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第四章:ふわふわでもふもふの

 夏祭りの準備が進む参道を抜け、神社の裏手の細い石段を登る。木々が茂っているため直射日光は届かず、町を歩いているよりも涼しく感じる。

 亮介も芙美子も、石段を登り始めてからはずっと無言だった。ざわざわと木が鳴り、風が通り抜ける。どこまでも続くようにすら見える石段を、一歩一歩進んでいく。


「……亮介」

「なに」

「ついたらまず……ちょっと休憩しない?」

「……賛成」


 やがて石段は終わり、亮介と芙美子は崩れかけの社の前に立った。


「ここ? 言ってたの」

「そう。ほら、あそこ……狛犬じゃなくて、狐でしょ」


 芙美子が指さし、亮介はそちらに目を向ける。よく見ると、狛犬の位置にあるべき石像の獣は、鼻が少し尖っている。

「本当だ。お稲荷さんね、なるほど」


 そう言って亮介は手近な木の幹に寄りかかって地面に座り込んだ。それを見た芙美子は、そこから少し離れた、石段に腰を下ろした。

 亮介は、はぁーっ、っと息を吐いた。


「……これ、戻るときはおんなじだけ歩かなきゃいけないのか」

「……そうだね。ごめん」

「なんでお前が謝るんだ?」

「だって、私が連れて来ちゃったから」

「……ああそういうこと……別に、いいよ今更。で、ここなんだよな。来たけどどうするんだ」

「うん……昨日は、一人で来て、お参りしてたら、変な声がして」

「変な声?」

「そう。なんか……よくわかんないこと言ってたけど」


 亮介は立ち上がり、ズボンについた土を払いながら社に近づいた。社の扉は開いていて、中を覗き込むことができた。


「……誰もいないし、ってかなんもないんだなこの中」

 芙美子も亮介に続いて、社に近づいた。昨日覗き込んだ時と同様、特におかしなものはない。それどころか、社の中には物が一つも置かれていない。

 その時。


「まーたお前か……最近の人間は暇なのか?」

「だっ、誰!?」

「また手ぶらだし……暇つぶしの冷やかしなら帰れよ、まったく。下も騒がしいし、なんなんだ今日は」

「どうした、お前」

「い、今。昨日と同じ声が……」

「声? ……なんも聞こえねえけど」

「でも確かに……」

「ムリムリ、そいつには聞こえないよ。ってかお前にしか聞こえないよ」

「な、何よそれ!」

「……芙美子? マジで大丈夫か?」

「んー、あ、そいつが例の……なるほどなるほど、意外とやるじゃんお前。手ぶらで神様に会いに来るだけのことはある」


 芙美子にはその声がはっきり聞こえていたが、しかしそれでいて、どこから聞こえているのかが全くわからなかった。

 亮介はそんな芙美子の様子を見ていた。きょろきょろと辺りを見回す芙美子は、たしかに何かが聞こえているようだったが、亮介にはそれがどちらなのか――亮介にだけ聞こえていないのか、芙美子にだけ聞こえているのかは、わからなかった。


「でも2回めだからなあ。まあ、これはオマケってことで。悔しかったら油揚げ持ってきやがれってんだよ。ほら、願いが叶いかけてよかったな。それじゃ」

 芙美子にしか聞こえない声がそう言うと、一陣の風が吹いた。


「きゃっ……!」

「うわっ……!」


 社の方から一瞬だけ、ごう、と唸りを上げて吹いた風は、木々をざわめかせ、亮介と芙美子は思わず顔を腕でかばった。芙美子のかぶっていた帽子が飛ばされ、ぴんと立った狐耳があらわになる。

 風はすぐに止んだ。芙美子は、あわてて帽子を拾い上げ、狐耳を寝かせるようにしながらそれを再びかぶった。一方亮介は、目の前の光景が信じられずに呆然としていた。


「……亮介?」

 芙美子が心配そうに亮介を見る。

 その背中で、揺れる影がある。


「お前、それ……それ、なんだ?」

 亮介が、おそるおそるというように芙美子の背後を指差す。

「それ?」


 芙美子が振り返った先には、ゆらゆらと揺れる、金色の毛に覆われた、ふわふわでもふもふな――尻尾があった。


「な、えっ、なにこれ、えっ!? 亮介、亮介これなに!? なんなの!?」

「落ち着け、俺もわからない」


 芙美子は慌てて、それを掴もうとした。しかし、自分の体から生えている尻尾を掴むのは至難の業だ。追いかけて身体が回転すれば、尻尾は逃げる。


「ちょっと待て、お前。後ろ向け、ほら」

 亮介が芙美子の肩を掴み、後ろを向かせる。

「これ……どうなってんだ」


 尻尾は間違いなく芙美子の臀部から生えているようだったが、どういうわけかスカートを貫通して生えていた。触ってみると「ひゃんっ」ふわふわで気持ち良い。


「ちょっとどこ触って、……っ!」

「あ、いやその、悪い……」


 亮介が慌てて手を離す。

「でも、この尻尾も感覚あるんだな……ってことは本当に生えてるのかこれも。耳と同じで」

「そうみたい……」

「スカート貫通してるんだけど、なんとかこれスカートの中に押し込められないのか?」

「やってみる……あ、あっち向いててよ」


 芙美子は顔を赤らめながらそう言った。亮介がその通りにすると、しばらくごそごそという音がした後、

「ダメみたい……」

「そうか……じゃあどうしよう。そのままじゃ降りられないし、かと言ってここに来たら状況は悪化したわけで」


「うーんと……あのね、さっきの声なんだけど」

「ああ……俺は聞こえなかったけど」

「私には聞こえた……昨日聞こえたのも同じ声なの。あのね、なんか……お供えものを持って来いって、言ってたの」

「お供え? お稲荷様のお供えっていうと」

「油揚げ……」

「油揚げか」

「……亮介、お願い。油揚げ、買ってきてくれない……?」

「……とりあえず他にできることがなさそうだな。買ってくる」

「ありがとう……」

「お前はここにいろよ。人に見つかるんじゃないぞ、流石にそれはごまかしきれないと思う……」

「わかってる……でも、この辺なら誰も来ないと思うし」

「まあそれもそうか。俺も来たことなかったし……じゃあ、行ってくる」

「お願いね」


 亮介は石段を下り始めた。芙美子はただそれを見送った。その背中で、金色の尻尾がゆらりと揺れた。

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