第弐話 「夢を、買う」
夢を求めたタカヒロは、ドリーム・マシンを買いたいと母に願い出るが・・・
さっそくオレは、この「夢の機械」とやらについて情報をかたっぱしからあさってみることにした。
オレだって、輝きたい。みんなから輝いてるって言われたい。思われたいもん。だってあの人達、みんなから褒められてるし、認められてるじゃん。
そう思うと勝手に身体が、意識が、取り巻くことのすべてが動いていく。
いままで、なんで行動できなかったり、かと思えばむしょうに意味分かんないところで(とりあえず)イケたりするのが、なんでかなって思ってたけどやっとその答えが自分なりに出た。
オレは肯定されたかったんだと。
そう。存在を認められ、気持ちよくなりたかったんです。
「ちょっくらいくとこいってくるわ!」
「ちょっくらって、あんた、どこよ?もうすぐ昼ごはんだよ!」
「ごめん。ちょっとどうしてもやりたいことがあってさ!」
「あんたいっつもちょっとっていって絶対ちょっとにならないじゃん・・・もう。それと!」
「それと?」
「悪いけど、心配だからそのへんな色のバランスで服着て外でないで!恥ずかしいよ!」
「うっさいなぁ。僕は母さんの着せ替え人形じゃないんだよ!いい加減黙っててくれよ!」
「なんでそんな言い方しかできないの!まぁいいよ、いってきなさい。」
あー。
またいつものコレだよ。母さんとの二人のケンカ。
毎回こんなんだもん。疲れてくるなぁ。
なんかやろうとすると大体母さんとケンカする。ジャマが入る。嫌がらせかってくらい間が悪い。
これだから行動するのがやなんだよな。何かしらと、誰かしらと、モヤモヤしたり、ぶつかったり。よけきれねぇのかよ!オレ。
安全運転でも事故るオレは、いったいなんなんだよ。オレのこと嫌いだからなんかな?みんな。
そのうち神様とか運命に嫌われてくる気がする。
やんなってくると、いろんなことに☓印がついてくる。
ブッブーブッブーみんなクイズの不正解音をうるさくかき鳴らしやがって。オレの音も、声も聴かねぇくせにさぁ、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッツ!」
最寄りの本屋へ原付とバッグと同時にやるせない思いを爆発させた叫びを進行させていくオレがそこにはいた。
ふぅ。着いた。たしか、どこの本屋もいま、ドリーム・マシンのニュータイプ発売で騒いでるよな。
あったあった!これですわこれ。
こういう商品とか本って、自己啓発への商売に過ぎない、そんな批判があるのもわかってるけど、どうせ過ごしてく人生なら、なるべく一日一日イキイキしてたい。少なくともオレはそうしないとこの先ほんとどうにかなっちまいそうだから!
やったぁ!ハウツー本買ったぞぉ!
『コレ一冊であなたの人生が変わる、ドリーム・マシンの使い方』
でも、いざ買って手にしてみると、ふと現実にかえることがある。実際まだ手にも入れてないし、ドリーム・マシンは学生としては高額だ。たしかに長年のお年玉があるとはいっても、ドリーム・マシンの最新型は50万円はする。そんなものを、母さんは許してくれるだろうか・・・ただでさえ、きまぐれなのに、機嫌次第で許したり許さなかったりすることも多いのに、ましてやこんな金額・・・
そう、手にしようとしたら他人を振りきって手にできないものも、なくはなかった。実際は。
でも、ある程度納得できるところまで欲しいもののクオリティーを突き詰めようとするとそこに、どうしても嫌な感情をもつ可能性のある『他人』と向き合わなければならなくなる。
まただ。またこれか。
行くときの威勢の良さはしぼみ、今度は自分の悲壮感が帰りの原付には乗っかっていた。夏のギラギラする暑さがまたなんか対照的で気持ち悪い。凍えるような心の寒さと冷や汗がダーダーと流れる。玄関の前で、立ち止まっていた。
こんなときに、オレのなかの意識の『自分サミット』がはじまっていく。
「皆さん静粛に!静粛に!これより、第8千7百9十5回、自分サミットをはじめますよぉ!意見がある者はしっかり手をあげて発言しなさい!」
司会者の自分。
「ああもうめんどくさいや。テキトーにお前のかーちゃんに謝ってさっさとあきらめれば?」
投げやりな自分。
「いやそういうわけにはいかんでしょ。まぁうまい方法を考えて納得させないとさぁ、自分はダメだと思うよ?」
良く言えば謙虚ぶってて、客観的なんだろうけど、結局なにも踏み出せない、答えを出せずにいる自分。
「なんだよ・・・君はお母さんを気分次第でワガママだと言っておきながら、気分次第でお母さんを振り回してるんじゃないか・・・君を見てると僕は悲しいよ・・・あんなに親を憎んでおきながら、結局は親と似た人生を送るんだね・・・」
悲壮感に打ちひしがれる自分。
えええい!こうなったらぁぁぁ!!
自分は、この思いに強行採決をつけることにした!
つばをごくんとのみこみ、ばっと二世帯住宅の玄関を勢い良くあける。
「お母さん!」
「なに?昼ごはんは冷蔵庫にあるから出して食べていいよ。」
やっぱし不機嫌だな。
「さっきはすみませんでした!」
「ちょっ、ちょっいきなりなによ?もう気にしてないよ。はやく食べな。そのことのほうがわたし、気分悪いわ。」
「あの、こんなときに言うのもおかしいんですが、」
あーあーオレあらたまっちゃって。大事なこと言えた無いよ。
「僕にあの貯金のなかに、いくら入ってます?」
「ちょっとちょっと、さっきから意図が見えないんだけど、なにがしたいの?」
うーんこの空気、耐え難いなぁ。
「ドリーム・マシンを買いたいんですよ・・・・」
「はぁ?あんた何言ってるの?もしかして最新型のやつ?その顔はそうだよね、無理だよ、あきらめな。いくら私が許すって言ったって、お父さんが許しはしないわよ。」
わかってたことだ。どーすりゃいい。このままだとまた話をなかったことにされる。でもどうしてもかなえたいことなのに。でもいえばまたワガママだって言われる。どうしよう。
わからん・・・・
でもさ。そうやってあきらめたことの果てには何があるかわかってるけど、こうやって積極的に話をしようと思ったのは、生まれてはじめてかもしれない。
「わかってるよ。でも、それでも欲しいんだ!」
母が一瞬語気に気圧されるのがわかる。
「はぁ?だいたいねぇ、あんたまだ就職してないでしょう?そんな大金使う年齢じゃないわよ、自己管理ができないあんたが心配だからこの郵便貯金だって使うとき以外は私の部屋の引き出しにおいてあるんでしょうが!」
「心配って言うけどさぁ・・・ほんとうに心配なのかよ!自分が先回りして僕に押し付けて心配な気持ちから逃げたいだけなんじゃないの?母さんいっつもそうだろ、僕の話なんかぜんぜん聴いてくれないじゃないか。ちょっとなにかが欲しいって言いかけたらこれまで僕がワーワーわめいたこともないのに母さんいっつも怒ってさぁ!だから何も言えない子どもに育っちゃったんだよ!小さい時だって、尾張ドラゴンズの選手が主催してた野球教室の話だって、聞く前から怒りだして聞こうともしなかったじゃないか!小学校でソフトボール部をレギュラーになれず引退してさ、悔しかったから少しでもうまくなろうとした気持ちを知ろうともしなかったじゃないか!かといってうまくいったことがっても、ほっとする表情はみせるよ、でもほめてくれたとか、肯定されたとか、ぜんぜん感じられないんだよ!」
「なんだよ、私はいつもおまえにとって悪者だったのか?いまさらになって私への恨みをぶちまけるのか?」
バンバンと母さんは机を叩きだした。
「そんなこと言うなら、私は親にぜんぜんほめられたことがないよ!勉強しなさい勉強しなさいうるさかったくせに大学だってうちは貧乏だからと国公立の大学に入るしか無かった。私大の悪くない大学に入れたあんたはいいほうじゃないか。恵まれてることになんで気づかないんだよ!」
ガラガラガラッ。
父さんが玄関を開ける音がする。
「ただいまぁ~おうタカヒロ、ん?どうした?スイカでも食うか?今年のスイカも美味いぞぉ。」
いくつになっても『スイカ依存』の我が家の大黒柱。
「僕だってもう今年の11月で20になるんだ。成人式も出れるんだよ?同じ年齢で、大学行ってなきゃ就職してる子だってたくさんいる。もう僕はそうやってなにも言わずじまいで思いをくすぶらせるくせにもう遅いってタイミングでこんな責任転嫁をたれながすことはイヤなんだよ!僕が大学に来たのは、社会人になる前に、そうやっていろんな悲壮感に負けない自分をつくる、最後のチャンスだと思ったことんだよ。だから・・・・!!」
クソッ。情けねぇ。結局他人のせいにもしてるし汚らしい自己嫌悪をさらしてるじゃねーか。かっこわりい。泣きてぇよ。
父さん、話のあまりの展開の早さについていけず、口ポカーン。
「おーい、タカヒロ?なんかあったか?まぁよくわからんけどいったん落ち着け。な、スイカでも食って落ち着こう。なんだ、14時にもなって昼飯も食ってないのか。おなかすいてるから機嫌が悪くなるんだぞ?母さんは昼寝でもしてゆっくりしてればいいよ。」
気が付いたら、母さんは泣いていたことに気づく。
またオレ、ひと傷つけちゃった。
30分の口論で、すっかり自然解凍されたちょうどよい辛さのスパゲッティを、おもむろに口に運ぶ。
えらそうなことを言いながらも、結局オレは母さんの料理を食べずには生きていられない。養われてるし外食ばっか食ってればお金がどんどん飛んでくから当然っちゃ当然なのかもしれないが。こんなときなのに、母さんの料理が美味しいと思うことだけは、変わらない。でも、意志が通じなかったり、話を聴いてくれない母さんは、嫌いだ。
そのいろんな矛盾やジレンマを含んだ美味しさに、オレはこんな年になってもなさけなく涙を流していた。
「スパゲッティあっと言う間に平らげちゃったなぁ。」
「うん。」
「スイカいま切ったから、食え。お前が泣いて食ってる間にすこし井戸水に浸けて冷やしておいたから。」
「うん。」
うんしか言えん。
落ち着いたのは、15時30分のことだった。そうやって、オレはなぜ最新型のドリーム・マシンが欲しいのかを、気がついたら父さんにきちんと考えたことをこれまでの自分の経歴からきているのだと整理して説明していった。
まず、オレはドジで間抜けだから、やらかしてしまって良く怒られるということ。
そしてその要領の悪さからくる失敗の多さから、ついつい傷つかなかったり嫌な気持ちに逃げるために人の無理な要求でものんでしまったり、固定観念でワンパターンに言われた通りのことしかやれないこと。そうすることで、これまでの学校生活で、強いやつに服従したり、いじめだって受けたこともあること。
でもそれは、嫌な感情が嫌な感情を呼ぶ悪いスパイラルでしか無いこと。だから自分はいまそれからどうしても脱したい。『こわさから逃げてしまった過去に怯え、そうして未来にもずっとおびえていく』のはもうやめたいと思っていると。考えてみた結果としては、自分は誰かに何かをして、ほめられたいと思えば動くことが多いので、それにつながるいいイメージをもつために、あの機械が欲しいのだと。
それをすべてていねいに伝えた。
父さんはうんうんと聴いてうなずいていただけだったが、そのひとつひとつの相づちに、心地良いテンポのよさを感じた。
オレの話をそうして終えると、父さんは10秒ほど黙りこくったあと、口を開いた。
「そうかぁ。やっとお前の本音を聞けるようになってきたんだと思うと、父さんは嬉しいよ。母さんも意固地だよなぁ。だいたい、父さんがダメっていつ言ったんだ?勝手に父さんがタカヒロの考えをダメだと言うって、思い込んでいるんだよ(笑)ようわからんよなぁ(笑)責任持ってやれそうな雰囲気しっかり出てる顔してるから、それでいいよ。それより、もうすこし時間たってほとぼりが冷めたらお母さんに謝ってこい。まぁ一部始終を見ていたわけではないから知らんがな(笑)」
えっ・・・・そうだったの?
オレの父さんは、高校の先生だ。
やっぱり服装とかには厳しいし、テレビゲームも禁止だった。おなかの汗疹が気になってオレが制服のシャツを出したときも、「みっともない!」と指摘してきたこともあったし、農業で手伝えばそれなりに怒られてきた。疲れてた時に、いい加減な作業をしたので「一生コメ食うな!」と怒鳴られたりもしたけど、それでもオレは関わる気にさせてくれる。
不思議だ・・・
両親共に、厳しいはずなのに、なぜか父さんのほうは、自分の心のなかにすうっと入ってくる。そりゃすぐに受け止められることばかりではないけど。
それまでは、父さんは言い方がソフトなときとキツいときと使い分けてるだけで、どっちも厳しいことを言うけど、まだ厳しいことを言い過ぎないでいい気分にさせてくれる父さんのほうがマシだという結論でなんとなく終わらせていたけれど、それだけじゃない。
父さんの心は、母さんの心より、オレに伝わりやすいんだ。
やっぱダテに20年以上教師やってねぇわ・・・
でかいよ父さん、背中がね。
それに比べたら、オレ、ほんとにちっちゃすぎるよ。
母さんだって、もと教師だったし、いまでこそパソコン教室でとった資格を武器にそのパソコン講座のアルバイト講師やったり、学習塾の「付文」で、先生やってたりするけど、なんか影がときどき見えないでもない。いったいなんなのかは知らん。母さんの影をチクチクつつくようなことを言ったのかもしれないね。
コンコン。
「母さん。」
母さんが昼寝していると思われる部屋をノックする。
「父さん、あれ買っていいって。」
「ほんとに?」
「うん。」
「そうかぁ・・・買ったからには、大事に使いなよ?言っておくけど、ここの実家は親戚が多いから、それでも半分はお金つかってないんだからね?残りの金はそう簡単には使わないこと!あんた・・・短期のバイトしかしてこなかったんだし。」
「はい。それと・・・」
「それと・・・?」
「さっきはすみませんでした。」
「うん。もういいから、自分のやりたいことあたしが夕飯作るまでやってな。こんな時間までぼーっとしてたし、いまあんたに情けない顔見せたくないから。」
「うん。」
まぁ、母さんは昔から、ごめんとかはいわないタイプだったけど、なにか感じることがあったなら、いまはそれでいいや。
嵐のような一日だったというよりしちまったオレは、いよいよあのドリーム・マシンがこの手に入るとなるとどんどん気持ちが高ぶっていき、とりあえずアドレス帳に入ってたりSCREENっていうメールに代わってあらわれた、これまた流行ってるスマホのアプリケーションソフトで、友達リストに入っている子たちに、おおはしゃぎしてメールを送る。
内容なんか同じである、同文コピペでついにあれが買えるんだと送信するだけだ。
まず送るのは、親友でしょう。中学時代に部活がいっしょだった石井武雄君、高校時代に仲が良かった新田和樹君。オレの数少ない親友。あとはまぁ・・・うわべとはいえ傷つけないようにしてきたこれまでの学生生活のクラスメイト達。
オレ一人っ子だから、誰かに見て欲しいんだよね。これはみんな注目される事実であるのに間違いないし。だからかたっぱしからその情報を拡散していった。
曲がりなりにも返事はどんどん来る。画面の向こうで返事する側がどう思ってるのかは知る由もないが。
この現実が嬉しかった。
とりあえず今、自分は価値があり、リアクションが起きるような情報を提供している存在であるということが。
そのときは、白石さなえも、黒井直樹も、心の窓際にほっぽりだしていた。やっぱり、自分勝手。
メールを一気に送りまくったくせに、送ったことに気持ちよくなってしまって、そのまま寝床についていた。
「おーい、タカヒロ、ごはん!」
1階から父さんの声がする。
「はーい!」
そうやって、オレは階段を降り、わいわいと夕飯をおしゃべりで埋め尽くし、騒いだ汗をお風呂で流してさっさと寝た。
予定を決めて。
朝。少しずつ暑さも太陽の光とともに増していく。
父さんも母さんと、息子であるタカヒロ君は、気合を入れてまず郵貯銀行に足を運ぶ。
うわっ・・・
これが大金ってやつかぁ・・・
たしかにしっかり見とかないと金のありがたみとかわからんよなぁ・・・
それにしてもすごい札束だ。まぁ限度額いっぱいいっぱいだからあたりまえだが。
この金を「死んだカネ」にはしない。
そう決意させて、岡野家は家電屋に向かう。
どーん!
そこに確かにあった。たいしたデカさはない。頭を覆う縦幅50センチ、横幅45センチのそのマシーンは、たとえ高額でも手をのばさずにはいられない魅力がある。
このさきの見えない暗い世の中で、誰だって希望を求めているのだから。
そうしてこの機械に適し、健康な状態を保っていられるかどうかの検査を2時間みっちり受け、やっとのことで手にすることができた。せっかちな性分ではあるけど、このよろこびに比べたらどうってことはなかった。
帰りの車で、父さんも母さんも、オレに言ってきた。
「後悔のないように生きたいと思って買ったものなんだから、後悔のないように大事に使いなさい」と。
うん、ぜったいする!
そう言って両親を微笑ませた自分はすこし誇らしかった。




