第12話 追憶 前編
「ここが…新しいお家…?」
「そうよ、ようこそ我が家へ」
第12話 追憶 前編
話は少し前に遡る。
体力を使い果たし、倒れた輝を本部まで運んだ雷葉は、もう遅い時間と言う事、次の日も学校がある事などを楓から言われ帰宅の許可を貰った。(雷葉は学校を休みたいと言ったが、それは響子と楓に却下された)そして帰る支度を始める雷葉だったのだが、ここで疑問が出てきた。
「あれ?今日からあたしって、響子ママの所に行っていいの?ほら、色々手続きとか…そう言うのあるんじゃないの?」
「ええ。今日から火野家にお世話になっていいわよ。家にある荷物は後日、改めて配送とかしておくから。それに手続きとか面倒なのは大人の仕事よ。輝くんも言っていたでしょ?子供が細かい事気にしなくていいって。仮にも秘密組織よ。それくらいどうにでも出来るわ。だから安心して行っていいわよ。あ…後、学校なんだけど…さっき調べて貰ったら火野家から歩いて10分の所にあるみたいだから、普通に通えるわよ。私の家より近くなってるわね。やったね雷葉ちゃん♪」
「わ〜い、そうなんだ〜(くそぅ…転校とかちょっと憧れてたのに…まあ友達とかと離れなくて良いし…良いのかな?)あれ?ここから新しいお家ってどれくらいかかるの?」
「そうね…車で20分って所かしら。ちょっと遠くなっちゃったけど、いざって時は変身しちゃって良いわよ」
[…待て。それってつまり私の正規のマスターは…]
「あっ!ごめんボルト、すっかり忘れてたわ。こほんっと、神野雷葉さん。本日付けで、候補生は卒業よ。これからは正規の魔法少女として働いて貰います。つまり…雷葉ちゃんがボルトのマスターって事。まあ悪い事に使わなければ、とくに使用の制限とかはしていないから、ただし正体とかバレたら色々困っちゃうからなるべく隠してね。…それくらいだけど何か質問はある?無いなら解散しましょうか。余り遅くなったらあれだし…私も輝くんと美月ちゃんに報告があるし…」
[…はぁ…美月が良かった…何故私は適合できなかったんだ…よりによってこいつか…まあ仕方ないか。おい貴様!私のマスターなんだ。腑抜けた事したら承知しないからな!]
「も〜わかってるってば。ほんと、みづきちの事大好きだなぁ………ってあたしが⁉︎正規の⁉︎良いの?ほら…あたしこんなだよ…小ちゃいし…魔力だって、みづきちより無いんだよ?それでも良いの?」
「良いから任命したのよ。それに規則違反とは言え既に一体の魔獣を倒し、輝くんの回収までやってくれた。もうライジングハートは貴女の力よ。くれぐれも無理し過ぎない様にそれでも全力で楽しんじゃいなさい。魔法少女のお仕事と、学校生活と…新しい家族との暮らしをね」
「……うんっ!頑張るね!」
にぱっと雷葉は太陽の様に笑った。その笑顔を見て、響子はこの子を絶対に幸せにしてあげようと、改めて覚悟を決めるのであった。
「良かったね…雷葉ちゃん…ところで家の馬鹿息子はどうしますか?預かってくれるなら色々助かるんですけど…」
「そうですね…まだ色々と報告がありますし、遅くなってしまうと思うのでこちらで預からせて貰います。まあ彼は大人ですからいざってなったら自分で帰ろうとするでしょうが…やはり疲れもあるでしょうからね。彼の処遇についてはまた後日、こちらから連絡させて頂くのでそれで宜しいですか?」
「そうですね…それではお願いします。…雷葉ちゃん準備出来てるわね?あ…着替えとかどうしましょ…家に女の子の服なんて…」
「大丈夫だよ、響子ママ。ボルトの中に何着か入ってるから、それを着れば…あ、どこに寝よう…あたしの寝床とか無いよね…」
「輝が寝ていた所で寝れば良いわよ。あいつもそろそろ、自分の部屋で寝させるから。それが嫌なら私の布団で寝な?それじゃ買い物とかあるし、パパも待ってるだろうから…行きましょうか我が家へ」
「…うん。それじゃあ、今日まで、お世話してくれてありがとうございます。これからも色々迷惑かけちゃうけど…よろしくね楓さん」
少し畏まった様に、雷葉は頭を下げた。そんな謙虚な雷葉に楓は泣きそうになったが、その涙をぐっと堪え、静かに抱き締めながら優しく言った。…後でこの涙が別の理由で、流れまくったのだがそれはまた別の話である。
「こちらこそ、今日まで楽しかったわ。ちょっと忙しくて寂しい思いもさせちゃってたけど…うん、やめましょう。これからもよろしくね。雷葉ちゃん」
いい加減、輝達に報告に行きたくなってきた楓は長くなりそうになった話を途中で切り上げ、雷葉を離した。
そして雷葉は響子と手を繋ぎながら司令室を後にした。一人残った楓は少し寂しくも思いながらも、雷葉のこれからの幸せを心から祈っているのであった。
(お幸せにね…雷葉ちゃん。それじゃ行きますかね。…えーと地図を出してっと)
響子が乗ってきた車に乗りながら、帰宅までの途中に買い物を済ませ、そしてついに新しい家にたどり着いた雷葉…であったが。
「え〜と…随分、人里離れたとこだね…」
外見は少し古めの一階建ての建物であり、特別変な所は無いのだが、問題は場所であった。周りにご近所さんと言ったものが無いのである。と言うか森の中に一件ポツリと家があった。
「ああ、家のパパがね?うるさいの嫌だってんで、この辺の土地を買って家を建てちゃったのよね…輝が産まれてすぐこっちにきたから…もう20年か…まあ慣れないうちはちょっと虫とか鬱陶しいけど、すぐそこにコンビニとかもあるし、不便って程じゃ無いわよ…本当に虫とかは鬱陶しいけどね…」
「ふ〜ん…でも懐かしい感じがして、あたし好きだな、こう言うの。もう居ないけど…昔行ってたおじいちゃん家みたい。ちょっと憧れてたんだ〜こんな感じの家に住むの!あっ荷物半分持つね…ほら行こっ、響子ママ!」
買って来た荷物の半分を持って、笑顔で駆けていく雷葉は勢い良くドアを開けたのだが…そこには恐ろしい顔の男が待ち構えていた。
「…よぉ、お前が雷葉ちゃん」
「ひぃやぁぁぁぁぁあ⁉︎」
「…か?って失礼な子だな…俺の顔を見ていきなり…こんなイケメンに対して…」
「はぁ…鏡、見て来なさいよ…ヤクザも真っ青の凶悪ヅラが見れるから…ごめんね雷葉ちゃん?顔はこんなだけど割と優しいから、恐がらないで…後、幾らこれから自分の家だからっていきなりドアを開けちゃダメよ。ほら荷物落としちゃって…あ、卵割れてる…あんたの所為だからね!ってかなんで玄関で突っ立ってんのよ!普通に恐いわっ‼︎」
「いや…普通に出迎えようと…そんなに恐いか…?俺の顔…」
そう言って恐い顔の男は俯いた。どうやら自覚があまり無い様であった。
「あっ…ごめんなさい!えっと…新しいパパ…なんだよね?」
「そうよ〜、じゃ無かったら警察呼んでるわよ〜ほらっあんたもいつまで落ち込んでんの!憧れの娘よ‼︎笑顔で迎えなさい」
響子はなんの恐れも無く男の頭を引っ叩いて、雷葉と対面させた。
雷葉はまだ少し恐がっていた様だが、思い切って自己紹介を始めた。
「えっと、神野雷葉ですっ14歳の中学2年生ですっ…えっとえっと…趣味は、プラモデルを作ることで、好きなものは…オムライスです‼︎…えっと…よろしくお願いします‼︎」
どもりながらも、何とか自己紹介を終えた雷葉はまるで、告白し終えた男子学生の様に、お辞儀しながら右手を差し出した。
「…ははっ、何だそれ?…こちらこそよろしくな。悪かったな恐がらせちまって。…おっと、まだ名乗っていなかったな。俺は火野勝頼だ。困った事とかやって欲しい事とかあれば何でも言ってくれ。俺の出来るかぎり応えてやるからな」
雷葉のあまりにも初々しく、可愛らしい自己紹介を見た、勝頼は落ち込んでいた気分を吹き飛ばし、雷葉の手を優しく握りかえした。
(あっ…おっきな手、そうだ…パパもこんな手だったな…顔は…もっと優しそうだったけど…でもこのあったかさは、おんなじだ…)
「ねぇ、えっと…勝頼パパ…で良いかな?ちょっとだけ、頭を撫でてくれないかな?」
「ん?何だそんな事か?頼まれなくても、幾らでも撫でてやるぞ…雷葉」
娘からの初めてのお願いに、笑顔で答えた勝頼は優しく…まるで壊れ物を扱う様に慎重に雷葉の頭を撫でた。
すると、雷葉は突然泣き出してしまった。
「あ、あら?どうしたんだ…急に」
「ちょっ…あんた〜⁉︎強く撫で過ぎなんじゃないの⁉︎ほらっ、雷葉ちゃん泣き出しちゃったじゃないの!大丈夫?ごめんねこの馬鹿、力の加減ってもんを知らないから…」
「いや…細心の注意を払って撫でたんだが…何だかすまんな…」
「ん〜ん…違うの…何だか凄く懐かしくって…もう二度と感じられないと思ってた…そんなね…懐かしいあったかい手だったから……うわ〜ん‼︎勝頼パパ〜これからよろしくね〜‼︎」
もう出て来た感情を抑えられ無くなってしまった雷葉は、勝頼に抱き付いて号泣しだした。勝頼は、少し困りながらも優しく抱きながら頭を撫で続けていた。
「…何だか、絵面だけ見たらひっどいわね…恐い顔のおっさんに小ちゃい女の子が抱き付いてるって…ほらいつまでも玄関に居ないで中に入っちゃいましょ?雷葉ちゃんの大好きなオムライス作るから」
「…っえ?でも卵割れちゃったって…」
「んー…これくらいなら大丈夫ね。ほらあなたも、いつまで抱き締めてんの?さっさとリビングに連れてってあげて…と、その前にお手洗いとかも教えてね。任せるわよ?勝頼パパ?」
「…よしっ!そんじゃまず手ぇ洗いに行くか!母さんの飯は美味いから楽しみにしとけよ?ほらっもう自分で歩けるだろ?行くぞ雷葉」
「…言っとくけどあんたのオムライスは無いからね。無事な卵そんな無さそうだから」
「…え?それじゃ俺は何を食べろと…」
「ん…」
響子は、カップラーメンを勝頼に差し出した。妻からの仕打ちに勝頼は叫んだ。
「いやっ何でだよ‼︎俺が何したってぇんだ⁉︎」
「いや何って…雷葉ちゃん恐がらせて、泣かせて、抱き締めた…うん犯罪ね。ちょっと通報してくるわ」
「えっ、通報⁉︎ちょっとパパ早く行かないと…」
「あー…大丈夫だ。あれ何時もの冗談だから…ほれ、早く行くぞ」
「えぇ…でも本当にいいの?何ならあたしがカップ麺食べるよ…」
「良いんだっての。ガキが余計な気使わなくて良いんだよ。もっと自由に肩の力抜け、な?ここはもうお前の家なんだからよ…」
(やっぱり、アッキーのパパなんだなぁ…ほんとにそっくりだ。ふふふっ、そっかあたしの家…あたしの家族なんだ。気を使わなくって良いんだよね…パパ、ママ…)
『良いに決まってるでしょう、雷葉』
「えっ…」
何処からかとても懐かしい…ずっと聞きたかった声が聞こえた様な気がした雷葉は思わず振り返った。
しかし当然そこには何も居なかった。
「どうした?早く行かないと、俺がオムライス食っちまうぞ?」
「えぇ〜ちょっと待ってよ〜……ありがとねパパ、ママ……あっちょっと勝頼パパはやい〜」
[…全く…世話の焼けるマスターだ…]
静かな夜の森に、暖かな団欒の声がうっすらと響くのであった……
後編に続く




