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告白  作者: 伊藤大二郎
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5.蒼白

昼休み、体育館の裏。

 中村さんがボールを私に向かって打つ。運動神経抜群の中村さんの投げたそれは、見事私の頭に直撃した。

「ダメじゃない藤上さんこれくらい避けらんなくちゃ」

 今は中村さんとクラスマッチの練習中。グズな私のために一緒に特訓してくれている。中村さんやみんなが投げるボールをうまくレシーブする練習。うまくいかない。何回も何回も飛んでくるボールに何回も何回も頭をぶつけた。

「中村さん、バレーボールなのにいっぺんに五個も投げても仕方ないんじゃないの?」

 そう言うと中村さんはひどく怒った。へたくそのくせに文句を言うな。そう言って投げたボールが顔に当たって思わず倒れた。私は後悔した。自分はなんていやな奴なんだろう。友達に文句を言うなんて。

鼻血が出ていた。きっとこれは報いだ。中村さんたちがケタケタと笑っていた。よかった、そんなに怒ってない。

 安堵すると、鼻から流れる血が止まってないことに気づいた。

 流れ落ちる血液を私はふと舌でぬぐう。苦かった。

「ねえ、由紀。藤上さんって本当変わってるよね」

 中村さんの名前を誰かが言った。

「だってさ、さっきからうずくまって、何してんだろうって思ったら」

 だれのことを言ってるのだろう。

「自分の血、舐めてるよ」

 言われて気付いた。私は自分の鼻から流れている血を一心不乱に舐めていた。

 手にぬりつけてそれを音を立てて舐めていた。しまった、またやってしまった。

 舐めても少しも美味しくなんてない。けれど、私は出血に対して変な癖を持っている。

私は血が流れるのを、異常に怖がる。怪我でもしようものなら、パニックになり体の中に戻そうとする。そんなことに意味はないのに、人から見れば自分の血を舐めている変態だ。けれど、中村さんだけは平気そうな顔をして笑いながら言った。

「仕方ないよ、だって藤上さんは吸血鬼だもの」


 ***


午後の授業がもうすぐ始まる。

私は廊下を走っていた。前から上原先生がやってきた。

「藤上、どうした?」

「え、何がですか?」

先生はどうやら私の鼻の頭に張られた絆創膏のことを言っているらしい。

「今度のクラスマッチの練習中にボールぶつけちゃって……」

「大丈夫なのか!」

「私、クラスマッチなんて初めてなんです。今までトロいから外されてきたけれど、中村さんが誘ってくれて……だから頑張らないと」

私は再び走り出した。また遅刻してしまう。

「藤上」

先生が、私の名を呼んだ。振り返ると、少し心配そうな顔をした上原先生が

「廊下、走るな」


私は、いじめられてなんかいない。

確かに中村さんや友達たちがしていることは暴力的だし、非常識なことはわかっている。けれど、それがふざけてあってるだけのこと。

それは、仲がよくなければできないことだ。

だから、そんな過敏になる人達がわからない。

中村さんの優しさをみんな知らないだけなのに。

あの日。偶然私のリュックに商品が入ってしまい、万引き犯人に間違えられた時。偶然同じ店にいた中村さんは、同じクラスだった私の顔を覚えていてくれて。

もう、なにもかもがどうでもいいと思っていた私を、救ってくれた中村さん。

彼女なら、何をしても。

何をされても信じられる。


「藤上」

――振り返れば、それはやっぱり上原先生だった。放課後、教室にのこっていることが多いからだろうか、先生はこの頃毎日私の顔を見に来ている。中村さんの言うように、もしかして私のことを……。

「お前、それどうした?」

その日の先生は、何か変だった。いや、変なものを見ている表情をして私に訊いて来た。もしかしなくてもきっと私の髪のことを言ってるんだ。 

というのは、放課後いつものように一人で掃除当番をこなしていると、中村さんの友達がやってきて、散髪をしてくれる。という話になったのだ。教室の中で散髪? といぶかしくも思ったが、特に断る理由もなかったので頼んでみた。髪を切ってもらったのはいいけれど、切れない鋏で引きちぎるように切ったので私の髪はギザギザに見える。それと切り落とした髪の毛を掃除しておいてと頼まれて、掃除していたのだった。そのことを説明すると、先生は急に震え始めた。

「どうしたんですか?」

「おまえ、なんとも思わないのか?」

「へ?」

「お前、いじめられてるんだな」

「いえ、違います。だって私が頼んだんだから。髪だって、昼休みの怪我のお詫びにってやってもらったことだし。全然なんでもないですよ」

「やっぱり、その鼻、わざとやられたのか」

 先生はどうにも勘違いをしている。

「誰だ、やったのは」

「だからそんなのじゃないですよ」

 私は逃げた。先生が呼び止めたけど無視した。

 

 どうしよう、先生に誤解されてる。怖くなって思わず逃げ出してきてしまった。

 どれくらい走ったのか、息が苦しくなってとまった。よくよく考えればあんなところで逃げたら余計に中村さん達が怪しまれるのに。ああ、なんて私は考え無しなのか。中村さんのように賢く、強くなれないのか。

 夕方。世界が赤い。そしてどうしようもない自分を呪い、ため息をつきながら走っていた私の目の前に、みんなが現れた。

「あ、みんなどうしたの? あれ? 中村さんは?」

「遅いから迎えに来てみたら、先生に言いつけてたってわけ?」

 ばれている。いつの間に。

「私達がアンタのこといじめてる、ってそんな風に思ってたんだ」

 誰かが呆れた風にそうもらした。

 誤解だ。私が友達をそんな風に思ってるとでも言うのだろうか。そんなわけないのに。

「裏切り者」


 私は背筋が凍った。


 私は自分がいらない人間なのは知っている。だから、無視されても平気だ。けれど、人に嫌われるのは嫌だ。自分が好いた人に拒まれるのだけは……。

「私そんなこと言ってないよ。信じて!」

「信じられんの?」

 必死に首を縦に振る。

「お願い。何でもするから見捨てないで。水溜りのなかで土下座しても万引きしてこいって言われてもタバコの火で自分を焼けって言われても拒まないから。お願い、私のこと疑わないで。私……」

 もう中村さんたちしかいないの……。


「お待たせ」

声が聞こえた。私は、その声を知っている。

顔を上げると、そこには缶ジュースを人数分抱えた中村さんが、走ってくるところだった。中村さんも、使い走りなんてするんだなあ、なんて考えた。

「遅いよ、由紀」

誰かが冷たい声でそう言った。

けれど、中村さんは私を凝視している。

「あなた……その、髪の毛」

「ああ、これ。はは、失敗しちゃって」


中村さんが、悲しそうな顔をした。





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