2、剣と能力の使い方
疲れた身体で、アルはスタッフに向かって叫んでいた。
「試合に出る相手が急に棄権したぁ?」
「あぁ。悪いな小僧。今日の試合はここまでだ。まだまだ暴れ足んないだろうがな。」
なら仕方ない、と、アルはすぐに諦めた。
1日目、5回戦を突破した所で次の相手が棄権したのだ。
事実、もっと暴れたかった。
「帰ったら猪でも取りに行くか…。あとおっさん!俺これでも20は超えてるからな?小僧じゃないからな?」
「うっそぉん。って、そんな話じゃなくてだな。」
次の試合は明日の朝。
それまでに身体を休めておくようにな。
それが、大会スタッフのおっさんの言葉だった。
アルは、先程スタジアムから本部に来る途中に買った酒樽を足で転がして運びながら、焼き魚を齧る。
「うん。やっぱここの魚美味いな。ろくな食糧とかなんとか言ってたけど、これは悪くないかもしれない。なぁ、スピカ。」
「そうですね。焼き魚はメニューに無かったし、追加してもいいんじゃないでしょうか。」
「決まりだな。じゃあ港で魚買っていこう。卸売りに入り込んで買うのが1番いい。」
今から行けば、昼の卸売りには十分間に合う。
上手くいけば、夕方の開店時間には焼き魚を追加できるだろう。
酒場の保管庫はちょっと特殊で、入れた物の鮮度が落ちないという、なんとも主婦に喜ばれそうな保管庫だ。
「ということは、釣られたばかりの魚を入れたら、2週間経ってもまだ釣られたばかり、ですか?」
「まぁ、そういうことになるな。本当は“腐らない”保管庫を作るつもりが、いつの間にか“鮮度が落ちない”保管庫になってたんだ。」
「あれ?最初計画してたのからレベル上がってません?」
上がっている。
間違いなく、上がっている。
当時は魚を入れることなんて全く考えてなかった。
けど、なんか魚とかでもいけるようになっちゃった。
「そういえばさ、隣の大陸では魔法使う種族と機械って奴を使う種族が戦争してんだってな。確かルナガルドって国とアルマノロって国だったっけ?」
「はい。じつは、それなんです。ENDLESS・STARSを捜す理由。コルネアは、ルナガルドとは友好関係にあり、ルナガルドを支援していたんですが……。」
支援に行った騎士達が、いつまで経っても連絡もせず、挙句の果てには失踪している。
これが現状だった。
だから大国コルネアは、ENDLESS・STARSに協力を求めようと、10年前に解散した騎士団を、再び捜していた。
「戦争を、止めるためか。」
「はい。それにはどうしても、彼らの力が必要で……。」
「そっか。見つかるといいな。あいつらが。」
話し込んでいるうちに、港に到着していた。
相変わらず樽を足で転がしているアルは、そのままの状態で魚を見始めた。
魚は目とえらの色を見れば分かるそうだ。
「お。この魚いいな。いろんな料理に使えそう。あ、こっちもいいかも。」
独りでブツブツ呟きながら魚を選別するアルの姿は、もはやオタクだった。
魚って、そんなに奥が深いの?
スピカは、その後ろ姿を見てそう思っていた。
さっき食べた焼き魚は、なんという名だったか。
そんなこと、覚えてるわけもない。
「なぁおっちゃん。これってなんの料理に向いてる?」
「あぁ、そいつぁ真鯵って言ってな。塩焼きだのフライだの、とにかくいろいろ使えるんだよ。どうだい?」
「なるほど、真鯵は幅広く使えるのか…。よし。買った。いくら?」
魚の知識を仕入れつつ、お金を払って魚を買う。
どの魚がどの料理に向いているかを把握しておけば、後は自分で釣る事で経費が削減できる。
それ以外にも、魚の見分け方、釣れやすい場所なども後で図書館で調べなければ。
先程の焼き魚をよほど気に入ったのか、アルの魚への熱意は凄い。
「アル様。そんなに買って、お金は大丈夫なんですか?結構買ってるように見えるんですけど…。」
「あぁ。店建てる時に剣とか鎧とか、持ってた財産のほとんど売ったんだよ。家も含めてな。その時の余りがまだまだあるから、心配は要らねぇよ。」
酒場でも十分稼げているし、一応安定した生活はできている。
賊に出くわしても撃退できるし、いざとなれば食糧も獲れる。
「さて、魚も買えたから、帰って猪狩りだな。」
「えっ?猪捕まえるんですか?」
「うん。冬になると鍋が上手いからな。その為に、今のうちに仕入れだ。留守番頼むぜ。」
港から出て、かめたろー3世もとい、たろーの酒場2号店へと戻る2人。
猪は、出来るだけ傷付けずに捕獲したいらしい。
もちろん、アルは護身用の剣は持って行くつもりでいた。
「分かりました。待ってます。」
「あぁ。すぐに帰る。」
アル達は、かめたろーの背中に乗っかっている店へと、足を動かした。
「って、あれ?かめっちは?」
店を置いた場所へ戻っても、店の姿が見当たらない。
あの巨体、何故か動くのが速い。
遠くに行くことも、簡単だろう。
「あ、あれじゃないですか?あの、海の方にいる。」
「あれだ。おーい!かめっち!戻ってこーい!」
アルの叫びが草原に響く。
かめたろー3世は、近場の砂浜にいた。
そう、日向ぼっこだ。
「お、戻ってきた。まぁ、最近してなかったからなぁ。日向ぼっこ。」
最後にしたのは恐らく1ヶ月前だ。
そりゃ当然、逃げるだろう。
「んじゃ、改めて留守番よろしくな。」
荷物を置き、剣を取り。
アルは猪狩りの準備を整えた。
そして、近くの森へと走っていった。
「荷物、入れなきゃ…。」
一人残されたスピカは、そう呟いて荷物を運び入れた。
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森の中に入り、猪を探すアルだが、一向に見つかる気配がない。
探し始めてもう20分経とうとしているが、まだ森が浅いのだろうか。
それともただ時間が短いだけなのだろうか。
「猪ぃ……。出てきてくれぇ。帰れないからさぁ…。」
アルは、猪を捕まえるまで帰るつもりはないのだ。
でも、どれだけ呼ぼうと猪は出ない。
最悪鹿でもいいからさぁ…、と願うアルの前に現れたのは、目当ての物じゃなく、最近家畜とかを食い荒らすって言われてる、二足歩行の肉食獣・キングファングビーストだ。
こいつの肉も美味らしいが、捕獲も討伐もされてない獣でもある。
「こいつの鱗堅いんだよなぁ…。鱗の隙間斬れればいいか。」
トゲトゲした、一歩間違えば凶器にもなりうるその鱗は、キングファングビーストにとって身を守る鎧でもあり攻撃する為の武器でもあるのだ。
「昼間は暴れられなかったから、ちょっと本気でいかせてもらうぜ。」
悪く思うなよ、と付け加えると、普段は蒼く透き通った眼が、紅く変色していった。
肌が見える部分には、黒いアザが見え隠れし、少しばかり髪の色も蒼がかっている。
「ほいっ。」
文字通り一瞬の出来事だった。
皮膚が硬く、身も少ない脚が1本、宙を舞った。
バランスを崩したキングファングビーストに向かってもう一閃、今度は逆の脚。
断面がまるで鏡の様に綺麗だった。
「よし、あとは牙斬って絞めるだけっと。」
横たわり、身動きが取れない“奴”も、まだまだ生きている。
アルが口に近付いた瞬間に、顎を閉じて喰おうとする。
強靭な顎と牙だ。
家畜が襲われたら何も為す術もないのは目に見えている。
「大人しくしろよ。ちょっと牙切り落とすだけだっての。」
語りかけた瞬間の事。
アルは口の中へと突進した。
そして、内側から牙を切り落とし、顎の筋を切断した。
「これでよしと。んじゃ締めるから大人しくしとけよ?」
植物のツルを使って作った自家製ロープを、首へと食い込ませる。
暫くもがいていた獣も、数分後には意識を失っていた。
アルは、ロープでその獣を縛り、来た道をズルズルと引っ張って行った。
鱗が堅いから、肉が傷付く心配は無い。
「こりゃ猪よりも大物が捕れたな。」
アルはそう呟いて、帰りを急いだ。
その頃スピカは、大変な事になっていた。
「だからよぉ、姉ちゃん。ここの全財産よこせって言ってんだよ。」
「えっと、それは、えっと………。」
スピカは、アルが早く帰ってこないか、とずっと待ち続けていた。
「おい、店長どこやねん。店長呼べ。」
関西弁じみた言葉を話す強盗のリーダーらしき人物。
こいつはなかなか頭がキレるようだ。
何とかして店長の不在を誤魔化さないと…。
スピカがそう思った瞬間だった。
「よぉ。店はまだやってないぜ。待つんなら店の外でな。」
アルが帰ってきた。
キングファングビーストを引っ張って。
そして、強盗を客だと勘違いして話しかけてしまった。
最悪だ。
スピカは、そう思って目をつぶった。
「おいあんた店長か?せやったら、俺らに大人しく全財産渡してもらおか。」
「なんだ、客じゃなくて強盗か。悪いけど、“軽い”怪我するかもしれないから、帰ってもらっていいか?」
強盗にも物怖じしないアル。
そんな彼の言葉を聞いて、スピカは不安になることしか出来なかった。
「お?やんのか?あんた、泣いても知らんで?」
直後、泣いたのは強盗の方だった。
1人は肘が逆に曲がり、1人は脚の関節が“2つ増え”、もう1人は呼吸がおかしくなっていた。
最後の一人は肋骨でも折られたのだろう。
「じゃあな。今度来る時は客として来いよ〜。」
強盗は、それぞれバラバラの方向に、ふらふらと逃げていった。
「あの強盗達に、何したんですか?」
「1人は肘を逆に曲げて、1人は脚を2箇所折って、最後の一人は肋骨砕いた。な?軽い怪我だろ?」
「それのどこが軽傷ですか!がっつり重傷ですよ?」
アルにとっては、あの程度は軽い怪我でしかないのだろう。
スピカは呆れたように、ため息を吐いた。
捕ってきた獲物は、すぐさま鱗を落とし、保管庫に保存された。
鱗は研磨剤や砥石としても優秀らしく、これだけ手に入れば、暫くは砥石を買わなくても済む。
「よし、準備できたから、そろそろ店開けるか。」
「ですね。新メニューも無事に追加できた訳ですし。」
アルとスピカ2人の酒場は、今日も『OPEN』の文字を掲げていた。
今夜もまた、賑やかになりそうだった。
この辺りで気付いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。