3、力と技の使い方
アルが待ちに待っていた闘技祭の決勝トーナメント。
アルは初戦から、今年のダークホースと言われている人と当たることになっていた。
「アル様、本当に勝てるんですか?」
「あぁ勝てる勝てる。応援よろしくな!」
軽い返事をして、アルは選手待機室へと入って行った。
待機室の前では、スピカが心配そうに立っていた。
「おまえは客席へ行かなくていいのか?」
スピカは飛び上がった。
後ろから、いきなり声を掛けられたから。
声の主は、この大会で最速記録ばかり塗り替えているクラという人物だった。
「あ、そうだ、行かないと。ありがとうございます、えっと…クラさん…?」
「You are welcome.そうそう、観客席を2つ取っていたんだが、友人が急に来られなくなってね。よかったら、どうかな?」
この場面で、お金を無駄にせずに済む方法。
探せばもっとあるだろうが、クラの頭脳ではそれが限界なのかもしれない。
「さぁ、試合が始まるよ。急ごう。」
クラと名乗る少年に連れられ、観客席へ急ぐスピカ。
彼女は、何故かこの少年のことを疑う事ができなかった。
「さぁ!第一試合の始まりだ!強靭な肉体と精神を持つ今年のダークホース・ザビアVSたろーの酒場2号店店主・アル!果たして、勝つのはどちらなのか!?」
レフェリーがフィールド内で叫ぶ。
よくもまあ、マイクもなしでこれだけの大声が出せるものだ。
「おう、こんなガキが相手かよ。3分もったら、“お小遣い”。金貨二枚やるよ。」
「なぁおっさん。勝ったらいくらくれんの?」
3分で金貨二枚、たいした自信だ。
アルはそう思っていた。
なら、3分間耐えた後で倒すか…。
「それでは、会場の皆さん!いきますよ?せーのっ!」
「「ファイッ!」」
戦闘の火蓋が切って落とされた。
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「うおぉらぁっ!」
ザビアがその筋肉質の身体をかがめ、タックルを仕掛ける。
アルはただ、“3分間負けない”ことだけを考えていた。
その後に倒せばいいだけの話なのだから。
「ほっ、っと。」
馬跳びの様にタックルを軽々と飛び越えるアル。
彼にとってはまだまだ準備運動だ。
それなのに、会場はうるさかった。
大声を発する者。
応援する者。
あるいは、指笛を吹く者。
そんな中、闘っている2人だけは静かだった。
「ほう、今のを躱すか…それも、飛び越えて。さっきはガキと言ったけどな、もう手は抜かねぇぜ?」
怪我したくなかったら、棄権することをオススメしよう。
そう、ザビアが言った瞬間だった。
アルの拳が、ザビアの腹へと突き刺さった。
それでもザビアは倒れない。
さすが、筋肉モリモリマッチョマンなだけはある。
決して、変態ではないが。
「なるほど。久しぶりに燃えそうだ!」
「あぁ。俺もっ!」
2人の拳がぶつかり合う。
両者互角に見えるこの勝負、より長く体力が続けば勝ちだ。
会場の誰もが、そう思っていた。
クラ1人を除いて。
そして、2人が殴り合うのを心配そうに見つめるスピカがいた。
「本当に、勝てるのかな…。」
スピカは、独り言のつもりでつぶやいた。
それでも、クラには聞こえていたらしい。
「大丈夫。アルはまだ、本来出せるはずの最大の力……本気と言っておこう。それの10%も出していない。」
「え…?それって…。」
「本気でやれば、確実に勝てる。下手すると、あのザビアって選手。…………死ぬよ。」
そうだ。
たしか、前に店が強盗に襲われた時、アルは彼らに何をしただろうか。
あの時、あの一瞬で、1人目は肘を逆方向に曲げ、2人目は脚の骨を2箇所折り、3人目は肋骨を粉々に砕いたのだ。
あれでもまだ、本気には見えない。
つまり…………。
「なら…。」
「とは言っても、あいつの本気なんて、誰も見たことないんだよ。人間としての本気はもちろん、龍としての本気も見せない。つまり、あいつの実力を知るものは“ほとんど”いない。」
まるで、アルのことを知っているような口ぶりだ。
昔から、アルを知っていて、更にはその実力すら把握している。
クラは、一体何者なのだろうか。
「はい。3分たったぜ。約束通り金貨二枚な?それと、楽しい試合もここで終わりだ。」
ザビアの懐に潜り込み、脚の力をバネにしての一撃。
みぞおちへと突き刺さるその拳は、同時に下顎への攻撃も決めていた。
一瞬で、2箇所への攻撃。
それが見えていたのは、クラしかいない。
金貨二枚貰えることにご機嫌なアルは、会場にいるスピカとクラを見つけて手を振った。
「まさか、おまえも来ていたとはな………。ま、これで少しは手間が省けたから、良しとすっか。」
第一試合の勝者が決まり、うるさく飛び交う声は、アルには聞こえていなかった。
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「まさか、おまえがスピカといるとは思わなかったぜ。ブラック。」
「やぁアル。久しぶりだな。あれからもう結構年数が経つけど、まさか酒場の店長とはね。驚いた。」
久しぶりに再会した2人の空気に、スピカはついていけずにいた。
そもそも、クラの本名がブラックだという事すら知らなかったスピカは、その事実に驚きを隠せなかった。
「えっと、ブラックってまさか…いや、でも…。」
ブラックといえば、ENDLESS・STARSの天秤の神獣『ライブラ』と契約している人物だ。
だが、この『ブラック』が本当に『ライブラ』なのかと言われると、そうではないような気しかしない。
「ところでアル。神装はどうした?見たところ、その小剣しか持ってないようだが?」
「あぁあれ?あれなら鎧と一緒に売っちゃった。酒場建てるためにな。」
アルが売った剣。
それこそが、ブラックの言う神装だ。
契約獣の能力や魔力を、最大限に使うための器となるもの。
それが神装。
アルは、そんなものを売ってしまったと言うのだ。
「売った?馬鹿なのか?アルは。まぁ、俺も人のことは言えないが。」
「え?なんで?」
「俺も失くしたからな。神装。で、それを探してたらなんと!この大会の賞品となっていたのだ!いぇい。」
「いぇい、じゃなくないですか?アル様もブラックさんも。そんな大事なものなんで売ったり失くしたりするんですか?」
アルが売った剣はめでたく酒場となり、ブラックが失くした神装は、大会の賞品となっている。
あと1人、確実に来ると予想していた人物を探すことも兼ねるとこの大会は、アルかブラックが優勝することが最低条件になってくる。
でもたしか、次にアルと当たる人は今大会最強と言われてる人じゃなかった?
スピカは街の人達の言葉を聞いたことを思い出していた。
「まぁ、アルなら問題無いだろう?いざとなれば本気でやればいいんだし。」
「そですね。アル様なら。」
「うん。結局俺任せなのな。あとブラック!おまえ決勝までに負けたら仕入れ担当になってもらうからな?」
ただ今、たろーの酒場2号店は人員不足のため、店員募集中なのだ。
そして、1番面倒なのは仕入れだとアルは思っていた。
多数の食材を集め、酒樽を転がして運び、保管庫に入れる。
買いに行くのも戻ってくるのも疲れる。
「それは困るな。分かった。アルと当たるまでは負けないよ。」
約束。
そう言って、ブラックは会場へ向かった。
そろそろ時間だ。
アルは、スピカの手を引いて、ブラックがクラ名義で取ってくれていた座席へと向かった。
「さぁ、始まりますよ第3試合!大会最速記録を次々と塗り替える天才・クラVS素潜りでカジキを仕留めた伝説を持つ男・カイン!それでは皆さん。いきますよ?レディィィっ!?」
「「ファイッ!」」
レフェリーと観客の声がうるさく鳴り響く。
それは、城下町とはいえ、かなり離れた王城まで聞こえていた。
「ブラックとカインの試合が始まったか…。コルネア王よ彼らのをあちらへ行かせるのは、決定事項なのか?」
「はい。彼らのチカラが無ければ、ルナガルドを援助することは難しいかと。アルマノロは、魔導兵器を使うようでして、かなり厄介だそうです。」
この国に来ていたコルネアの王が、答える。
どうあってもルナガルドを守りたいコルネアの王は、ENDLESS・STARSをすぐにでも集めようと、この大会の賞品にブラックの神装『鎖槍・チェインスピア』を指定したのだ。
彼らの力があれば、この大会を優勝するなど造作もないだろう。
「どうあっても、君の意思は変わらんか。ならこのエメリアも、国を挙げて協力しよう。」
「協力、感謝しますよ。エメリア王殿。」
さて、物語はブラックとカインの試合へ戻そう。
彼らの試合は一方的だった。
どれだけカイン持久力があろうと、ブラックには関係がない。
持久力なんてもの、無いに等しい。
開幕と同時に、ブラックの踵はカインのコメカミを抉りとり、さらに同じ脚で逆側のコメカミも抉った。
最速記録を更新しまくる理由だ。
アルはそう思った。
あんなのをまともに喰らったら、恐らくアルでも立っているのは困難になる。
急所を狙って的確に突く。
昔から変わらない、ブラックの戦闘スタイルだった。
「アイツと2回目引き分けてんだよ。まだ団だった時に。」
「だから、今度こそ勝つ、と?」
「あぁ。急所を的確に突くタイプと、真正面からブチ壊すタイプ、どっちか勝つと思う?当てたらなんか奢ってやる。」
スピカの答えは、『引き分け』だった。
今までも引き分けてるなら、これからも引き分けて欲しい。
そう思ったスピカの、紛れもない本心。
アルがこれをどう思ったかは、誰にも分からない。
「おっとぉ!カイン選手ダウン!決着が付いた!勝者、クラ!」
会場真ん中では、レフェリーの隣でブラックが手を振っていた。
アルはそれに対し、不敵な笑みを浮かべて言った。
「今回という今回こそは、ぜってぇ負けない!」
と。
アルが本気で闘う日も、いつかは来るのかもしれない。
来ないかもしれない。