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君の名は  作者: 空井 純
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君の名は

 翌日昼、清水は少し緊張した様子で待っていた。昼の診察のない時間のため、山内さんとそのお友達とそのお友達にはインターホンを押してもらうようにお願いしている。

 ピーンポーン

 裏口を開けて、訪問者を待合に通す。

 ショコラの飼い主の山内さんを先頭に、中年齢の主婦らしき人が2人、そして幼稚園くらいの子供が一人入ってきた。

 ご婦人のうちの、ショートカットで活動的な方が山内さんのお友達で、その隣の奥様然としたミドルショートの女性が友達の友達、つまりウメの飼い主かもしれない人物のようだった。

清水の予想では、初老から高齢のご夫婦、ご主人はやや頑固で厳しく犬にも辛く当たっているような人を想像していたので、ちょっと意外だった。

「先生、この方、江口さん。ちょうど2週間前にワンちゃんが逃げてしまったのだって。色も白で、若くない女の子だっていうから、あのビラの子かもしれないと思って」

「はじめまして」

 と江口夫人は挨拶をする。優しそうな声だ。しかしウメの幸せのために、人物を見極めなくてはという思いで、清水の表情は硬い。

「では、さっそくワンちゃんを連れてきますので、おうちの子かどうか見てみてください」

 清水は入院舎に行き、ウメのケージを開ける。ウメは、少し早いけれど、お散歩ですかというように下げたままのしっぽを僅かに左右に振る。

「ウメ、しっかりな。嫌な時は嫌っていうんだぞ」

 とっことっこゆっくり歩くウメのリードを引いて、いつも散歩に出る裏口側と反対の待合室側に導く。待合室までは数メートルの廊下がある。ウメは散歩ではないのかと、視線を下に落とし、例の寂しそうなポーズになる。


 と、何かに気が付いたようにウメがいつになく素早く首をあげ、鼻をひくひくさせた。

「チロちゃん!」

 江口さんの声がするやいなや、ウメ、もといチロは尻尾がくるりと巻くまで上にあげ、激しく左右に振りながら、たったたたったたと待合に掛けていく。


 まさに感動の再会、という言葉がぴったりな場面だった。


 今まで、一言も発したことになかったチロだが、ピーピーと鼻を鳴らす甘えた声を出し、止めることなどできないように激しく尻尾を振っている。江口さんが飼い主で間違いないだろう。もちろん客観的に証明する物証はないけれど。

 取り残された清水は、眼を何度かしばたかせてから

「チロって、俺も最初に呼んだじゃないか」

 とつぶやいた。


 チロはもともと、江口さんのお母様が飼っていたそうだ。しかし、お母様も高齢になって一人暮らしが難しくなってきたため、3年ほど前に、娘の家で同居すべくチロと一緒に引っ越してきた。同居後も、チロはなかなか娘家族に懐かず、1年以上かかってようやく娘家族とも打ち解けたそうだ。引っ越すにあたって、犬の届け出の変更が必要だとは、家族の誰も知らなかった。

 そして最近、お母様が体調を崩して入院してしまった。チロは急に姿の見えなくなったお母様の姿をいつも探していた。そんなある日、散歩兼買い物に出てスーパーの前につないでいたところ、戻った時には姿を消していたということだった。もしかしたら、お母様と似た姿の人を追いかけていったのかも知れないと江口さんは思っている。


 真相がわかればどうということもないことだった。チロの無表情は単にまだ慣れていなかっただけだし、そもそもウメという名前でもなかった。

 それでもウメと呼んで振り返ったあの日から、清水はこの老犬と気持ちが通じた気がした。それは嘘ではないと清水は思っている。動物は、自分の名前をそんなに強固には認識していない。自分を愛してくれる人が発する音を、心地よい音として受け取っているのだ。

「本当に、ありがとうございました。見つかって本当によかった。母も安心します」

 チロを中心に、皆が集まり喜びを分かち合っている。幼稚園くらいの男の子が

「チロどこ行ってたの~」

 と言いながらチロの耳をギュッとつかむ、刹那チロは首を引き眼を細めたが、幼児ギャングは容赦なく反対の耳にも手を伸ばす。本人は可愛がっているつもりらしい。

 そういうことかいと、清水は心の中でずっこけたが、まあこの老犬は家で不幸なわけでは無いことがわかりホッとしていた。

 一通りの喜びの交歓が終わり、そろそろ引き揚げムードになる。

「ありがとうございました。お支払なんかがあるようでしたら、また伺いますので、こちらまでご連絡ください」

 江口夫人は連絡先の電話番号を渡しながら、チロのリードと幼児の手を左右にしっかり持ちなおす。

「先生、飼い主さん見つかってよかったわね。これもショコラのおかげよ」

 どうやらショコラの武勇伝をそこここで放しているうちに、迷子犬の情報を得たらしい。散歩仲間の情報網恐るべしだ。

 人と犬を誘導しながら裏口を開けると、いつもより尻尾のはるかにあがったチロがひょいとまず外に出た。その後に続く人々が、もう一度清水の方に向きを変え

「では本当に、ありがとうございました、水野先生」

 とそろって丁寧に頭を下げて帰って行った。


教訓 呼び名にはこだわるな。愛情や絆は文字には表現できないのだから。


いかがでしたでしょうか。何の分野よくわかりませんが、エンターテイメント小説です。

名前の推測や、犬について行ったり、名前を間違えられたり。これは実際やったことあることたちです

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