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告白  作者: 伊藤大二郎
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2.脅迫

私には怖いものは二つある。

一つは出血。

痛いことも怪我も平気なのだけれど、少しでも血が出ると怖くてすくんでしまうのだ。よくぶたれたり突き飛ばされたりするけれど、それくらいは平気。しかし、少しでも切ったりこすったりして体から血が出ると、パニックになり、なりふり構わず血を拭おうとする。そのせいで変な目で見られることもあるけれど、私が悪いのだから仕方ない。例えばそんな私の反応を見ようとわざとカッターを押し付けてくる人もいて、困る。

もう一つの怖いもの。

それは友達を失うことだ。

気がつけば、私も高校生になってもう半年。家から遠く離れた学校に通う私のような人間は、学校で人と知り合わねば交友関係などできない。こんなのを相手にしてくれるかとも不安になったりしたが、それでもなかよくしてくれる友達ができて、私は嬉しい。


「ねえ、藤上さん」

 お昼休み。お弁当を食べようとしていると、同じクラスの中村さんが声をかけてくれた。中村さんはクラスのあるグループのリーダー格みたいな人で、私のような劣等生でもよく声をかけてくれる。なにやら困ったような顔をしているが、今日は一体どうしたのだろう。

「ねえお願いがあるんだけどさ。あれ運んでおいてくんない?」

 あれと指差されたのは教卓の上に山積みになったノートの山。一クラス四十人分のノートが二冊ずつ(ウチの学校の化学の先生は授業用ノートと実験用ノートを分けさせる)、計八十冊の化学のノート、の事だと思う。

「うん、いいよ」

 私には断る理由はない。

 お昼休みが終わるまでまだ二十分くらいある。多分、間に合うだろう。

 立ち上がり、積み上がった山の前に来る。私の身長は百五十センチに満たないので、教卓とノートの高さを合わせると見上げる高さになる。一冊一冊は微々たる物だが、それがこれだけの量になるとさすがにすごく思い。私は体が強くない。無理がありそうなので、まずは四十冊持った。二往復だ。

「ダメだよ藤上さん、さっさと持っていかなくちゃ。ほら全部持って」

 後ろから現れた中村さんが四十冊の上に四十冊を載せた。私の腕力はその重さに耐えられるはずなく、もちろん落とした。まき散らされたノート。みんながどっと笑った。いやだなあ、なんて私はドジなんだろう。よく見るとクラス中の皆がこっちを見ている。笑っている男の子、恥ずかしいなあ。憎たらしいような目で見ている女の子、ドジなところ見せちゃったから嫌われないかあ。なんでもない風に見ないフリをしてくれる人もいる。

 あわてて拾う私を手伝ってくれた中村さんとお友達がもう一度四十冊、そしてもう四十冊載せてくれた。体がぐらりと揺れて、ふらふらとする。汗が流れた。

「ほらがんばって」

「もうすぐ昼休み終わっちゃうよ」 

 私は隣の棟の三階上にある理科準備室に運んで行った。


 なんとかお昼休みが終わる前に教室に帰ると、中村さんたちがおしゃべりしていた。私もその仲間に加わりたかったが、お昼休みはもうすぐ終わる。さっさと昼ごはんを済ましておこう。

 中村さんは私に気づく。するとあわてたように走りよってきて、

「藤上さん。ごめん」

 何だろう?

「実はさっき花瓶の水替えしてたらね。間違えて藤上さんのお弁当にかけちゃったのよ。ホント。ごめん」

 あわてて席に戻ると机は水浸し。あわてて中を見れば教科書やノートも濡れていた。極めつけにお弁当には花が乗っていた。お弁当のふたをしていたと思っていたのだけれど。まさか、わざわざふたを開いて水を入れたりはするまい。私が閉め忘れたに違いない。

「ごめんね」

 中村さんは手を合わせて顔を下げる。そんなに笑顔で謝られたら、私だって許さないわけにはいかない。中村さんも結構ドジな人だ。

「大丈夫だよ」

「ホント?」

「うん」

 すると中村さんは頭を上げ、

「じゃ、食べてみせて」

「え?」

「大丈夫なら食べて見せてよ」

 困った。食べないとやっぱり中村さんはショックを受けるだろうか。どうしよう。中村さんの目を見る。彼女の目を見たら、私には拒否権などないような気がして、箸を取った。


 放課後、気分が悪い。やっぱり何日も放置してあった水の掛かったお弁当なんて食べたせいだろうか。でも中村さんは安心してくれたみたいでよかった。誰も彼もが帰った教室で、私はお腹を抱えていた。早く帰らないと叔母さんに叱られるが、中村さんと教室の掃除をする係なのだ。

「ねえ、藤上さん」

 振り返ると、お友達を連れた中村さんが廊下から私を見ていた。

「ごめん、藤上さん。私これから用事があって、掃除当番できないの。お願いしていいかな」

私に特に断る理由もない。



「おい、藤上。どうした?」

 副担任の上原先生が声をかけてきた。若くて、先生になったばかりの人。何故か私によく声をかけてくる。格好いいし人気があるらしいけれど、私は何か嫌だ。

「え? 掃除してるだけですけど」

「掃除って、一人でか?」

「いえ、本当はモップ係はもう三人くらいいるんですけれど、みんな用事があるみたいなんで」

「感心しないな」

「でも、私にはこれくらいしかできないから」

生まれたときから、家族にさえグズ、グズと言われ、妹からも馬鹿にされていた。今は居候させてもらっている叔母さんの家でも邪魔者であることは自覚している。そんな私と仲良くしてくれる中村さん(とそのお友達)のためならば、これくらいなんでもない。


世の中の人からすれば、私はいいように使われているように見えるのだろう。けれど、それは違う。

 中村さんは、私の友達になってくれた。だから、私は彼女のためならば、なんだってすることができる。

それが間違っているはずがない。

先生が帰った後も、私は床を掃きながら頷く。


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