしていたはずなのだが……)

 俺は事態が全く飲み込めなかったので全く動き気にはなれなかった。


「白の勇者様、お早く!」

「女御様と一の姫宮様に対して失礼であろう!」

 怒号とも取れる声が2つ聞こえてきた。


 前出の2人とは違う声だった。


 それと同時に暗闇から2組の両腕が現れ、俺の両腕を左右からがっちりと掴んだ。


「うわぁ!!」

 俺はびっくりした。


 左右側には全く人の気配がなかったからだ。


 びっくりしている俺を引きずるように、ではなく、完全に引きずって2人は前へと進んだ。


 暗闇でよく見えないが2人は女の子だった。


 腕に胸の膨らみが当たっていたのでそう感じた。


「右近の君、左近の君。

 失礼があってはなりませんよ」

 俺の前の少女はそうは言ったものの、止めてくれる訳ではなかった。


 俺は引きずられて、前の少女の横を通り過ぎた。


(この娘、確か、一の姫宮って呼ばれていたな……。

 後ろの人は、女御様って……。

 もしかしたら、2人は皇族?)

 俺は訳分からないまま戸口まで連れて行かれていた。


(とは言え、今はそんな呼び方しないよな?

 まるで平安時代だな……)

 俺は為すがままに引きずられながらそう思った。


 後で考えると、呑気すぎるのだが、この時は生命の危機とは無縁だとに感じていた。


 よって、俺は為すがままにされていた。


 戸口の引き戸を右近と左近と呼ばれている二人の女の子が開けた。


 そして、俺はそのまま外へと連れ出された。


 その後を一の姫宮と女御が続いた。


 部屋から出た先は縁側だった。


 だが、外は部屋以上に真っ暗で何も見えなかった。


 どうやら夜のようだった。


 ピュー、ピュー、ぶるぶる……。


 吹いてきた風が何だか冷たく、不気味さを覚えた。


「お急ぎ下さい!」

 右近か左近か分からないが俺の左側の女の子がそう言った。


 両脇の二人は相変わらず俺を引きずっていたが、自分で歩かせようとしていた。


「待った、待った。

 一体どういう事なの?」

 俺はようやく口を開いて説明を求めた。


 遅すぎるのだけど、やはり説明は聞きたかった。


 肌寒さでようやく正気に戻ったという感じだった。


「白の勇者様、訳は後でお話しします。

 今は一刻も早くここを離れなくてはなりません」

 一の姫宮が和やかにそう言った。


(そんな和やかな言い方をされても、ねぇ……)

 俺は少々呆れてしまった。


 本当に切羽詰まっているのだろうが、たぶん、人柄だろう。


 全く緊迫感が伝わってこなかった。


(ただ、両脇の二人の様子から察するとやはり緊急事態ということなのかな?)

 俺はそう思いながらうーんと唸ってしまった。


 ただ、両脇の2人は歩こうとしない俺を尚も引きずっていた。


「分かったから、手を放してくれ。

 ちゃんと付いて行くよ」

 俺は堪らずそう言った。


 今までの状況からこの4人は俺に危害を加える気がないらしい事が分かった。


 むしろ、身を案じているようだった。


 俺の言葉を聞いた右近と左近は一瞬躊躇うような仕草を見せたが、すぐに手を放した。


「こちらです、付いてきて下さい」

 2人の女の子の内の1人がそう言った。


 どうやら俺から離れて先導してくれているようだった。


 声が聞こえたが、その姿がすぐに分からなくなるぐらい外は暗かった。


 新月の夜というのはこのような状況なのだと初めて認識した。


 俺は声のする方向に急かされたので急ぎ足で向かった。


 スカッ。


 あるはずの板がそこにはなく、足が空を切った。


 ドン、ダン、ダン、ドーン!!


 そして、見事に転げ落ちてしまった。


「イタタタァ!」

 階段に気付かずに転げ落ちた俺は全身を打ち付けていた。


「大丈夫ですか?」

 一の姫宮はびっくりと心配しているようだった。


 大丈夫と言いたかったが思った以上に痛みが全身を駆け巡っていた。


「間抜けすぎるわね」

 右近か左近か分からないが、付いてきてと言った方じゃない女の子が呆れていた。


 声がちょっと幼い感じがした。


 声の主の方じゃない女の子が俺を助け起こしてくれた。


 助け起こされる時に、空が目に入った。


 一面の星空に息を呑むほどだった。


 都会の中心部では見られない星空だった。


 裏返して言えば、それほど周りに文明の明かりというものがなかった。


「白の勇者様、歩けますか?」

 助け起こしてくれた女の子がそう聞いてきた。


「ああ、何とか」

 痛みでしびれていたが、俺は何とか歩き出していた。


(右近に左近、どちらも女房名と言うやつだろうか?

 多分、助け起こしてくれた方が右近で、きつい物言いをする方が左近かな?)

 俺はそんな事を思いながら付いていった。


 得体の知れない連中に付いていくのはどうかと思う、普通は。


 だが、全員女性なので付いていった側面はない事はないのではなくはない。


 そう、そんな事はない事はないのである!


「さ、追っ手が参ります。

 白の勇者様、行きましょう」

 複雑な感情が織り交ざってきた俺の後ろから女御が急かすように言った。


 口調は落ち着き払っているので相変わらず緊迫感がないのだが。


 俺は言われるままに早足で歩き出した。


(おっと……)

 だが、如何せん真っ暗で何も見えなかったので、何度も躓いて転びそうになっていた。


 そんなんだからペースが上がらなかった。


 それに対して、明らかに左近が苛ついていた。


 さっきからキツい物言いと態度を示しているのは左近だけだった。


 でも、まあ、苛つかれていても真っ暗で見えないので致し方ないじゃないと俺は感じていた。


 しばらくはそんな感じで歩いていたが、何やら後ろが騒がしくなってきた。


「いたぞ!」

「逃がすな!」


 そう怒鳴る声が後ろから聞こえてくると、流石の俺も焦りを覚えた。


 これが女御が言っていた追っ手なのだろう。


(本当だったんだ!)

 俺はようやく実感が持てたといった感じだ。


「辺りを照らせ、光の球!」

 何やら呪文のような声がしたかと思うと、照明弾のようなものが空に上がった。


 ピカッ!


 辺りが昼間のように明るくなった。


(うわっ!)

 俺は光によって一瞬目が眩んだ。


 だが、暗闇の中歩いていたので何だかホッとしてしまった。


 ただ、俺を含めた5人の姿がはっきりと追っ手に視認されてしまったのは言うまでもなかった。


 周りが明るくなったお陰で、俺の同行者の姿形もはっきりと分かるようになった。


 後ろの二人は壺装束と言った平安時代とかの旅装束だった。


 着物姿に大きな笠を被っていた。


 笠からは半透明の布が姿を覆うように垂れ下がっていた。


 なので、二人とも顔はよく見えなかった。


 それがミステリアスな雰囲気を醸し出していた。


 やはり、皇族なのだろう。


 それに対して、前の二人は直垂ひたたれと言った身軽な格好をしていた。


 山伏風の格好と言った方が分かりやすいかもしれない。


 男装しているといった感じだ。


 ただし、いずれも後ろでに長い髪を縛った美少女達だった。


 呑気に観察していた俺と違って、前後の4人は追っ手に対してすぐに行動に移った。


 俺を中心にするかのように、前後の4人が入れ替わった。


「我らがここで食い止めます。その間にお逃げください」

 直垂姿の年長と思われる女の子がそう言った。


「右近の君……」

 女御は何か言い掛けたが口を噤んだ。


 どうやら、年長の方が右近で、年少の方が左近らしい。


「女御様、ご心配なさらず、すぐに追い掛けますから」

 左近は振り向いてニッコリと笑った。


「二人とも、頼みましたぞ。

 ただ、無理をしてはいけません」

 女御はそう言う他ないようだった。


「さあ、白の勇者様、行きましょう」

 姫宮は俺にそう言った。


 俺は言われるままに姫宮と女御と共にその場を離れようとしていた。


「出でよ、応龍」

 追って側からそう叫び声が聞こえた。


 ピカッ、どどーん。


 空が光り、轟音が響き渡った。


 俺は驚いてそちら側を見ると、光が消えると共に龍らしきものが現れた。


(何それ?

 ここはファンタジーの世界?

 平安時代ではないのか?)

 恐らく俺がこれが異世界に来たという認識を持つに至った初めての事だった。


 さっきの光の球で気付いてもいい筈なのに、それぐらい俺は察しが悪かった。


 尤も、召喚された時点でファンタジー世界だという事は気付くべきだったのだが……。


「くっ、四霊使いがいるとは」

 右近は舌打ちしてそう言った。


 右近の様子からかなりヤバい事が分かった。


 というより、目の前の大きな龍の出現を見てヤバいと思わない方がおかしかった。


「どういう事?」

 俺は隣にいた姫宮に聞いた。


「追っ手は言霊遣いです。

 その中に、四霊の一つ、応龍を呼びさせる者がいたようです」

 姫宮はそう答えた。


(言霊遣いって、そういう者なの?

 何でも具現化できるの?

 理屈に合わなくない?)

 俺は目の前の理不尽な現象に変な苛立ちを覚えた。


 科学者の卵ゆえのものだろう。


「こういった護符を使って、言霊を遣います」

 姫宮は懐から護符を取り出して、目が点になっている俺に渡した。


(この紙切れで?

 何でも出せる?

 チート過ぎやしないか?)

 俺は受け取った護符をまじまじと見た。


 まあ、こんなことをしている場合ではないのだが。


 だが、憤りみたいな怒りかも知れない何か妙な感情が湧いていた。


「応龍よ、あの者達を足止めせよ!」

 追っ手の方からそう叫び声がすると、応龍が一気にこちらに向かってきた。


「逃げますよ!」

 追っ手を食い止めると言っていた右近は踵を返して女御の手を引いて走り出した。


 左近の方も踵を返して、姫宮の手を引いて走り出した。


「……」

 ただ4人は一目散に逃げ出したが、俺はボケッとその様子を見送っていた。


「何やってるの!

 あんたも逃げるのよ」

 逃げようとしない俺に左近が振り向きながらそう叫んだ。


(そっか、今は逃げるのみ!)

 俺は我に返って、ようやく4人の後を追うように逃げ出した。


 タッタッタ、ドタドタドタ。


 だが、応龍は俺たちの頭の上を通過すると、目の前に立ちはだかった。


 ぴゅぃーん、くるっ。


 前の4人は応龍に立ちはだかられたので急停止した。


(何か、こいつ、すげぇぞ!!)

 俺は応龍を見て変に感動していた。


 間抜けな俺は応龍が通過するのに目を奪われて空を見ていたので、4人が止まったのに気付かなかった。


 ドタ、ドタ……。


 そのため、4人を追い越して1人応龍の目の前に出てしまい、そこでようやく立ち止まった。


「応龍よ、目の前の男を殺せ!」

 走り寄ってくる追っ手の中からそう叫ぶ声が聞こえた。


(あれ?俺って、今、大ピンチ?)

 俺は目の前の応龍に目を奪われながらそう思っていた。


「白の勇者様、言霊をお遣いください!」

 姫宮が大ピンチの俺にそう叫んできた。


(え?それってどうするの?

 俺もあんなの出せるの?

 っていうか、あんなの実際にいるものじゃないじゃない)

 俺は護符を握りしめながら応龍をまじまじと観察した。


 こういった時も観察してしまう所は科学者の卵の悲しい性かも知れない。


 ギャォーン!!


 応龍の方は命令通り俺の方に突っ込んできた。


 そして、ガブリとやられる寸前に、

「応龍なんて存在しない」

と言う禁断の言葉を俺は発していた。


 勿論、何も思い付かなかったので苦し紛れに言った言葉だった。


 だが、その効果は絶大だった。


 スッ……。


 ガブリとやられるはずだった俺の前から一瞬で応龍が消え去っていた。


「くそぉ!言霊返しか!」

 追っ手の方から悔しそうに叫ぶ声が聞こえてきた。


(言霊返し?何それ?強いの?)

 俺は自分のやった事に唖然としていた。


 ポケーッ。


「凄いです、流石です、白の勇者様!」

 一方で姫宮は歓喜の声を上げていた。


 俺は姫宮の声がする方に恐る恐る振り返った。


 何だか申し訳ない思いで一杯だったからだ。


 ファンタジーの世界でファンタジー感をぶち壊してしまったのだから仕方がない。


「ならば、何度でも!

 出でよ、応龍!」

 追っ手の方はいきり立っていた。


「あ、だからそれは存在しないから」

 俺は片手で護符を掲げながらあっさりとそう言った。


 ピィ!!スゥ……。


 今度は中途半端に光ったが何も現れなかった。


(想像の産物をいると言うのは何だかとてもイラッとくるものなんだね)

 俺は憤慨していた。


(あ、でも、あの応龍はかっこ良かった!)

 だが、感動もしていた。


(あ、チャンスじゃねぇ?)

 動揺する追っ手達の方に俺は美女4人の間を通り抜けて躙り寄った。


 先程まで一気呵成に俺達を追い掛けてきた追っ手達は応龍が消されたために既に追うのを止めていた。


 それどころか、俺が一歩進むごとに一歩下がるような感じだった。


(さて、有利になった所でどうしたものか?)

 勇んで出てみたはいいが、俺もこの後どうするかは考えていなかった。


(まあ、追い払えればいいのだが……。

 そっか、実在の動物を使うか)

 俺は思い付いたので、ポンと手を打った。


「出でよ、ツキノワグマ!

 奴らを追い払え!」

 俺は護符を掲げながらそう言った。


 ボワーン。


 煙が立ち籠め、それが消えると共に大量のツキノワグマが現れた。


 それを見た追っ手達は悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。


 わぁわぁ!!すたこらさっさ……。


 それをクマたちが追い掛けていった。


 ドドド……。


(あれ?そんなに多く出すつもりではなかったのに……)

 目の前の光景に俺はびっくりしていた。


 わぁわぁ!!

 ドドド……。


(走って逃げると、余計追い掛けられるのだが……)

 俺はその光景を見ながら何となくそう思っていた。


 次の瞬間、何故だが手に熱いものが握られている事に気が付いた。


「あちち!」

 俺はそう言いながら手に持っていたものを投げ捨てた。


 投げ捨てたものを見ると護符が燃えていた。


「白の勇者様の力が強すぎて護符が耐えならなかったのですね」

 姫宮は神妙な顔をしてそう言った。


(強すぎる?

 だから、あんなにクマが出てきたのかな?)

 俺は燃え尽きていく護符をジッと見ていた。


「皆様、ここを離れましょう!」

 右近はいち早く現状を把握してそう提案してきた。


 俺を含めた他の4人は右近の言葉に頷くと、その場を離れた。


(俺……、これからどうなっちゃんだろう?

 べ、別に鼻の下なんか、伸ばしてないわよ!!)

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