「それ、うつ病って言うんだよ。」
―「ねぇ、泣かないで」―
熱風に煽られた、銀に近い金髪が、鮮やかだった。
―「みんなに…あの人に、よろしくね」―
こぼれ落ちそうな碧眼が、
―「人生で一番あたたかい魔法だった、ありがとう」―
燃え上がる炎に飲み込まれていった。
あの日、私はこの世界から飛ばされた。
*一
時計の音、運動部の声、ころころ、ころ。チュッパチャプスの気泡で凹んだ部分を、舌で舐めまわす。6点、いわゆる赤点の数学のテストを睨みながら私は頭を抱えた。
「滅べ数学…」
斜め向かいのクソ真面目そうな男子が冷たい視線をよこす。見ると東大と書かれた例の赤い本を広げていた。ああ、はいはい嘆息。
放課後の図書室でうなっているのがこの私、片倉美波、高校3年生。なぜ受験で使いもしない数学をやっているかというと、この高校が数学に力を入れている都立の進学校だからだ。季節は初夏、球技大会も終わり校庭の緑は青々と、あっという間に5月考査を迎え何度目かわからない赤点をくらったところだ。
誤解しないで欲しい、数学以外はそこそこ優秀だ。勉強しなくても学年順位は真ん中より上だ。容量だけはわりといいらしく、直前にみんなにどこが出るか聞く、それだけで1回も教科書を開かなかった物理も赤点ギリギリ31点を頂いた。優秀で真面目な友達が多いため、勉強しろとよく怒られるが、いやはや持つべきものはやはり友達。